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百合の始まり?!

 カフェを出た瞬間、夜の空気が頬に冷たかった。

 でも、胸の内側はまだ甘い。パフェの甘さじゃなくて、笑った自分の余韻。


「回復会、大成功〜!」


 浅葱が両手を上げて、勝手に締めの宣言をする。

 その背中が軽やかで、私はつい笑ってしまった。


「笑った笑った。今日の柚葉ちゃん、めっちゃいい顔してた」


「……浅葱が、変なこと言うからです」


「変なこと?"あーん"のこと?あれは文化です」


「文化じゃない」


 風華が即座に切る。

 だけど、その声がいつもより柔らかい。


 真白は淡々と時間を確認した。


「帰宅時間、あと四十分。寄り道なしで帰れば余裕。柚葉、疲労指数は?」


「……まだ大丈夫です」


 千景が私の顔をじっと見て、小さく頷く。


「目が乾いてない。大丈夫そう」


 ……目が乾いてない。

 見ただけでそんなことまで分かるんだ。

 千景の"守り方"は、いつも静かで、でも正確だ。


 駅へ向かう道を歩きながら、私はふと気づいた。

 ――並び方が、さっきまでよりも"意識されて"いる。


 浅葱は当然のように前。

 真白は私の少し後ろ、視界の端に常にいる。

 千景は反対側で周囲を見ている。

 そして風華が、私の隣を譲らない。


 譲らない――というより、自然にそうなっているのに、他の三人がその"自然"を見逃していない。


 浅葱がわざとらしく振り向いた。


「ねえ会長。ずっと柚葉ちゃんの隣、固定なの?」


「固定じゃない」


「じゃ、交代してもいい?」


「……柚葉ちゃんが望むなら」


 風華はそう言って私を見る。

 一瞬、心臓が跳ねた。

 まただ。"私が決める"の番。


 浅葱が笑う。


「ほら〜。会長、譲るって言ってるよ?柚葉ちゃん、誰の隣がいい?」


 千景が小さく言う。


「……無理に選ばなくていい」


 真白が淡々と補足する。


「選択は負荷になることもあります。しかし、柚葉が"選びたい"なら、回復に繋がる可能性がある」


 三方向から視線が集まって、私は息が詰まりそうになった。

 でも、嫌じゃない。

 むしろ――少しだけ、嬉しい。


 私は小さく笑ってしまった。


「……じゃあ、今日は風華の隣がいいです」


 風華の目が僅かに揺れて、すぐに落ち着く。

 でも耳が、ほんのり赤い。


「……分かった」


 浅葱が大げさに倒れ込む真似をした。


「はい出た〜!幼馴染強すぎ!私、勝てる気がしない!」


 千景は悔しそうというより、少し困った顔で私を見た。


「……明日は、私の隣も」


 小さく、でも逃げない声。

 私は思わず頬が熱くなる。


「……明日、ね」


 真白が淡々と言った。


「公平性の観点から、ローテーションが望ましい」


「ローテーションって……」


 浅葱が即座に食いつく。


「真白、やっぱりハーレムの秩序作る気じゃん」


「秩序は必要です。感情が衝突すると非効率なので」


「それ言いながら、柚葉ちゃんの腕に一番近い位置取ってるのは誰ですか〜?」


 真白は一切表情を変えずに答えた。


「偶然です」


 嘘だ。

 絶対嘘だ。

 でもその"嘘っぽい偶然"が、なんだか可愛くて、私はまた笑った。


 風華が小さくため息を吐く。


「柚葉ちゃん、浅葱と真白に変なこと吹き込まれてない?」


「もう遅いよ会長。柚葉ちゃん、百合の才能ある」


「才能って何……」


 千景が、私の手元をちらりと見て言った。


「……手、冷たい」


 そう言って、千景は自分の手袋を外し、私の手の甲にそっと触れた。

 その温度に、私は息を呑む。


 優しい。

 でも近い。


「……大丈夫です」


「大丈夫じゃない。冷たい」


 千景は真面目に言って、私の手を包むように握る。

 ぎゅ、ではなく、ふわ、と。逃げられる余白を残した握り方。


 ――この人は、"私が嫌がらない距離"をちゃんと知ってる。


 浅葱がニヤニヤする。


「うわ、千景、距離詰めうま」


「……違う。手が冷たいから」


「それを口実に距離詰めるの、上級者」


 風華が小さく咳払いした。


「……柚葉ちゃん、手、返して。危ないから」


「危ないって何がですか」


「……転ぶ」


 その言い方があまりに不器用で、私は思わず笑いそうになる。

 風華の"独占"は、言い訳が下手だ。


 真白が淡々と結論を出す。


「転倒リスクを下げるなら、柚葉は真ん中に。両側を支えるのが合理的です」


「合理的なハーレム布陣やめて」


 浅葱が爆笑する。

 私も笑ってしまって、肩の力が抜けた。


 ……こういうの、久しぶりだ。

 笑うって、こんなに簡単だったっけ。


 ※ ※ ※


 駅に着くと、改札前で一瞬"現実"に戻る。

 それぞれ帰る方向が違う。

 ここで別れる。


 別れが、少しだけ寂しいと思ってしまった。

 昨日までなら、寂しいなんて思う余裕すらなかったのに。


 浅葱が私の前に立つ。


「柚葉ちゃん、明日も生徒会室来る?」


「……うん。行きたい」


 その返事を聞いた浅葱が、急に真面目な目をした。


「じゃあ、明日も笑わせる。約束」


 真白が淡々と手帳を閉じる。


「明日、昼は生徒会室。放課後は状況を見て決める。柚葉、体調が落ちたら即共有。無理は"禁止"」


「……はい」


 千景が少し迷ってから、私に小さな紙を差し出した。

 そこには短い文字。


『困ったら呼んで。すぐ行く』


 連絡先――風紀用の端末番号。

 私は紙を受け取った瞬間、胸の奥がきゅっとした。


「……ありがとうございます」


「……うん」


 千景はそれだけ言って、少しだけ目を逸らした。

 照れているわけじゃない。

 たぶん、この人の"勇気"の出し方なんだ。


 最後に風華が、私の前に立つ。


「……明日、朝も迎えに行く」


「毎日、来なくていいです。迷惑かけます」


「迷惑じゃない。……私が、そうしたい」


 風華の声が、少しだけ低くなる。

 昔から知っている声。

 でも、今は違う。

 "会長"の声じゃなくて、"風華"の声だ。


 私は息を吸って、小さく頷いた。


「……じゃあ、お願いします」


 風華が僅かに目を細める。


「うん」


 その瞬間、浅葱が後ろから囁いた。


「会長、今、告白みたいだったよ」


「違う」


 即答なのに、風華の耳がまた赤い。

 私はそれが可笑しくて、でも胸が温かくて、笑ってしまった。


 ※ ※ ※


 家に着くと、母がリビングで待っていた。

 私の顔を見て、すぐに分かるみたいに言う。


「……少し楽になった顔してる」


「……うん。今日は、笑えた」


 母はそれだけで、ほっと息を吐いた。


「よかった。明日も、味方を頼りなさい。頼って、いいの」


 私は頷いた。

 頼っていい。

 守られていい。

 そして――私が"誰のそばにいたいか"を、私が決めていい。


 ベッドに入った夜、スマホが震える。


 風華から。


『今日はよく笑ってた。……嬉しかった』


 その一文だけで、胸が熱くなった。

 私は指先で返信を打つ。


『私も、嬉しかったです。ありがとう、風華先輩』


 送信。既読がつく。

 すぐに返事。


『……風華でいい』


 画面を見つめたまま、私は固まった。

 心臓が跳ねる。

 恥ずかしくて、でも嬉しくて、指が震える。


 私は布団に顔を埋めて、小さく息を吐いた。


 ざまぁの後に残ったのは、空っぽじゃなかった。

 私の周りには、温かい手が増えている。


 そして――その手を、私はもう拒まない。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

このお話が少しでも面白いと感じていただけたら、ぜひ「♡いいね」や「ブックマーク」をしていただけると嬉しいです。

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