第8話 VTuberとして受肉しました
それから一週間後。
咲夜の部屋に招かれた俺は、モニターに映し出された『俺』と対面していた。
「……どう? 私の魂を削って生み出した最高傑作は」
咲夜がドヤ顔で胸を張る。
画面の中に佇んでいるのは、銀髪に真紅の瞳を持つ、ゴシックロリータ服の美少女だった。
ふわりと広がったスカート。
繊細なレースのヘッドドレス。
無垢な少女の幼気さと、どこか退廃的な色気が同居した、魔性のようなデザインだ。
「……すげぇな」
俺は素直に感嘆の声を漏らした。
俺からは「最高に可愛いガワを」としか指定していない。
にも関わらず、咲夜は俺の想像の遥か上を行く完成度で仕上げてきた。
「見てよ、この絶対領域! スカート丈とニーソックスの黄金比! そして隙間からチラッと覗くガーターベルト!」
咲夜は興奮気味にモニターを指差して力説する。
「清楚なフリルに包まれた背徳感! 『健全なのに不健全』なロリ! これぞ私が二年かけて磨き上げた性癖の集大成、最高傑作よ!」
「……いい性癖だ。随分成長したじゃないか、さすが俺の一番弟子」
俺は深く頷いた。
この二年間、俺の影響によって磨かれた結果、咲夜のフェティシズムは鋭利な刃物のように研ぎ澄まされていた。
まさか、ここまで業の深いクリエイターに育つとは。師匠として鼻が高い。
「で、気に入ってくれた?」
一通り語り終えた咲夜が、期待と不安の入り混じった目で覗き込んでくる。
俺はニヤリと笑った。
「ああ、文句なしだ。最高だよ、ママ」
「っ! ……その呼び方はちょっと、慣れないというか破壊力がデカい」
咲夜は頬を染めて視線を逸らした。
「あれぇ? 私に母性を刺激されちゃいまちたかぁ……?」
「このメスガキ! ……かわいいから余計質が悪い!!」
「にへへ、咲夜は自慢のママなのです!」
「やめて、マジで照れる」
咲夜を褒め殺ししておいた。
「ところで、名前はどうするつもりなの?」
「呼び名は『アリサ』で行く。もし配信中に美結が部屋に入ってきても、本名ならボロが出にくいしな」
「なるほど、親フラのリスク管理ね」
「ああ。だが、表記までそのままじゃ味気ない」
俺はタブレットを取り出し、ロゴ案を見せた。
『 AL1-SA 』
「……エーエルワン、エスエー? 型番?」
「これで、アリサと読む。AとLと1で『Ali』……『アリ』と読ませる。昔のネットスラングというか、リート表記だな」
「なるほど。なんかメカっぽいというか、アンドロイドの試作機みたいでかっこいいね」
「だろ? ハイフンを入れたのがこだわりだ。戦闘機とか工業製品のコードネームっぽくて、男心をくすぐる」
「はいはい、中二病乙」
ともあれ、これで「ガワ」と「名前」は決まった。
「Live2Dのモデリングも完璧だから! 知り合いの凄腕モデラーに頼んでおいたよ」
「ありがとな。予算オーバーしてないか?」
「私の伝手で安くしてもらったし、全然余裕」
そう言いながらPCを操作する咲夜。
アプリが起動して、モニターの前の俺たちの姿がウェブカメラによって映し出される。
「さっそく試してみてよ」
咲夜に促されてパソコンの前に座る。
ウェブカメラとアバターが画面に表示されている。
「これが、俺……」
言葉を紡ぐと表示されたアバターの口も動く。
俺がウェブカメラの前で首を傾げると、画面の中の美少女もコテンと首を傾げた。
――受肉完了。
俺はこの瞬間、肉体の枷から解き放たれ、電子の海を泳ぐアバターを手に入れたのだ。
◇
だが、デビューするにはまだ最大の障壁が残っている。
配信用の機材と、親の許可だ。
いくら俺が小金持ちの三歳児とはいえ、高スペックのPCやマイクを勝手に買えば美結に怪しまれる。
そもそも、未成年がネットで活動するには、保護者の同意が不可欠だ。
その日の午後。
俺は、昼過ぎになっても起きてこない美結の寝室へ向かった。
昨夜は明け方に帰ってきたらしく、部屋には酒の臭いが充満している。
「……んんぅ……」
ベッドの上で、美結が芋虫のように布団にくるまって呻いていた。
「おはよう、美結」
「……あたま、いたいぃ……ガンガンするぅ……」
見事な二日酔いだ。
俺はすかさず、用意しておいた冷たい水と二日酔い止めのサプリを差し出す。
「ほら、水だ。飲んで」
「んぁ……ありがとぉ、アリサちゃん……。生き返るぅ……」
美結は震える手でコップを受け取り、一気に飲み干した。
しばらくして、少し顔色が戻ったところで、俺は切り出した。
「美結。少し話があるんだ」
「ん~? なぁに~?」
まだ頭が回っていない様子の美結に、俺はタブレットを突きつけた。
画面には、咲夜に描いてもらった『AL1-SA』の立ち絵が表示されている。
「俺、これをやりたいんだ」
「んん?」
美結が気だるげに画面を覗き込む。
「なにこれー、ゲーム? アリサちゃんに似てる。かわいいねぇ」
「これはVTuberと言って、ネットの中で動くキャラクターだ。俺はこれを使って、動画配信をしたいと思ってるんだ」
俺はできるだけ簡潔に説明した。
重要なのは「俺が何をしたいか」と「危なくないか」だ。
「動画配信? ユーチューバーってこと?」
「似たようなもんだ。顔は出さない。この絵が俺の代わりに動くんだ。だから、俺の姿が世間にバレることはない」
美結はあくびを噛み殺しながら、ぼんやりと画面を見ていたが、やがてあっさりと言った。
「いいんじゃない?」
「……いいのか?」
あまりに軽い反応に、俺の方が拍子抜けして聞き返した。
「よくわかんないけど、楽しそうじゃん! アリサちゃん、お家で退屈そうにしてるもんね」
美結は布団から上半身を起こし、優しい目で俺を見た。
「お友達作ったらと思ってたんだけど、幼稚園は嫌だって言うからママ心配してたんだ」
ズボラでだらしない母親だが、こういう直感的な愛情深さには敵わない。俺が家に引きこもっていることを、彼女なりに気に病んでいたのだ。
「顔が出ないなら安心だしね……あ、でもお金かかるんじゃないの? パソコンとか」
痛いところを突かれた。
我が家の家計は、決して裕福ではない。美結の稼ぎはそこそこあるが、あればあるだけ使ってしまうタイプだ。
だが、俺には秘策があった。
「金ならある」
「え?」
「咲夜の手伝いをして稼いだバイト代だ。ずっと貯めておいたんだ」
俺は預金通帳を見せた。そこには、三歳児が持つには不釣り合いな額が記載されている。
「ええっ!? いつの間に!?」
「咲夜も大分羽振りがよくなってきたから。そのお裾分けというやつだ。それで、この金で機材を買いたいんだが、俺じゃ注文できない。美結の名前を貸してほしい」
美結は通帳と俺の顔を交互に見て、しばらく口を開けていたが、やがてぷはっと吹き出した。
「あはは! さすが私の子! しっかりしてるぅ~!」
いや、お前の子だからこそ、反面教師でしっかりしたんだけどね。
「わかった! ママが協力してあげる! その代わり、有名になったら美味しいもの食べさせてね!」
「ああ、約束するよ」
交渉成立。
二日酔いの頭でも、こちらの要望は通じたようだ。
◇
数日後。
我が家にハイスペックなゲーミングPCや、マイク、オーディオインターフェースが届いた。
美結は「なにこれ、基地みたい!」と喜んで設置を手伝ってくれた。
重いデスクやモニターは美結が運び、配線作業は小さな俺が隙間に潜り込んで担当する。意外といいコンビネーションだった。
俺の部屋(元は物置だった四畳半)は、一変して配信スタジオへと生まれ変わった。防音材を壁に貼り、デュアルモニターを設置。
椅子は、俺の体格に合わせて座面を高く改造し、足置き台をセットした特注仕様だ。
「……完璧だ」
俺は椅子によじ登り、マイクの前に立った。
少し大きすぎるヘッドフォンを装着する。
モニターの中では、銀髪のゴスロリ美少女『AL1-SA』が微笑んでいる。
「すごーい! 動いてるー!」
後ろで見ていた美結が、パチパチと手を叩いてはしゃいだ。
「見て見て、アリサちゃんが首かしげたら、この子もかしげた! アリサちゃんと同じ動きだー!」
「ああ、カメラで俺の動きを読み取ってるからな」
「へぇ~、ハイテクだねぇ……」
「ありがとう、美結。手伝ってくれて」
「いいってことよ~。それじゃ、頑張ってねぇ~」
美結は俺の頭をわしゃわしゃと撫でると、あくびをしながらリビングへと戻っていった。
俺は改めてマイクに向き直る。
通話アプリで繋がっている咲夜に呼びかける。
「聞こえるか? 咲夜」
『うん、バッチリ。声の遅延もないし、モデルの動きもスムーズだよ』
隣の部屋にいるはずの咲夜の声が、ヘッドフォンからクリアに響く。
「よし。……いよいよだな」
『緊張してる?』
「まさか。……武者震いだよ」
俺は口の端を吊り上げた。
画面の中の少女も、不敵な笑みを浮かべる。
これで準備は整った。
俺の、二度目の人生の「本番」が、ここから始まる。
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