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TS転生幼女のサバイバル配信生活  作者: 瀬戸こうへい
第二章 成長した俺の居場所

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第42話 祭りのあと

 アンコールの熱狂が去り、客席の照明が点灯する。

 俺たちはブースの中で、糸が切れたように座り込んでいた。


「……終わった、ぁ……」


 HMDを外した咲夜が、汗で張り付いた髪をかき上げることもせず、天井を見上げている。

 あかりも、同期の二人も、マリエさんも、全員が床に転がり、肩で息をしていた。

 疲労困憊――だが、誰の顔にも暗さはない。

 やりきった者だけが浮かべる、晴れやかな笑みだった。


「最高だったよ! みんな!」


 あかりが跳ね起き、咲夜と俺に抱きついた。

 汗臭いし、前髪は額に貼り付いている。

 だが、今のあかりはどんな着飾った姿よりも美しかった。


「ありがと……! 姐さん、先生! 私、一生忘れない!」


「大げさだぞ……まあ、悪くない景色だったがな」


 俺もまた、胸の奥に残る熱い塊を噛み締めていた。

 数千人の笑顔。光の海。

 前の人生では知らなかった種類の達成感が、まだ胸の奥で熱を持っていた。


          ◇


 その後、俺と咲夜は舞台裏にある演者用の控室へと戻った。


 咲夜が、椅子に雪崩れ込む。

 俺もまた、糸が切れたようにソファに沈み込んだ。心地よい疲労感が全身を包んでいる。


 ガチャリ。

 不意にドアが開いたかと思うと、小さな影が弾丸のように飛び込んできた。


「ありちー!!」


「ぐえっ!?」


 ヒナだ。

 俺の腹に頭突きかます勢いで抱きついてくる。


「すごかった! すごかったよー! ありちーも咲夜ちゃんも、キラキラしてて、魔法使いみたいだった!」


「ちょ、ヒナ、苦しい……」


「ふふっ。相変わらず元気ね」


 後ろから入ってきたのは、ウタだ。

 彼女は少し照れくさそうに、けれど真っ直ぐに俺と咲夜を見た。


「……お疲れ様。悪くなかったわよ、アンタたちのステージ」


「素直じゃないわねぇ。ウタちゃん、ボロボロ泣いてたくせに」


 ニヤニヤしながら現れたのは美結だ。

 その後ろには、ヒナのママもいる。


「もうっ! 美結さん言わないでくださいよ!」


「あはは! でも本当によかったよぉ。お疲れ様、咲夜ちゃん、アリサちゃん」


 ヒナのママは、まだ興奮冷めやらぬ様子で頬を紅潮させていた。


「正直、びっくりしちゃった……! 『お友達が出るから』って聞いてたから、もっとこう、学校のお遊戯会みたいなものを想像してたのに……あんなすごいステージだったなんて!」


 彼女は俺の手を握りしめ、ブンブンと振った。


「アリサちゃん、すごいのね! あんなに大勢の人を沸かせちゃうなんて、ヒナと同い年とは思えない!」


「い、いえ、それほどでも……」


 純粋な称賛に、俺はタジタジになる。

 そんな俺の前に美結がしゃがみ込み、汗をタオルで優しく拭いてくれた。


「お疲れ様、アリサちゃん……とっても、輝いてたよ」


「……よせよ。年甲斐もなくはしゃいじまって、恥ずかしい」


「ふふ、照れ屋さんなんだから」


 美結は笑って俺の頭を撫でた。

 騒がしくて、温かい、いつもの空間。


 だが、その空気が一変する。

 部屋に入ってきた一ノ瀬響が、一直線に娘――ウタの元へ歩み寄ったからだ。


 彼の目には、周囲の喧騒など入っていないようだった。

 頭の中で鳴り響く音楽の余韻を、今すぐ言葉にせずにはいられない――そんな、芸術家特有の熱を帯びている。


「……最後の曲だ」


 響が静かに口を開く。


「私は演奏家だ。あるものを再現し、解釈することはできる。だが、無から有を生み出す『創造』は専門外だ……お前が作ったあの旋律は、私には書けない。譜面上の記号ではなく、確かに『生きた音』だった」


 響は真面目な顔で、淡々と語り出した。


「導入のピアノリフ、単純だが耳に残る。そしてAメロの抑制された短調の進行から、歌詞の感情に寄り添うような繊細なフレージング……あれは悪くなかった」


「父さん……」


 ウタの表情がパァッと輝く。

 初めて、音楽家としての父に認められた喜びが滲んでいた。


 だが、響の批評は止まらない。


「構成に甘さはある。だが、Bメロからサビへの転調、あの強引とも言える展開は評価に値する」


「……っ」


 ウタの顔から、徐々に余裕が消えていく。

 衆人環視の中で、父親に自分の作品を細かく解剖される恥ずかしさが勝ってきたらしい。


「理論よりも感情を優先させた結果だろうが、歌い手の声質と見事に噛み合って、得も言われぬ高揚感を生んでいた。さらに、Cメロ後のストリングスの入れ方も――」


「わ、わかった! わかったからもういい! ストップ! 後にして!」


 ウタが顔を真っ赤にして、父親の言葉を遮った。

 真剣な顔で延々と褒め殺しにされ、耐えきれなくなったらしい。

 響は不思議そうに口を噤んだが、その眼差しには、同じ音楽家としての確かな敬意が宿っていた。


 そして、最後にゆっくりと部屋に入ってきたのは――黒瀬厳一郎。

 咲夜の父親が、腕組みをしたまま仁王立ちしていた。


「……父さん」


 咲夜が、背筋を伸ばして立ち上がる。

 厳一郎は眉間に皺を寄せ、不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「……騒がしい場所だった。耳が痛い」


 開口一番、憎まれ口。

 咲夜の肩がビクリと跳ねる。だが、厳一郎は視線を外さずに言葉を続けた。


「だが――熱は感じた」


「え……?」


「お前の作りだした世界は、あれだけの人間を感動させていた……それは、認めざるを得ないだろう」


 厳一郎の声は低く、重かった。

 だが、そこには以前のような拒絶の色はなかった。


 その手には――ライブグッズの『クリアファイルセット』が、しっかりと握りしめられていた。

 咲夜が開演前に手渡した、彼女が描いた自身のアバターが印刷されたグッズだ。


「あらあら。さくちゃんのお父さん、素直に『良かった』と言えばいいですのに」


 美結がくすくすと笑いながら茶々を入れる。

 厳一郎が「む……」と言葉に詰まり、バツが悪そうにそっぽを向いた。


 そして、咳払いを一つ。


「実家に連れ帰るのは無しにしよう……だが、大丈夫なのか?」


「へ? 何が?」


 咲夜が首を傾げる。


「先日、お前たちの配信とやらを見たが……男に対しての免疫が無いと言っていただろう。そんな状態で、伴侶を見つけられるのか?」


「は……?」


 咲夜が固まった。

 先日――つまり、俺たち三人のコラボ配信だ。

 恋愛相談で咲夜が「ひゃぅ!?」とポンコツを晒した、あの配信。


「み、見てたの……!?」


「お前の活動を見守ると言っただろう? ……やはり、見合いを手配した方がいいか? 結婚してからも仕事は続けられるだろう」


「私は、まだ結婚する気はないから!? 余計な心配しないで!!」


 咲夜が顔から火が出るほど赤くなり、抗議の声を上げる。

 厳一郎は「ならいいが……」とブツブツ言いながらも、その表情はどこか安堵しているようだった。


 父と娘たち。

 完全な和解とはいかないかもしれない。

 けれど、娘の仕事を認めることで、対等な関係への第一歩になったことは間違いないようだ



 その後、俺たちは場所を移していた。

 都内の高級焼肉店の個室。

 事務所側はVTuberのセキュリティの観点から演者を含めた全体打ち上げは行わず、演者は個別解散となっていた。

 だからここは、気心の知れた身内だけの打ち上げ会場だ。


 メンバーは、あかり、咲夜、俺。そして美結。

 ウタとヒナ、ヒナママにも声をかけたが、子供たちは明日も学校があるし、ヒナママも気を使って遠慮したため、先に帰宅していた。

 つまりここは、酸いも甘いも噛み分けた大人たちによる(俺の肉体は子供だが)宴席だ。


「かんぱーい!!」


 ジョッキとグラスがぶつかり合う。

 美結はすでに出来上がっていた。


「見た!? うちのアリサちゃん、世界一可愛かったー! もう、ママ泣いちゃった!」


「はいはい、飲み過ぎないでくれよ……」


 俺はノンアルコールビールで喉を潤しながら、上機嫌な母をなだめる。

 網の上では、極厚のタン塩がジューと食欲をそそる音を立てていた。


 あかりはトングで肉をひっくり返しながら、隣の俺にグラスを向けた。


「……姐さん。ありがとね」


 珍しく、真面目なトーンだった。

 アルコールのせいか、それともライブの興奮のせいか、その瞳は少し潤んでいる。


「こちらこそ。普通にしてたら見れない景色を見させてもらった――それよりよかったのか? 主役がこんなところにいて」


 俺が尋ねると、あかりはグラスを揺らしながら首を振った。


「いいんだ。同期やマリエ先輩とは、また今度ご飯一緒に行くから……今日は、姐さんたちと一緒がいい」


 彼女はまっすぐに俺を見つめ、言葉を継ぐ。


「姐さんがいなかったら、私、今日の舞台に立てていなかったと思う。あの日、姐さんと出会えていなかったら……私はずっと、偽物の仮面を被ったまま窒息してた」


「俺は何もしていない。どちらかと言えば、ウタのおかげじゃないか?」


 俺がぶっきらぼうに返すと、あかりは優しく首を振った。


「ううん。ウタとめぐり合わせてくれたのも姐さんのおかげだし……あの子にも、感謝してもしきれないよ」


 あかりは目を細め、思い出すように微笑んだ。


「さっき控室に来て、言われたの『――私の悲鳴を、歌にしてくれてありがとう』って」


「……あいつらしいな」


「うん。顔真っ赤にして、捨て台詞みたいに言って逃げてった……可愛いよね、あの子」


 あかりが愛おしそうに呟く。

 かつては「曲を提供したくない」と拒絶された関係だ。

 それが今や、互いの魂を預け合うパートナーになっている。


 肉が焼ける香ばしい匂いと共に、温かい感情が胸に広がる。


「私からも……ありがとうございます」


 向かいの席で、咲夜がおずおずと口を開いた。

 彼女の手にはカシスオレンジが握られている。


「私、怖かったんです。父に否定されるのも、自分の絵が動くのも……全部怖くて、逃げ出したくて。……でも」


 咲夜は言葉を区切り、真っ直ぐに俺を見た。


「師匠と、ルナちゃんがいてくれたから……私、逃げずに踏みとどまれました」


「咲夜先生……」


「今日、ステージから見た景色……一生忘れません」


 咲夜は少し恥ずかしそうに、けれど誇らしげに微笑んだ。


「私の描いた絵が、あんなにたくさんの人を熱狂させた。それが、何より嬉しかったんです」


 咲夜は目を細め、夢見心地のままそう言った。

 きっと、あの光景を思い出しているのだろう。


「私、もっと頑張ります。父にも、世間にも負けないくらい、もっともっと素敵な絵を描けるようになりますから!」


「ふふっ。頼もしいねぇ、みんな」


 美結が頬杖をついて、トロトロに溶けた笑顔を向けてくる。


「アリサちゃんが良いお友達……ううん、良い『戦友』に巡り会えて、ママは本当に嬉しいわ」


「……だから、恥ずかしいって」


 俺は照れ隠しにカルビを口に放り込んだ。

 美味い。

 肉も、酒(俺はノンアルだが)も、そして何よりこの空気が美味い。


 ふと、前世の記憶が蘇る。

 大きな商談をまとめた後の、接待や打ち上げ。

 あのときと似た達成感に満ちた空気。


「……姐さん。いい表情してる」


 不意に、あかりが頬杖をついて覗き込んできた。

 こいつ酔ってるな。


「あ? 肉が美味いだけだ」


「ふふ、素直じゃないなぁ」


「……ま、礼ならこれからもっと売れて返せよ」


「あはは、ドライだなぁ姐さんは……でも、任せてよ」


 あかりがニカっと笑い、自分のジョッキを掲げた。


「連れてってあげるよ、姐さんも、咲夜先生も。もっとすごい景色見れる場所までさ……私たちは、まだ始まったばっかりなんだから!」


「いや、それはいらねー」


 俺は即答した。


「えーーっ!?」


 あかりが素っ頓狂な声を上げてのけぞる。


「なんで!? 普通そこは『おう!』って言うところでしょ!?」


「俺はマイペースにやるのが性にあってんの。有名になって窮屈になるのはごめんだ。大体俺は義務教育中の小学生だぞ?」


 咲夜が小さく手を挙げるようにして、続けた。


「私も、VTuberとしてではなく漫画家としての活動に力を注ぎたいので……」


「むぅ……二人なら天下も取れると思うのに。もったいないなぁ……」


 あかりが頬を膨らませる。

 俺は苦笑しながら、ノンアルコールビールを煽った。


「……ま、姐さんがそう言うなら無理強いはしないけどさ」


 あかりは少し真面目な顔になって、俺のグラスに自分のジョッキを軽く当てた。


「でも、これだけは覚えといてよ。もし姐さんが困ったことになったら、いつでも言ってよね。私が全力で助けるから」


「困ったこと?」


「そう。お金でも、人脈でも、なんでも。今日の借りは、いつか絶対返すからさ」


「……はいはい。覚えとくよ」


 俺たちは再びジョッキを合わせた。

 宴は、夜更けまで続いた。



 日付が変わる頃、俺たちはタクシーで帰路についていた。

 隣では、美結が俺の肩にもたれて幸せそうな寝息を立てている。


 窓の外を流れる東京の夜景を眺めながら、俺は何気なくスマホを取り出した。

 SNSを開くと、『#星空ルナ1stライブ』がトレンドの上位に入っていた。


『ルナちゃんの歌、魂震えた』


『新曲、エモすぎ』


『演出も神だったし、最高のライブだった』


 タイムラインは、ルナの歌唱力とパフォーマンスへの称賛で溢れている。

 現地のキャパシティは二千人だったが、オンライン配信のチケット販売数はそれを大きく上回るという速報が出ていた。


 俺や咲夜についての書き込みもちらほら見かける。


『ゲストの子たちも凄かった』


『あの幼女アバター何者?w 動きのキレが半端ない』


『ママ絵師さんのアバター、美人すぎでしょ』


「……でかくなりそうだな、あいつは」


 スマホの画面を撫でながら、俺は独りごちた。

 今日のライブはゴールじゃない。

 星空ルナという怪物が、さらに大きく羽ばたくための滑走路だ。


 タクシーがカーブを曲がり、街の灯りが流線を描いて後方へと消えていく。


 祭りは終わった。

 耳の奥に残る歓声も、次第に夜の静寂へと溶けていく。


 俺はそっと息を吐き、窓ガラスに映る自分の顔を見た。

 そこには、疲れ切っているけれど、少しだけ誇らしげな――そんな、悪くない表情の少女がいた。


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