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TS転生幼女のサバイバル配信生活  作者: 瀬戸こうへい
第二章 成長した俺の居場所

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第41話 月が輝く星空の下で

 視界が開ける。

 無音の暗闇から一転、鼓膜を叩くような爆音と、視界を埋め尽くす光の洪流。


 ――そこは、バーチャルのステージの上だった。


 数千本のサイリウムが揺れている。

 その光景に圧倒されつつも、肌で感じる空気は、ほんの少しだけ硬かった。


 先日コラボしたとはいえ、箱外のゲストである俺たちを知らない観客も多いのだろう。

 期待と様子見が入り混じった、独特の緊張感。


 その空気を塗り替えるように、中央に立つルナがマイクを握りしめ、声を張り上げた。


「――紹介するよ! 私の、大切な家族!」


 ルナが、隣に立つ咲夜の肩をぐっと抱き寄せる。


「こっちが、私にこの体をくれて、世界で一番可愛く産んでくれた……大好きなママ絵師VTuberの、SA9-YA!」


「こ、こんばんは……SA9-YAです!」


 咲夜は緊張しつつも、精一杯の笑顔で客席に向かって手を振った。

 すると、間髪入れずに「ママ―!」という野太い声援が飛び交う。


 彼女のイメージカラーであるピンクのサイリウムが、あちこちで灯り始めた。


「そしてこっちが!」


 ルナが、今度は反対側にいる俺をビシッと指差す。


「私と同じSA9-YAママの娘で、この一年、私をずっと導いてくれた頼れる姐さん! 幼女師匠VTuberの、AL1-SA!」


 一拍の間。


「こんアリー……AL1-SAだ。正直、こんな大舞台は俺の柄じゃないんだが……ルナのやつが、どうしてもっていうんでな」


 やれやれと肩をすくめると、ルナが本当に嬉しそうに笑った。


「私のわがまま! 姐さんと一緒に舞台に立ちたかったんだよね……迷惑だった?」


「……いや、そんなことはないが」


「よっ、姐さんツンデレ!」


 会場から、どっと笑いが起きる。

 張り詰めていた空気が、一気に親密なものへと変わっていくのが分かった。


「お前と違って、歌も踊りも素人だからな。あんまり期待しないでくれよ」


「ふふん、任せて! 二人とも、今日は私が導いてあげるっ!」


 ルナが俺たちの手を取り、ステージの中央へと引っ張った。

 その手は、驚くほど熱く、そして力強い。


「準備はいい? いくよ、二人とも!」


「はいっ!」


「ああ!」


 イントロが流れ出す。

 アップテンポで、どこか懐かしくて、とびきりキャッチーなアイドルソング。


 俺たちは踊り出した。


 現実の肉体はHMDとセンサーに縛られている。

 だが、仮想の肉体は、羽のように軽かった。


 ステップを踏むたびに、スカートが翻り、光の粒子が夜空に散っていく。


「いっくよーーーー!」


 俺は、腹の底から声を張り上げた。

 だが、その声は地鳴りのような歓声に、あっという間にかき消されそうになる。


 視界を埋め尽くすサイリウムの波。

 爆音。熱気。


 圧倒的な「数」の暴力に、思考が一瞬、白く染まった。


 足は動いている。

 振付も、間違っていない。


 それでも必死だった。

 この巨大な熱狂の渦に振り落とされないよう、しがみつくので精一杯だ。


 すれ違いざま、不意に肩をポンと叩かれた。


「――♪」


 ルナだ。


 彼女は歌いながら、一瞬だけ俺に流し目を送り、

 悪戯っぽく、ウインクしてみせた。


 その余裕たっぷりの表情を見て、俺はハッとする。


 ――いかんいかん。完全に視野狭窄になっていた。


 失敗しないように。

 完璧にこなそうとして――

 俺の動きも、声も、ガチガチになっていた。


 なんて様だ。


 こんな状態で、客を楽しませられる訳がない。


 俺が配信を続けてきた理由は、なんだ?

 義務か。責任か。


 ――違う。


 俺が「楽しい」から、やっているんだ。


 俺が楽しむのを見て、みんなが楽しいと思う。

 今だって、そうだ。


 俺は――俺が楽しむために、歌っている!


 身体から、余計な力が抜けていくのが分かった。

 息が通り、視界が一気に開ける。


 俺は、この場所ステージに立っている!


 俺は客席を見渡した。


 二階席に座る、相変わらずしかめっ面の厳一郎。


 どうだ、あんたが「落書き」だと言った絵が、今、こうして動いている。


 あんたが「無価値」だと切り捨てた、娘が魂を込めて描いたデザイン。

 それが、数千人の人間を、ここまで熱狂させているぞ。


 ステージ中央で、咲夜のアバターが華麗にターンを決める。

 その表情は、彼女が描いた漫画のヒロインのように、自信と喜びに満ち溢れていた。


「みんなー! 大好きだよー!」


 咲夜が叫ぶ。


 普段の彼女なら、絶対に言えない台詞。

 けれど、今の彼女は「SA9-YA」だ。


 この空間では、彼女もまた主役なのだ。


 様々な色のサイリウムが入り乱れる。

 光の海。爆音の歓声。

 その全てが、全身を震わせる。


 ……ああ、楽しい。


 曲が、クライマックスへ向かう。


 俺たちはステージ中央へ駆け寄り、

 背中合わせになった。


「ラスト! いくよ姐さん!」


「おう!」


 最後のフレーズを歌い切った、その瞬間。


 俺の胸を去来したのは――

 「もう終わってしまうのか」という、強烈な名残惜しさだった。


 振り向きざま、カメラに向かって指を突き出す。


 そして――


 バチコーン!


 二人同時に、渾身のウインクと指ハート。

 練習で何度も失敗し、恥ずかしさで死にそうになりながら完成させた、必殺の「アイドルポーズ」。


「「キラッ!」」


 静止。


 一拍置いて――

 会場が揺れるほどの歓声が、爆発した。


 鳴り止まない拍手の中、

 俺たちは肩で息をしながら顔を見合わせ、笑った。


「みんな、ありがとなっ! 最高の景色だったぞ!」


「本当に、ありがとうございました……! 私、この舞台に立てたこと、一生忘れません!」


 俺と咲夜は大きく手を振り、光の粒子となって、ステージから消滅していった。


          ◇


 暗転。

 俺たちは光の中から引き剥がされ、薄暗い配信ブースへと戻ってきた。


「……はぁ、はぁ、はぁ……ッ!」


 HMDをかなぐり捨て、咲夜が床に崩れ落ちる。

 俺もまた椅子に深く沈み込み、荒い息を吐いた。


「……やった、な」


「はい……やりきり、ました……!」


 汗だくの顔を見合わせ、俺たちは笑った。

 言葉はいらなかった。やり遂げたという事実だけで、胸がいっぱいだった。


 ――だが、ライブはまだ終わらない。


 ステージの照明が、再び灯る。

 静寂。

 そして、ピアノの旋律が静かに流れ始めた。


 ぽえ――一ノ瀬詩が書き下ろした、最後の一曲。


 『Starlight』。


 モニター越しに見るステージの中央に、新しい衣装に身を包んだ星空ルナが立っていた。


 ベースとなるのは、穢れのない純白のドレス。

 だが、その裾はグラデーションで染め上げられている。


 右側は、かつての理想だった、凍てつくような「青」。

 左側は、内から溢れ出した、激情の「赤」。


 相反する二つの色が、白の中で混じり合い、一つの美しい色彩となって彼女を包んでいる。


『――ありがとう。みんな』


 ルナが語りかける。

 それは飾らない「あかり」の言葉であり、

 同時に「星空ルナ」としての、心からの言葉だった。


『私は、嘘つきで、弱虫で、どうしようもないやつだけど……』


 演じていた清楚だけでもない。

 反動で飛び出した粗暴な自我だけでもない。


 そのすべてを飲み込み、肯定した、ありのままのルナ。

 ピアノの音が、優しく彼女を支える。


『みんながいてくれたから、私は「私」になれた……聞いてください』


 彼女が息を吸い込む。

 その一瞬、数千人の観客が息を呑んだのが、画面越しにも伝わってきた。


 歌声が響く。

 それは『Screaming』のような叫びではない。

 会場の隅々まで染み渡るような、

 透明で、力強いバラード。


『――愛されたいと願うほど 私は仮面を厚くした』


『鏡の中の泣き顔も 塗りつぶして笑っていた』


 歌詞が紡がれる。

 それは、あかり自身の告白であり、同時に、ウタが楽曲に込めた「答え」だった。


 孤独。自己嫌悪。承認への渇望。

 痛いほど切実な言葉たちが、美しいメロディに乗って昇華されていく。


『星の光は冷たくて 届かないと諦めて』


『泥だらけの手を ポケットに隠したまま』


 ふと、周囲の気配が変わったことに気づく。

 さっきまでインカムで怒鳴り合っていたスタッフたちが、全員、手を止めていた。


 仕事の手を止めることなど許されない現場だ。

 だが、誰も動けない。


 固唾を呑み、瞬きさえ忘れたように、モニターの中の少女に釘付けになっている。


『でも 君が見つけてくれたから』


『不格好な傷跡も 今は誇らしい星座になる』


 サビに入った瞬間、世界が広がった。

 ルナの声が、爆発的なエネルギーを持って空間を支配する。


『――Starlight 照らして 嘘つきな私のすべてを』


『清らかな青も 燃えるような赤も 混ざり合って 私が生まれる』


 圧倒的だった。

 技術や演出といった理屈を、軽々と飛び越える「魂」の歌。


 これが、星空ルナという表現者の力だ。


 客席のサイリウムが、青と赤、そして白に点滅し、ゆっくりと大きく揺れる。

 それはまるで、地上に降りた星の海が、彼女の歌声に合わせて波打っているようだった。


『完璧じゃなくていい 綺麗じゃなくていい』


『ただ君に届くなら この声が枯れるまで』


 関係者席のカメラ映像に目が止まる。


 最前列に座る一ノ瀬響は、目を閉じ、腕組みを解いて、深くシートに身を預けていた。


 批評家の耳ではない。

 一人の聴衆として、そして父親として、娘の作った音を全身で受け止めている。


『――不協和音ノイズさえも愛おしい 私たちの軌跡』


 隣に座るウタは、身じろぎもせず、ステージ上のルナを見つめていた。

 その瞳が潤んでいるのが、モニター越しでも分かる。


 かつて感情を吐き捨てるために行われてきた作曲が、今はこうして、数千人を感動させる「光」になっている。


 彼女の表情が、そのすべてを物語っていた。


『――愛してる この光の中にいる 君のすべてを』


 最後のフレーズが、祈りのように響き渡る。


 ルナが天を仰ぎ、腕を広げる。

 すべての音が収束し、完全な静寂が訪れた。


 一秒。二秒。三秒。


 ブースの中も、会場も、誰一人として動かなかった。

 呼吸をするのも忘れるほどの、美しい空白。


 やがて――


 誰からともなく拍手が起こり、それは瞬く間に、会場を揺るがす轟音のスタンディングオベーションへと変わった。


「うおおおおおおおおッ!!」


「ルナちゃぁぁぁぁん!!」


「ありがとおおおおおッ!!」


 歓声。絶叫。啜り泣き。

 感情のダムが決壊したかのような熱狂が、ステージへと降り注ぐ。


 俺の隣では、咲夜がボロボロと涙をこぼし、スタッフたちも目頭を押さえていた。


『……っ、ありがとーーーっ!!』


 ルナが涙声で叫び、大きく手を振る。

 その頬を、光の粒のような涙が伝う。


 パンッ!


 キャノン砲が放たれ、銀テープが宙を舞う。


 キラキラと降り注ぐ光の中で――

 本編の幕が、静かに下りた。



 拍手は鳴り止まない。

 やがて手拍子が揃い、地鳴りのような『アンコール』の声が、ブースの壁を震わせ始めた。


 一旦HMDを外して、ボクシングのラウンド間のような休憩を取っていたルナが、会場のアンコールを聞いてニヤリと笑う。


「アンコール……行くよ、みんな!」


 あかりが勢いよく立ち上がった。


「最後は全員で出たいけど……私の枠は固定だから、残りは三人までだね」


 ゲスト用のHMDは三台しかない。

 ここにいるのは五人。俺と咲夜、ネネさんとライラさん、そしてマリエさん。

 全員同時に出るには、物理的に足りなかった。


「だったら、交代制にしましょ!」


 マリエさんが、ニッと笑って即答した。


「前半は私たちメニーカバー組が盛り上げる。後半はあなたたちが引き継いで!」


「待て待て! 俺たち、アンコール曲なんて練習してないぞ!?」


 俺は慌てて抗議した。

 さっきのコラボ曲で、俺の役目は終わったはずだ。

 後は高みの見物するつもりでいたのに、ここへ来てのアドリブ参加だと?


「大丈夫、最悪ルナの後ろで適当に踊ってたらいいから! タオル回してジャンプ! それだけ!」


「だ、大丈夫かなぁ……」


 咲夜が不安そうに俺を見る。俺も正直、冷や汗が出てきた。

 完璧に準備したステージとは違う。ぶっつけ本番、台本なしの乱入。

 だが――あかりの、あのキラキラした目を見たら、断れるわけがなかった。


「よーし、まずは私たちが行くよ!」


「オッケー!」


「任せて!」


 ネネとライラ、そしてマリエさんが素早くHMDを装着する。


 ステージが明転する。

 ライブTシャツ姿に着替えたルナと三人が、勢いよく光の中へと飛び出していった。


『アンコールありがとーーーー!!』


『まだまだ帰さないよー!!』


 アップテンポな、お祭りソングが始まる。

 ブースのモニターには、タオルを振り回し、全力で客席を煽るマリエさんたちの姿が映っていた。


 会場のボルテージは一気に最高潮へ。


 そして――間奏。


「戻るよ! 交代!!」


 ダダダッ、と足音が響く。

 ルナをステージに残し、汗だくのゲスト三人がHMDを外しながら駆け戻ってきた。


「はいっ! あとは頼んだわよ、アリスちゃん!」


 マリエさんが、まだ熱の残るHMDを俺に押し付ける。


「マジでやるのか!?」


「当たり前でしょ! ほら、咲夜さんも!」


「あわわわ……」


 有無を言わさぬ勢いで装着させられる。

 スタッフたちが神業的な手際で接続を切り替え、アバターを設定していく。


「師匠、行きましょう!」


「……ええい、ままよ!」


 俺と咲夜は、あかりの待つ光の中へと飛び込んだ。


 視界が切り替わる。

 そこは、音と光の暴風域だった。


『さあ、ラストはこの二人! ママと姐さんだー!!』


 ルナの紹介と共に、俺たちはステージ中央へ躍り出る。

 曲はもう二番のAメロが始まるところだ。


 急な登板で、振り付けを合わせる余裕なんてない。


 だが、流れているのは聴き慣れたルナの持ち歌だ。

 リズムは、体が覚えている。


 俺は邪魔にならない程度にステップを踏み、見よう見まねでタオルを振り回した。


 そして――顔を上げた瞬間、息を呑んだ。


 そこには、笑顔があった。


 最前列のファンも、二階席の関係者も、奥の奥にいる観客も。

 泣き笑いのような、心からの笑顔で、俺たちを見上げている。


 誰一人、欠けていない。

 会場にいる数千人が、今この瞬間を、全力で楽しんでいる。


 その熱気と幸福感が、物理的な圧力となって、全身に押し寄せてくる。


 ――ああ、なんて景色だ。


 これが、あかりが、咲夜が、そして俺たちが作り上げた世界なのか。


『今日は本当にありがとう! 最高の夜でした!』


 ルナが叫ぶ。

 その横顔は、過去のどの瞬間よりも、

 最高に輝いていた。


 大団円フィナーレ


 俺たちの舞台は、これ以上ない形で幕を閉じた。


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