表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
TS転生幼女のサバイバル配信生活  作者: 瀬戸こうへい
第二章 成長した俺の居場所

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/39

第38話 凍り付いた心を溶かすひだまり

 クリスマスが過ぎ、年末の足音が聞こえる午後。

 俺の部屋は、暖房が効いているはずなのに、凍りつくような緊張感に支配されていた。


「……違う。これじゃない」


 こたつに半分埋まった一ノ瀬詩が、五線譜をくしゃくしゃに丸め、床に叩きつける。

 周囲にはすでに、無数の紙屑が散乱していた。


 冬休みに入ってから、すでに数日が経過している。

 ウタは親に「友だちの家で勉強合宿をする」という名目で許可を取り、家に帰らず、俺の部屋に泊まり込みで作業を続けていた。

 だが、状況は絶望的だ。


 本来の締切は、すでにオーバーしている。

 それなのに、まだ一コーラスすら完成していない。


 部屋の隅には万年床が敷かれっぱなし。

 テーブルの上には、カフェイン摂取のためのマグカップと、脳の燃料であるチョコレートの包み紙が山を築いていた。


 俺が食事や着替えの世話をしているおかげで、辛うじて人間らしい生活は保てている。

 だが、肝心の進捗は、この惨状が示す通り芳しくない。


 いや、はっきり言えば――泥沼だ。


「『愛と感謝』……ルナに頼まれたテーマだけど、書けば書くほど嘘くさくなる。上っ面だけの言葉しか出てこない」


 ウタが頭を抱えて呻く。

 彼女は天才だ。

 だが、その感性はこれまで「孤独」や「反骨心」を燃料に、衝動に任せて曲を作ってきた。


 だからこそ、今の満たされた状況で曲を書こうとするのは、どうしても勝手が違うらしい。


「だから言ってるだろ、ウタ。難しく考えすぎなんだよ」


 俺はコーヒーを淹れ直しながら、少し棘のある口調で言った。


「愛なんてのは、要するに脳内物質の分泌現象だ。オキシトシンとかドーパミンが作用して、他者への親愛や執着を生む。そのメカニズムを歌詞に落とし込めば――」


「……はぁ?」


 ウタが顔を上げ、冷ややかなジト目で俺を睨んだ。


「あんた、バカなの? そんな無味乾燥な説明が、歌詞になるわけないでしょ。私が求めてるのは『情緒』なの。理屈じゃないのよ」


「だから、構造を理解すれば情緒も導き出せるって話だ。ターゲット層であるファンの承認欲求を満たすようなフレーズを、統計的に――」


「だ・か・ら! それが邪魔だって言ってるの!」


 バン! とウタがこたつを叩いた。


「あんたの助言は理論的かもしれないけど、的外れなのよ! こっちはフィーリングを掴もうとしてるのに、横から構造だの作用だの言われたら、逆にわけわかんなくなるわ!」


「なっ……人が親切で言ってやってるのに、なんだよ、その言い草!」


 俺の中で、何かがプツンと切れた。

 後になって思うと、俺も余裕がなかったのだと思う。

 普段なら、子供相手に腹を立てたりはしない。

 だが、何もできない焦りが、そのまま苛立ちに変わっていた。


「お前が『何も思いつかない』って言うから、助言してるんじゃないか! 感情だけで突っ走るから、途中で迷子になるんだよ!」


「あんたの助言は頭でっかちで、心にこないのよ! そんなので音を作れるわけないじゃない!」


 睨み合う視線と視線。

 空気は最悪だった。


 俺のロジックと、ウタのフィーリング。

 普段は補い合えるはずの二つが、今は完全に噛み合わず、火花を散らしている。


 ――バンッ!!


 その時、部屋のドアが勢いよく開いた。

 冷たい風とともに、小さな台風が飛び込んでくる。


「うーちゃん! ありちー! 大変大変!」


 日向陽菜だ。

 スキーウェアのようなモコモコの服を着込み、目をキラキラさせている。


「ごめんなさい、ヒナ……今、取り込み中なの」


「……すまん、ヒナ。俺たち、今忙しいんだ」


 俺は顔も向けず、そっけなくあしらった。

 悪いとは思うが、今は子供の相手をしている余裕がない。


「雪だよ、雪! つもってるんだよ!」


 だが、ヒナは俺たちの拒絶など意に介さず、カーテンをシャッと開け放った。

 窓の外は、いつの間にか一面の銀世界に変わっていた。

 しんしんと降り積もる雪が、殺伐とした部屋の空気を白く塗り替えていく。


「だから、遊びに行こ! 雪合戦しよう!」


「はぁ? 何言ってんのよ。私、今それどころじゃ――」


「いいから行くの! 二人とも、顔が梅干しになってるよ! そんな顔じゃ、いい音なんて出せないよ!」


 ヒナは問答無用でウタの腕を掴み、こたつから引きずり出した。


「ちょ、離して! 寒いのは嫌っ!」


「ありちーも! 隊長命令!」


「お、俺もかよ!」


 抵抗も虚しく、俺たち二人は思考の沼から、物理的に引きずり出された。



 近所の公園は、足跡ひとつない真っ白な雪原と化していた。


「いくよー! 雪玉ボンバー!」


 公園に着くや否や、ヒナが手際よく雪を固め、豪速球を投げてくる。

 ドスッ!

 ウタの背中に直撃し、雪が派手に砕け散った。


「つめっ……! やりやがったわね、この野生児!」


 ウタのスイッチが入った。

 彼女は上品なコートを脱ぎ捨て、素手で雪を鷲掴みにする。


「倍返しよ! 食らいなさい!」


「わー! うーちゃんノーコン!」


 きゃあきゃあと声を上げながら、雪を投げ合う二人。

 俺はベンチの陰に身を潜めつつ、冷静に戦況を分析していた。


(……フッ。甘いな)


 雪合戦とは、すなわち弾道計算と遮蔽物の奪い合いだ。

 俺は雪玉を量産し、足元にピラミッド状に積み上げる。


 そして――無防備にはしゃいでいるヒナの背後を取り、偏差射撃。


 バシュッ!


 見事、ヒナの後頭部に命中した。


「あーっ! ありちー、隠れててズルい!」


「戦術と言え! 勝負の世界に卑怯も何もあるか!」


「むきーっ! うーちゃん、同盟! ありちーを倒すよ!」


「……乗ったわ。あの減らず口、雪で埋めてやる!」


 さっきまで言い争っていた二人が、打倒俺を掲げて結託する。

 四方八方から飛んでくる雪つぶて。


 俺も応戦するが、多勢に無勢だ。


「くそっ、弾幕が厚い!」


「それー! 集中砲火ー!」


「覚悟しなさい、この頭でっかち!」


 顔面に冷たい雪が直撃する。

 冷たい。痛い。


 でも――楽しい。


 気付けば俺は、曲の悩みも、ライブのプレッシャーも忘れて、本物の子供みたいに笑いながら雪まみれになっていた。



一時間後――


「……もう、無理……!」


 ウタが声を上げ、糸が切れたように後ろへ倒れ込んだ。

 ドサッ、という鈍い音と共に、雪の上に大の字になる。


「私もー!」


「……休憩だ、休憩!」


 続いてヒナが、そして俺も、雪原へと身を投げ出した。

 背中から冷たさが伝わってくるが、火照った体にはそれが心地いい。


 視界いっぱいに、鉛色の空が広がっている。

 俺たちの口から漏れる白い息が、空へと昇っては消えていく。


「……はぁ、はぁ……」


 静寂の中、荒い呼吸音だけが響く。

 しばらくして、ウタが空を見上げたまま、ポツリと呟いた。


「……私たち、バカみたい」


 その言葉に、俺は思わず吹き出した。


「……違いない。締め切り前の作曲家と、人気VTuberが、泥だらけになって雪合戦だもんな」


「あはは! バカだー! 最高にバカだー!」


 ヒナが手足をバタつかせ、雪の上に天使の跡を作る。

 その無邪気な声につられて、ウタも、そして俺も、声を上げて笑った。


「「「あはははは!」」」


 理屈も、見栄も、プレッシャーも。

 全部、白い雪に溶けていくようだった。


「……ふぅ」


 ひとしきり笑って、俺たちは体を起こした。

 なんだか、憑き物が落ちたように体が軽い。


「へっくしゅ!!」


 その時、ヒナが盛大なくしゃみをした。

 見ると、服はびしょ濡れで、唇が少し青ざめて震えている。

 一番はしゃいで、頭から雪に突っ込んでいたのは彼女だ。


「……いかん、体が冷えたな」


 俺はヒナの額に手を当てる。

 ひんやりと冷たい。このままでは確実に風邪をひく。


 ふと、近くにある施設が脳裏に浮かんだ。


「……もし、二人が構わなければなんだが」



 やってきたのは、家の近くにある昔ながらの銭湯『松の湯』だった。

 煙突からは白い煙が立ち上り、入口には「ゆ」の暖簾が揺れている。


「ここが……お風呂なの?」


 ウタが目を丸くする。

 お嬢様育ちの彼女にとって、公衆浴場は未知の世界らしい。


「なんか楽しそー!」


 ヒナも、銭湯に来るのは初めてのようだ。

 それよりも、だ。


「……で、二人とも。本当にいいのか? その……俺と一緒で」


 俺は暖簾の前で足を止めた。

 いくら見た目が子供でも、前世がおじさんだと知っている相手と風呂に入るのは、精神的に抵抗があるはずだ。


「くどいわね。私は気にしないって言ってるでしょ?」


 ウタが呆れたように言う。


「それとも、あなたは私みたいな子供を、よこしまな目で見るのかしら?」


「バカな。そんなわけないだろ」


 俺は即座に否定した。


「美結のやつが、ここの風呂が大好きでな。転生直後から無理やり連れ回されてるうちに、羞恥心なんてものはとっくに無くなっちまった」


「あー……美結さんならやりそうね」


 ウタが妙に納得した顔をする。


「それに、俺には転生前、お前たちくらいの娘がいたんだ」


「えっ?」


「休みの日は、よく一緒に風呂に入ってたよ。『パパ、背中流してー』なんて言われてな」


 ふと、懐かしい湯気の匂いが蘇る。

 キャッキャと騒ぐ娘たちの声。石鹸の香り。


 それは、俺の前世における、一番幸せな記憶のひとつだった。


「だから、お前らみたいな子供と入っても、別にどうとも思わん……ただの『保護者』気分だよ」


 少し遠い目でそう言うと、ウタとヒナは顔を見合わせた。


「へー……ありちー、パパさんだったんだ」


 ヒナが感心したように言う。

 ウタも、ふっと表情を緩めた。


「……ふーん。パパ、ね」


 彼女は小さく笑い、俺の背中を押す。


「じゃあ連れて行ってよ、パパ。私、こういうところ初めてで、勝手がわからないし」


「わーい! おっきいお風呂だー! 泳げるかな!」


「こらヒナ、プールじゃないから泳げないぞ? ……ったく、仕方ないな」


 俺は観念して、二人と一緒に暖簾をくぐった。



「わーい! いっちばーん!」


 脱衣所を飛び出した瞬間、すっぽんぽんの野生児が加速した。

 湿気で曇ったタイルの上をぺたぺたと駆け抜け、あろうことかそのまま湯船へダイブしようとする。


「待てェッ!」


 俺は反射的に手を伸ばし、ヒナの首根っこをガシッと掴んで静止させた。

 あと一歩で着水というところでの緊急停止。ヒナが空中で手足をばたつかせる。


「うーーっ! 離してよぉ! 早く入りたいよぅ!」


「バカ者! かけ湯もせずに湯船に入ろうとする奴があるか!」


 俺は仁王立ちで説教した。声が浴室の高い天井に反響する。


「いいかヒナ。銭湯には作法がある。まずは身体を洗え。一日の汚れをきれいに落としてから湯に浸かるのが、公共浴場のマナーであり、粋ってもんだ」


「えぇー……体洗うのきらいぃ。めんどくさいー」


「めんどくさくない! ほら、あっちの椅子に座れ。俺が洗ってやる!」


 俺は抵抗するヒナを引きずって洗い場へ連行すると、プラスチックの椅子に座らせた。

 備え付けの黄色い桶にお湯を張り、ナイロンタオルにボディソープをつけて泡立てる。


「ほら、バンザイ」


「ぶー」


 不満げに頬を膨らませながらも、ヒナは素直に両手を上げる。

 俺は手慣れた手つきで、その小さな背中や脇腹をゴシゴシと洗い始めた。


 泡だらけになりながら、「くすぐったい!」と身をよじるヒナ。

 その様子を、隣の席におっかなびっくり座ったウタが、鏡越しに見ていた。


「……ふふっ」


「ん? どうしたウタ」


「ううん。……ほんと、お父さんみたいね」


 ウタがくすくすと笑う。


「ほらヒナ、次は頭だ」


「やだ! シャンプーきらーい! 目が痛くなるもん!」


「大丈夫だ。俺のテクニックを信じろ」


 俺はヒナの頭をわしわしと洗い、シャワーではなく桶のお湯をたっぷりと汲んだ。


「ほら、流すぞ。ちゃんと目つむってろ。……せーのっ」


 ザバァーッ! 勢いよく、かつ顔にかからない絶妙な角度でお湯をかける。


「――ぷはーっ!」


 お湯の中から顔を出したヒナが、犬のように頭を振って水気を飛ばした。

 目は痛くないらしい。さっぱりした顔でニカッと笑うその無邪気さに、俺は思わず苦笑した。


 ふと横を見ると、ウタは手桶でお湯をすくって体を流しているだけだった。


「ウタは髪を洗わないのか?」


「傷みやすいから、家のシャンプー以外では洗わないことにしてるの」


 ウタは備え付けの緑色の液体が入ったボトルを、少し警戒するように見つめた。

 さすがはお嬢様。髪へのこだわりも一流らしい。


「あなたたちこそ、そんなよく分からないメーカーので平気なの?」


「んー? 気にしたことないがなぁ。洗えればなんでもいいだろ」


「信じられない……」


 ウタが呆れたように溜息をつく。


「よし、ヒナ一丁上がり! しっかり温まってこい!」


「わーい! お風呂だー!」


 ピカピカになったヒナが、今度こそ大手を振って湯船へと走っていった。


 ……浴室で走るのは危険だから後で注意しておこう。


 カポーン。


 高い天井に、桶の音が響く。


「はぁぁぁ……生き返るぅ……」


 身体を清め、広い湯船に肩まで浸かると、凍えた体に熱がじわじわと染み渡っていく。

 隣では、ヒナが泳ぎたくてうずうずしている。やめなさい。


 ウタは「ふぅ……」と、心からリラックスした表情を浮かべていた。


 湯気越しに見る二人の顔は赤らみ、とても無防備だ。

 理屈も、見栄も、全部お湯に溶けていく。


「……ねえ、アリサ」


 ウタが湯を掬いながら、ぽつりと呟く。


「私、なんか分かった気がする」


「何が?」


「『愛と感謝』……そんなに難しいことじゃなかったのかも」


 彼女は、隣でばちゃばちゃするヒナと、それをたしなめる俺を見て、柔らかく笑った。


「こうして一緒にいて、笑って、『ああ、楽しい』って思う……

たぶん、それでいいのよね」


「……そうだな」


 俺も静かに頷いた。

 特別な言葉なんて、いらない。


 ただ、同じ温度を共有すること。

 それが、一番確かな答えなのかもしれない。



 風呂上がり。


 脱衣所のベンチに腰を下ろし、俺たちは腰に手を当てていた。

 手には、冷えた瓶入りのコーヒー牛乳。


「ぷはーっ! これこれ!」


 ヒナが一気飲みして、白い髭を作る。


「……意外と美味しいわね、これ」


 ウタも上品に、だが止まらない様子で飲んでいる。


「だろ? 風呂上がりのコーヒー牛乳は至高なんだ」


 俺も最後の一滴まで飲み干し、瓶を置いた。


 外に出ると、雪は止んでいた。

 帰り道、ウタが口ずさんでいた新しいメロディは、とても優しくて、温かかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ