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TS転生幼女のサバイバル配信生活 ~ギャルママ放置で詰みかけたので、前世知能でVTuber始めます~  作者: 瀬戸こうへい
第二章 成長した俺の居場所

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第32話 星空ルナ、覚醒

 八月中盤。

 ネットの海に、一滴の異物が投下された。


『Screaming / 星空ルナ(composed by ぽえ)』


 前触れも、告知もない。

 深夜の、完全なゲリラ投稿。


 それは、これまでの星空ルナのイメージと、明確に食い違っていた。


 廃墟と化した洋館。

 泥に汚れたドレス。

 虚ろな瞳で、ゆっくりと微笑む少女。


 どこか艶めかしく、視線を絡め取るような映像。

 清楚で、触れれば壊れてしまいそうだった令嬢の面影は、そこにはない。


 音も同様だった。

 高貴でも、儚くもない。

 湿度を帯びた低音と、息遣いを感じさせる歌声が、耳にまとわりつく。


 無自覚な色気ではない。

 はっきりと自覚的な大人の匂い。


 再生数は、静かに伸びていった。


「……え?」


「星空ルナ、だよね?」


「いや、曲は……嫌いじゃないんだけどさ」


「でも、これ何?」


 コメント欄に漂っていたのは、困惑だった。


 曲はいい。

 歌も、映像も、完成度は高い。

 ただ――方向性が、あまりにも違いすぎた。


 清楚で、触れたら壊れてしまいそうだった存在が、突然、大人の色気をまとって現れた。

 その変化を、どう受け止めればいいのか。

 好きだからこそ、判断が追いつかない。


『これは星空ルナなのか? それとも、別の誰か?』


 誰も、結論を出せずにいた。


 炎上はしない。

 だが、空気は確実に揺れていた。


 ――そんな、落ち着かない違和感を抱えたまま、数日が過ぎた。


 そして。


『【重大発表】猫被るの、もうやめます【星空ルナ】』


 その配信が、すべてをひっくり返した。


 PCモニターの中。

 いつもの優雅な洋館セット。

 星空ルナは、いつも通り、淑やかに一礼する。


「ごきげんよう。地球の皆様。今宵も、月が綺麗ですわね……」


 聞き慣れた挨拶。

 いつもと変わらない、星空ルナの佇まい。


 視聴者の多くは、この時点で理解したつもりになっていた。

 あの曲は、あくまで一つの表現。

 世界観を広げるための、例外的なコンセプトなのだと。


 だが――


 ――カシュッ!


 優雅なBGMを切り裂く、炭酸の缶が開く音。

 画面に映し出されたのは、あまりにも場違いなストロング缶だった。


 それを掴んだルナが、カメラの前で一気に煽る。


「……んぐ、んぐ、んぐ……ぷはぁっ!」


 そして、雑に口元を拭った。


「――なーんて。やってられっか!」


 コメント欄が、止まる。


「Screaming、見てくれた? よかったっしょー!」


 声は、もう作られていなかった。

 ほぼ地声。

 少し荒れていて、少し投げやりで、妙に生々しい。


「あの曲でさ……全部吐き出したら、もう無理しなくていいかなーって思って」


 缶を揺らしながら、笑う。


「だからね。これからは飲みたい時に飲むし、言いたいこと言うわ」


 一拍置いて、少しだけ視線を伏せる。


「清楚な私を好きでいてくれた人は……ごめんね」


 そして、逃げずに言い切った。


「私、本当の中身、こんなだから」


 配信が終わった瞬間。

 空気は、一気に反転した。


『裏切られた』


『こんなの星空ルナじゃない』


『でも……俺は好き』


『生き生きとして良い。なによりエロい!』


 賛否両論。

 拒絶と熱狂が、同時に噴き出す。


 炎上は避けられなかった。

 まとめサイトが踊り、切り抜き動画が量産される。


 だが――

 数字は、正直だった。


 後から数字を見返してみて、俺は小さく息を吐いた。

 登録者数は、配信後一晩で数万人単位で跳ね上がっていた。


『星空ルナ、壊れた』


『星空ルナ、覚醒』


 どちらの言葉も、画面の向こうでは同時に飛び交っていた。


 ただ一つ確かなのは――

 彼女が、もう「元の場所」には戻れなくなった、ということだけだった。



 その数日後。

 同じ事務所の先輩であり、銀槌海賊団団長という設定のお色気系VTuber『銀槌マリエ』とのコラボ配信が行われた。


『【開店】BAR星空へようこそ【ゲスト:マリエ団長】』


 画面には、薄暗いバーのカウンター。

 あえてBGMはジャズを小さく流すのみ。

 グラスを磨くルナの姿が映し出され、静かに配信が始まった。


「こんばんわー、ルナです……今日はバーテンダーやってます」


 作り込んでいない、少しハスキーな地声。

 ルナはカラン、と氷を混ぜながら、カメラに視線を向けた。


「今日のお客様は、誰が来てくれるのかなぁ?」


 その直後。

 ドタバタとした効果音と共に、露出度の高い海賊アバターが画面に飛び込んでくる。


「こんばんわー! 銀槌マリエで~す♡」


 テンションの高い、甘ったるい声が響いた。


『今日は「星空バー」がオープンするって聞いて、お祝いに来ちゃったわん♡』


「団長、いらっしゃいませ……ふふっ。お祝い、ありがとう」


 ルナは軽く笑って、カウンターの内側に立つ。

 先輩に対する過度な謙りはない。かといって、ぞんざいでもない。

 昔からの悪友を迎えるような、妙にフラットな距離感だった。


「いやー、びっくりしちゃったよルナちゃん! 雰囲気、だいぶ変わったじゃん?」


 マリエが、興味深そうにルナの手元を覗き込む。


「団長ごめんねぇ。なんか、ずっと騙してたみたいで」


 悪びれる様子もなく言いながら、ルナは棚からボトルを二、三本取り出した。


「じゃあ今日は……せっかくだし、マリエ団長に一杯作ろっか」


「えっ、いいの!? じゃあねぇ……強めで、甘くて、あとちょっと色っぽいやつ♡」


「注文多いなぁ」


 そう言いながらも、ルナは迷わずメジャーカップを手に取る。

 琥珀色のリキュール、透明なスピリッツ。

 氷を入れたシェイカーに注ぎ、蓋を閉めた。


 ――シャッ、シャッ、と小気味いい音が鳴る。


「……手つき、慣れてない?」


「まーね。昔こういうお仕事してたので」


 軽く肩をすくめ、シェイカーを置く。

 グラスに注がれた液体は、淡い金色に光っていた。


「はい。即席だけど、団長スペシャル」


「わぁ……見た目だけで優勝してるんだけど」


 マリエがグラスを持ち上げ、ひと口含む。


「……っ! なにこれ。甘いのに、後からガツンと来る!」


「でしょ。最初は優しくて、油断したところで殴るやつ」


「ルナちゃん、その例えどうなの!?」


 二人同時に笑い、グラスが軽く触れ合った。


「いやぁ、いいバーだわここ。じゃあさ、二杯目いっちゃおっか」


 マリエが空になりかけたグラスを、わざとらしく揺らした。


「今度はねぇ……もっと強いやつ。飲んだら、もう後戻りできない感じの♡」


「……それ、酒の注文じゃなくない?」


 ルナは苦笑しつつも、棚の奥に手を伸ばす。

 さっきより、明らかに度数の高いボトルだった。


「でも、団長っぽい注文ではある」


「でしょ~? 今のルナちゃんにも、ぴったりだと思うんだけどなぁ」


 マリエが意味ありげに笑う。

 ルナは一瞬だけ視線を伏せ、それから小さく息を吐いた。


「……じゃあ、覚悟決めた人用の一杯ね」


 グラスを替える。

 氷は少なめ。

 代わりに、深い色のリキュールをゆっくりと注いだ。


「これ、甘くないから」


「えっ、マジ?」


「最初から、楽に逃がすつもりはないの」


 軽くステアし、グラスを差し出す。


「逃げ道なし。飲んだら、ちゃんと味わって」


「……こっわ。でも、いただきます♡」


 マリエが口をつけた瞬間、目を見開いた。


「……あ、これ……」


「でしょ」


 ルナはカウンターにもたれ、静かに続ける。


「最初は苦い。でも、喉越したあと、じわじわ来るの」


「……胸の奥に、残るタイプだ」


「そう。後悔も、覚悟も、残る」


 コメント欄が一気に流れ始める。


『語彙が大人すぎる』


『ルナちゃん、もう隠す気ないな?』


『これは戻れないやつ』


 マリエがグラスを置き、じっとルナを見た。


「ねぇ、ルナちゃん」


「なに?」


 一瞬の沈黙。


 ルナは、笑った。

 それはいつもの作り物じゃない。

 どこか肩の力が抜けていて、妙に静かな笑みだった。


「……戻る、とかじゃないかな」


 そう言って、グラスの中の氷を指で転がす。


「あれは最初から、私が勝手に作った『理想のルナちゃん』だし」


 一拍置いて、淡々と続けた。


「汚れてないふりして、綺麗な顔してただけ。でもさ……それ、もう私じゃなかったんだよね」


 マリエの視線を、正面から受け止める。


「だから殺したの。清楚なお嬢様の星空ルナ」


 言い切りだった。


「今残ってるのは、都合のいい幻想じゃない。汚くて、欲張りで、面倒くさい……ただの私」


 ルナは自分用のグラスに、同じ酒を注ぐ。


「でも、こっちの方が息できる」


「ふふ……いいじゃん。私、今のルナちゃん好きだよ」


「ありがと、団長」


 ルナはグラスを掲げた。


「だから、ここは星空バー。清楚も、建前も、全部置いてく場所」


 カメラ越しに、ゆっくりと視線を流す。


「酔いたい人だけ、どうぞ」


 コメント欄が爆発した。


「ねぇルナちゃんさ」


 マリエがグラスを指でなぞりながら、わざとゆっくり言った。


「さっきからさぁ……その手つきがもう、人を酔わせる側の女なんだよね」


「……どのへんが?」


 ルナは平然を装いながらも、氷を転がす音が少しだけ鈍った。


「グラスの持ち方とか。目線とか。それに――」


 マリエはカウンターに身を乗り出し、囁く。


『声、低くなってる』


『……団長、飲みすぎ』


『えー? でもさ』


 マリエはニヤッと笑う。


「清楚な星空ルナの時って、こんな距離で喋らせてくれなかったよね?」


 コメント欄が一気にざわつく。


『距離近いw』


『団長寄りすぎww』


『空気甘くね?』


 ルナは一瞬、言葉に詰まったあと、ふっと息を吐いた。


「……だって今は、バーだから」


「バーだから?」


「お客さんと距離が近いのは、普通でしょ」


 そう言って、わざと一歩だけマリエに近づく。


「それとも……近づかれるの、嫌?」


「……っ、いやいやいや」


 マリエが一瞬だけ言葉に詰まり、すぐに笑ってごまかした。


「やば。これ、完全に立場逆転してない?」


「でしょ」


 ルナは楽しそうにグラスを差し出す。


「団長が煽る側だと思ってた?」


「思ってたよ!? 思ってたけどさ!」


「でも今は――」


 ルナは、意味ありげに一拍置く。


「私が、注ぐ側」


 コメント欄が爆発する。


『言い方ww』


『注ぐ側って何ww』


『ダメな空気になってきた』


 マリエは観念したように肩をすくめた。


「……いやぁ、これは参ったわ」


「なに?」


「ルナちゃんさ」


 少し声を落とす。


「自分がどれだけ無防備な色気出してるか、ちゃんと自覚した方がいいよ?」


「……自覚したら、どうなるの?」


「もっと危ない」


 間髪入れずの即答。


 ルナは一瞬きょとんとして――それから、くすっと笑った。


「じゃあ……今日はそこまで」


「えっ!?」


「これ以上は、酔いすぎ」


 そう言って、わざとカメラ目線になる。


「バーはね。余韻を残して終わるから、また来たくなるの」


 ウインク。


「今日はここまで。続きは……また次の夜に」


 コメント欄が阿鼻叫喚になる。


『引きが強すぎる』


『続き待つしかないじゃん』


『これが大人のやり口』


 マリエが大きくため息をついた。


「……いやもう、完全に覚醒してるわこの子」


「団長も、また来てくれる?」


「来るに決まってるでしょ! こんなバー、常連になるに決まってんじゃん!」


 ルナは満足そうに微笑んだ。


「ご来店、ありがとうございました」


 俺は配信を閉じた。


 いいか悪いかは分からない。

 だが――少なくとも俺には、楽しそうに見えた。


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