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TS転生幼女のサバイバル配信生活  作者: 瀬戸こうへい
第二章 成長した俺の居場所

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第30話 解釈違いのリフレイン

 夏休みが近づく頃。

 俺の家は、地域の児童館かと思うほど賑やかだった。


「――そこだ! ショートカット!」


「わー! うーちゃん速い! でもヒナも負けないよー! えいっ!」


「ああっ!? 赤甲羅!? ヒナ、あんた狙って……!」


 リビングの大型テレビの前で、一ノ瀬ウタとヒナがコントローラーを握りしめている。

 画面の中では、髭のおじさんとピンクの王女様がカートで爆走していた。


 ウタは理詰めで最速ラインを走るガチ勢だが、ヒナは直感でアイテムを使いこなし、奇跡的な逆転劇を演じるタイプだ。


「よーし、1位もらった!」


「あっ、アリサちゃんズルい! サンダー! サンダー来い!」


「来ないでくださいお願いします!」


 ギャーギャーと騒ぎながら、順位が入れ替わる。

 普段は一人用ゲームしかやらない俺が、小学生の友達と本気で張り合っている。

 正直楽しかった。


 ◇


 ひとしきりレースで盛り上がった後の、休憩タイム。

 ヒナはテーブルに用意したクッキーとオレンジジュースに夢中になっていた。


「んー! これおいひー! アリサちゃん、おかわり!」


「はいはい。こぼすなよ」


 もぐもぐと頬張る姿は小動物そのものだ。

 完全に餌付けされている。


 一方で、ウタはソファに座り、俺の本棚から引っ張り出した専門書を熟読していた。

 タイトルは『ゼロから始める配信用OBS設定ガイド』。


 ……なんでそんなマニアックな技術書を読んでいるんだ、この小学生は。


「……ふふーん、ふふふーん♪」


 本に集中しているウタの口から、無意識にメロディが漏れる。

 テンポが速く、前のめりで、どこか不安を煽るような独特のリズム。

 クラシックばかり弾いている彼女にしては珍しい、攻撃的な旋律だ。


「……?」


 俺は少し気になったが、ウタはページをめくるのに夢中で、自分が鼻歌を歌っていることにすら気づいていない。


「ねえねえ、次はこれやろーよ!」


 おやつを食べ終えたヒナが、新しいソフトを持ってきた。

 全国を鉄道で巡る、友情破壊ゲームの代名詞だ。


「お、いいな。日本一周するか」


「えぇ……あれ、時間かかるし喧嘩になるから嫌なんだけど……」


 ウタが渋い顔をするが、ヒナは既にコントローラーを握っている。


「大丈夫だよ! うーちゃん頭いいからお金持ちになれるよ!」


「そういう問題じゃなくて……はぁ。分かったわよ。借金背負って泣いても知らないから」


 案の定、桃鉄は疫病神のなすりつけ合いによる阿鼻叫喚の地獄絵図となった。


 ……まあ、こういうのも悪くない。

 画面の中で莫大な借金を抱えながら、俺はふとそう思った。


 ◇


その日の夜。

 俺はAL1-SAとして配信を行っていた。


『……というわけで、今日は友達とゲームしてたんだが。やっぱいいもんだな、みんなで遊ぶゲームって』


 コメント欄が流れる。


『師匠にも友達いたんだw』


『ほっこりした』


 軽口と好意が入り混じった、平和な反応だ。

 そんな中、ふと目に留まるコメントがあった。


『師匠もまたコラボでゲーム配信とかしたら?』


『最近、他のVとのコラボやってないよね』


「あー……まあな。機会があればな」


 そう返しながら、俺は画面の向こうをぼんやり見た。

 配信でゲームをしながらリスナーと話すのは、別に嫌いじゃない。

 ソロ配信なら、なおさらだ。

 リスナーと向き合って、言葉を投げ合いながら遊ぶ時間は、性に合っている。


 ただ――それは、あくまで「配信」だ。

 ゲームは会話の添え物で、常に誰かに見られている。


 コラボ配信なら、なおさら気を遣う。

 皆でゲームをしているようで、実際にはリスナーと、コラボ相手、両方の視線を背負うことになる。

 誰がどんな発言をするか、どんな空気になるか。

 楽しいけれど、どうしても神経は張り詰める。


 その点、今日みたいに家で集まってゲームをする時間は、まったく別物だった。

 誰にも見られず、評価もされない。

 勝っても負けても、ただ騒いで笑える。

 ゲームを純粋に「遊び」として楽しめるのは、こっちの方だ。


 そんなことを考えていたところで、コメント欄の流れが変わった。


『それより、星空ルナちゃんとはコラボしないの?』


『咲夜ママが描いた妹デビューしたじゃん』


『姉妹コラボ見たい!』


「あー、ルナかぁ……」


 俺は苦笑した。  あの中身を知っている身としては、なんとも複雑な気分だ。


「いや、しないだろ。あっちは今バリバリのアイドル売りで売出し中の『企業勢』だぞ?」


 俺が肩をすくめると、アバターも同じように動く。


「俺みたいなおっさんと絡んだら、炎上するだろ? まあ、俺は美少女Vだけどな!」


『まあ、それはそう』


『ユニコーンの鋭い角が師匠を突き上げる』


『師匠がユニコーンに嫌われるわけないだろ! 美少女だぞ!』


 適当に雑談を交わし、配信を終える。

 ヘッドセットを外し、伸びをしながらリビングへ向かうと――


「……うーっす、姐さん。お疲れー」


 薄暗いリビングのソファに、月見里あかりが深く沈み込んでいた。

 テーブルの上には空のロング缶が一本。手元には二本目。

 チータラを肴に、ストロング系の缶チューハイを煽る姿は、完全にくつろいだ宅飲みスタイルだ。


「……なんで居る」


「美結さんに入れてもらったの」


 ここ最近、彼女は頻繁に俺の部屋に逃げ込んでくるようになっていた。

 自分の中身を知った上で、話を聞いてくれる相手が、ほとんどいないらしい。


「美結は?」


「これからお泊りデートだって。今日は朝まで帰らないってさ。姐さんによろしく言ってたよ。いーなぁ……」


 あかりは羨ましそうに溜め息をつき、プシュッと缶を開けた。


「いーなぁじゃないだろ、清純派」


「だってぇ、今の私は彼氏作れないんだもん」


 あかりはチータラを齧りながら、当たり前みたいに言う。


「彼氏がいる状態で星空ルナになったらさ。それ、ルナちゃんに彼氏が居るってことになるじゃん。そんなのダメ、解釈違いにも程がある」


「……オフで遊んでるのと、何が違うんだ?」


「オフはオフ。ルナちゃんに中の人なんていません」


 さらっと言い切る。


「配信始めて星空ルナになった私に、彼氏がいたら――それは、リスナーへの裏切りじゃん」


「……」


「オフで遊ぶのはいいの。私の人生は私の物だし、ルナちゃんとは繋がらないから。でも、オンの私に特定の男がいたら、それはもうアウト」


 あかりは缶を軽く振り、当然の結論だと言わんばかりに口角を上げた。


「だから、発散はノーカン。彼氏はダメ。簡単でしょ?」


「……」


 俺は心の中で苦笑した。

 男という生き物は、「彼氏がいる」という状態よりも、推しが「誰かに抱かれている」という事実の方で勝手に傷つくのだが……まあ、口には出すまい。

 中の人の人生は、中の人のものだ。外野がとやかく言うことじゃない。


「……で? 今日は何の愚痴だ?」


「箱の先輩からコラボの誘いが来てるんだけどさぁ……」


「いいことじゃないか。登録者数も増えるし、可愛がってもらえよ」


「それがキツイのよぉ」


 あかりは天井を仰いだ。


「先輩たち、みんないい人なんだけどさ。『清楚なルナちゃん』として扱ってくるわけ。優しくしてくれるけど……思わず突っ込みたくなったりとか、ボロが出ちゃいそうになって、しんどいんだよね」


「……お前、無理なキャラ作りやめたらどうだ?」


 俺は率直に言った。


「配信見てても、ときどき素の口調が漏れてるぞ。コメント欄も『たまに出る素が面白い』って反応だし、いっそ、なんちゃって清楚くらいに開き直った方が楽なんじゃないか?」


 あかりの性格なら、その方が絶対に人気が出る。

 俺はそう分析していたのだが――


「はぁ? それじゃ意味ないじゃん」


 あかりは、心底不愉快そうに眉をひそめた。


「意味?」


「私は『星空ルナ』になりたくてVになったの。咲夜先生が描いた、あのアバターを見た瞬間――雷に打たれたみたいに、心を奪われたんだから」


 そう言って、あかりはスマホを取り出す。

 待ち受けに設定されたルナのイラストを、俺の目の前に突き出した。


「見てよ、この透明感。この儚げな瞳……これがさ、『あー、だりー。このままストゼロの海に沈みたいわぁー』とか言い出したら、どうなると思う?」


「……ギャップがあって面白いと思うが」


「ダメでしょ!? そんなの解釈違いで憤死するわよ!」


「……誰が?」


「私が!」


 ドン、とテーブルを叩く。


「私はね、ルナちゃんのトップオタクなの! 私の中のルナちゃんは、トイレなんか行かないし、男遊びもしないし、言葉遣いも綺麗なの! ビッチなルナちゃんなんて、私の解釈違いです!」


「……めんどくさいオタクだな」


 要するに彼女は、自分の推しを汚さないために、必死で自分を殺している。

 中身のあかりはだらしなくて奔放だが、それがあのアバターを通して出力されることを、あかり自身のオタク心が許さないのだ。


 なんとも厄介なオタクである。


「でもお前。エロい目で見られるのは気にならないのか? エッチなファンアートとか、もう結構描かれてるだろう」


「それは歓迎!」


 即答だった。


「ルナちゃんは可愛いんだから、そういう目で見ちゃうのは仕方ないでしょ。綺麗なモノほど、穢したくなるじゃん? 私もそういうの見て、ニヤニヤしてるし」


「……業が深いな」


「一番捗ったのは、AL1-SAとの姉妹百合イラストね!」


「おいばか、やめろ」


「でもね!」


 あかりは身を乗り出し、勢いよく続けた。


「『清楚でいなきゃダメです!』って、過剰にエロから遠ざけようとおせっかい焼いてくるリスナーとかいてね。それは、ちょぉぉっと、うざいなぁぁぁって」


 缶チューハイを煽り、息をつく。


「『ルナちゃんはそんなことしません!』ってさ。それ、リスナーが勝手に妄想する分にはいいけど、ルナに押し付けるもんじゃないの!」


 あかりは指を立てて力説する。


「ルナはもっと、こう……無自覚なエロさというか。無垢なのに、どこか淫靡――そういう滲み出るエロスがいいの!」


「……力説するところか、そこ」


「とにかく! 今の状況はなんか窮屈で……私の解釈ともズレてて……あー、モヤモヤする!」


 あかりは長い脚を投げ出し、クッションに顔を埋めた。

 おつまみも無くなり、手持ち無沙汰にしているようだ。


「……美結が急に居なくなったから、夕食の材料が一人分余ってるんだが、お前も食べるか?」


「食べるー! やったー! 姐さんの手料理!」


 あかりがパッと顔を輝かせる。

 俺はキッチンへ向かい、簡単な野菜炒めを作り始めた。

 ジュウジュウと肉と野菜が焼ける音。

 その向こうから、上機嫌な声が聞こえてくる。


「……んー、んんー♪ んふふーん♪」


「……ん?」


 フライパンを振る手を止める。

 そのメロディ。

 テンポが速く、前のめりで、独特なリズム。


「……あかり。その曲」


「ん? なに?」


「いや、耳に残るなと思って……最近流行ってるのか?」


 昼間、ウタもまったく同じ旋律を口ずさんでいたのを思い出す。

 小学生のウタと、元ホステスのあかり。

 接点のない二人が同じ曲を知っているのは、少し引っかかった。


「流行ってないと思うよ。マイナーなチャンネルの曲だし」


「……そうなのか?」


「『ぽえ』っていうボカロP。偶然、ネットの海で見つけたの」


 あかりはスマホを操作し、動画サイトを開いて俺に見せる。


「聴いてみて……音がね、自由なの」


 再生ボタンが押される。


 歪んだ電子音。

 鍵盤を叩きつけるような、荒々しいピアノ。


 ズダンッ、ダダッ、ジャン!


『――アイシテ、アイシテ、コワシテ、コワシテ……』


 ボカロの無機質で、それでいて悲鳴のような高音が突き刺さる。

 意味を拒絶する歌詞。

 溺れる人間が、必死に空気を求めるような切迫感。


「……っ」


 俺は眉をひそめた。

 決して下手ではない。むしろ技術は高い。

 だが、その旋律には教科書的な「調和」を拒絶するような強い自己主張がある。


 誰かの顔色を窺うような遠慮は一切ない。

 ただひたすらに、自分の感情を叩きつけるような、剥き出しのエゴ。


「すごいでしょ?」


 あかりはウットリと目を細めた。


「ピアノが叫んでるみたい。『私はここにいる』って。『正しさなんてクソ食らえ』って……私のモヤモヤを、全部代わりに吐き出してくれてる気がしてさぁ」


「……なるほどな」


 俺は画面の中の『Rainy』というタイトルを見つめた。


(……ウタのやつ、こんなマニアックな曲聴いてるんだな。後で俺も聞いてみるか)


 同じ「マイナーな曲」を好む二人に小さな引っかかりを覚えつつも、俺はそれ以上、深く考えなかった。


「ほら、飯できたぞ。食ったら帰れ」


 皿をテーブルに置きながら言うと、


「えー、帰りたくなーい。二人でオフコラボ配信しなーい?」


 あかりが悪戯っぽく笑った。


「しねーから」


 炎上したくねー。


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