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TS転生幼女のサバイバル配信生活  作者: 瀬戸こうへい
第二章 成長した俺の居場所

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24/55

第24話 押し入れの中の過去と、咲夜の現在(いま)

 黒いスーツの来訪者が去ってから、数時間が経過した頃。


 俺――南雲アリサは、キッチンでやかんに火をかけ、コーヒーミルのハンドルを回していた。

 ガリガリ、ゴリゴリ。

 硬い豆が砕ける感触と重たい音が、静まり返った部屋に響く。 芳ばしい香りが立ち上ると、少しだけ空気が緩んだ気がした。


「よし……やるよ、師匠!」


 背後でパン! と乾いた音がした。咲夜が自分の頬を両手で叩いた音だ。

 咲夜の瞳は赤く腫れていたが、もう迷いはなかった。


「落ち込んでる暇なんてないもんね。猶予は一週間……私の全てをぶつけて、父さんを黙らせてみせる」


「その意気だ。で、どうする? 作戦は」


 そう尋ねると、咲夜はデスクの上のカレンダーを睨みつけ、人差し指を立てた。


「十六ページ。オリジナルの読み切り漫画を描く」


 俺はドリッパーに湯を注ぎながら尋ねた。粉が膨らみ、ポコポコと泡立つ。


「……は?」


 俺は思わずポットを持つ手を止めた。


「おい待て、正気か? ネーム切って、下書きして、ペン入れして、トーンまで貼るんだろ? 一週間で十六ページ……?」


 確かに週刊連載でそれ以上を描き続ける漫画家はいる。

 だがそれは、一部の超人が、万全な体制とチームを組んで成し得る所業だ。


「せめて、八ページくらいにして、クオリティを上げたほうがよくないか?」


「ううん、ダメ」


 咲夜は即座に首を横に振った。


「八ページじゃ、キャラの顔見せとオチだけで終わっちゃう。物語に引き込んで、感情移入させて、心を動かすためには……最低でも十六ページは必要なの」


 彼女の目は真剣だった。

 ただ絵が上手いだけじゃ足りない。

 父がくだらない落書きと切り捨てた漫画という表現が、人の心を動かす力を持っていることを、証明しなければならないのだ。


「……連載の締め切りもある。しばらく、デスマーチ確定だぞ? 俺もできる限りで手伝うけど」


「漫画家としての命が掛かってるんだもん。それくらいの覚悟はある」


 咲夜は不敵に笑った。頼もしい。


「でも……肝心の中身だよね。何を描けば、父さんに届くのか……」


 咲夜はペンを指先で回しながら考え込む。


「まあ、座れよ。作戦を立てる前に、少し話そう」


 俺は淹れたてのコーヒーを二つのマグカップに注ぎ、彼女に差し出した。

 湯気と共に、深い苦味が香る。


「お前の父親についてだ。読者についてリサーチするのは、作家の基本だろ?」


「……そうだね」


 咲夜はカップを両手で包み込むように受け取り、一口飲んでから、遠くを見るような目をした。


「私の父さん……黒瀬厳一郎は、私が生まれる前から教師をしているの。家でもずっと教師みたいで、私にも子供というよりは、出来の悪い生徒に接するような感じだった」


 咲夜は自嘲気味に笑う。


「私は勉強ができなかったから、ずっと父さんを失望させてたと思う。優秀な兄が居て、両親に兄はいつも褒められていたけど、私は全然だったから……」


 自分もコーヒーカップに口をつける。

 苦味が強く感じる。大分慣れてきたとはいえ。


「それでも、絵を描くことだけは好きで……小学生の時、コンクールで金賞を取ったことがあって。その時、父さんすごく喜んでくれたんだ。咲夜は感性が豊かだって、額縁に入れて飾ってくれたりして」


「へえ、意外だな」


「でしょ? だから私、勘違いしちゃったの。あ、これなら父さんに認めてもらえるんだって」


 咲夜の声が、次第に沈んでいく。


「そして、高校の時、思い切って言ったの。『私、漫画家になりたい』って。そしたら……父さん、今まで見たことないくらい激怒して」


 ――ふざけるな。

 ――大学に行け。社会に出ろ。地に足のついた仕事をしろ。

 ――絵など趣味でいい。それを仕事にするなど、破滅への道だ。


「怒号と共に、描きためたノートを目の前で捨てられた。ショックだった。あんなに褒めてくれてたのに、プロになりたいって言った途端、全部否定されたから」


 咲夜は唇を噛み締めた。


「結局、父さんは優秀な兄さんと比べて、勉強のできない私のことが嫌いだったんだよ。出来損ないが、わけのわからない夢を見てるのが許せなかったんだ」


「……そうとも限らないんじゃないか?」


 俺は静かに、しかしきっぱりと否定した。


「え?」


「やり方は最悪だ。子供の話を聞かず、力で押さえつけて、自分の価値観を押し付ける。親としては、最低だと思ってる」


 それは本音だ。

 共感なんて、できるはずもない。


「それでも――あいつが何を考えてるか、わかる気がする」


 同じ娘を持つ父親だから。


「……どういうこと?」


「嫌いなら、わざわざ東京まで来て、連れ戻そうとなんてしない」


「放っておくと家の恥になると思ったんじゃない? あの人、そういうの気にしそうだし」


「それもあるかもしれない……でも、それだけじゃないと思う」


 俺は言葉を選びながら続けた。


「教師ってのは、職業がら、夢を追って転んだ若いのを何人も見てきてるはずだ。夢のせいで生活が壊れて、行き場をなくして、最後に心まで折れるところまで」


「……」


 咲夜は、たまたま成功して生活基盤を掴めた。

 だが、それは誰にでもできることじゃない。


「だから怖いんだと思う。不安定な道を選んで、お前が同じふうに壊れる未来を見るのが」


 やり方は間違っている。

 押し付けで、身勝手で、許されるものじゃない。

 けれど――根っこにあるのは、悪意じゃない。

 そう思ってしまう自分がいる。


「お前のことが嫌いなんじゃない。大事すぎて、心配で……不器用で、自分勝手で、それを力でしか表せないだけだ」


「……私を、心配……してる?」


「ああ。怒鳴るのは、自分の言葉が届かないもどかしさの裏返しだ。まあ、だからって――咲夜を傷つけたことは許せないし、同情もしないけどな」


 俺が肩をすくめると、咲夜は少し呆然とし――それから小さく笑った。


「そっか……師匠が言うなら、そうなのかも」


 彼女の瞳から、怯えの色が、ほんの少しだけ薄れていた。


「なら、尚更だね」


 咲夜は顔を上げる。


「私が選んだこの道が、破滅への道じゃないって……この仕事で、ちゃんと幸せになれるって、証明しなきゃ」


「おう。そのための十六ページだ」


 俺たちは頷き合った。


「それで、咲夜はどんな話を描きたいんだ?」


「かわいい女の子が出てくる話……かな?」


 咲夜は立ち上がり、押し入れを開けた。

 ガサゴソと奥を漁り、引っ張り出してきたのは――古びた段ボール箱だった。


「これ……私が家を出るとき、服よりも何よりも先に持ち出した宝物なの」


 ガムテープを剥がすと、中にはぎっしりと漫画本が詰まっていた。

 どれも古い。数十年前に流行った、往年の王道少女漫画たちだ。


「私の子供時代は、無味乾燥だった。勉強や習い事……遊んでいる時間があれば、英単語を覚える時間に使えみたいな。そんなときに出会ったのが、これだった」


 咲夜は一冊を手に取り、愛おしそうに表紙を撫でる。

 そこには、キラキラした瞳のお姫様と、背の高い王子様が描かれている。


「ある日、実家の押し入れの奥で見つけたの。隠すように置いてあって……こっそり読んだ時、雷に打たれたみたいだった」


「衝撃だった。世界には、こんなにカワイイがあって、こんなにときめきがあるんだって……何度も真似して描いた、これが私の絵の原点」


 ドレスのひだ、潤んだ瞳、運命の恋。

 今の咲夜が描くエロ漫画と、ジャンルこそ違えど、根底にある異性への憧れやときめきは

 同じだ。


「……ん?」


 俺は、段ボールの底の方に、違和感のある背表紙を見つけた。

 少女漫画の海の中に、一冊だけ無骨な本が紛れ込んでいる。


「なんだこれ……参考書?」


 引っ張り出すと、それは数十年以上前の、古びた英語の参考書だった。

 パラパラとめくると、裏表紙に万年筆で名前が書かれている。


『黒瀬厳一郎』


「えっ……父さんの?」


 咲夜が目を丸くする。


「……きっと、母さんがこの箱に漫画を隠したときに、一緒に紛れ込んだんだと思う」


 咲夜は興味なさそうに言い、漫画の方へ視線を戻した。


 だが――俺は顎に手を当てた。


 発行年代を見ると、ちょうど咲夜の父親の青春時代と重なる。

 本当にただの偶然か? 少女漫画と、自分の参考書を、同じ箱に入れて?


(……まさか、な)


 俺の中で、一つの仮説が浮かび上がったが、今は黙っておくことにした。


「咲夜。お前、家を出てからすぐにエロ漫画家になったわけじゃないんだよな?」


「うん。最初は、こういう少女漫画が描きたかったの」


 咲夜が苦笑する。


「何度も出版社に持ち込みしたんだよ。担当さんもついてくれたんだけど……全然、ネームが通らなくて」


「なんて言われたんだ?」


「絵は綺麗だけど、中身がないって。お人形遊びみたいで、恋愛にリアリティがないって言われ続けた」


 箱入り娘で、恋愛経験ゼロ。

 当時の彼女には、生身の人間の感情が描けなかったのだ。


「それでお金がなくなって……生きるために、成人向け漫画の仕事を受けたの」


 最初は泣きながら描いていたという。

 抵抗はあった。けれど、背に腹は代えられない。


 俺と出会うまで咲夜は、必死に売れてる作品を分析して、見様見真似で作品を創ってきた。

 俺と出会ってからは、急速に理解が進んで、今では立派な性癖の伝道者になった。


「なあ、咲夜。お前がエロ漫画で学んだことって、なんだ?」


「え……?」


「ただエロい絵を描けばエロくなるのか?」


「ううん……違う」


 咲夜は自分の手を見た。

 インクで汚れたその手で、何千枚もの肌を描いてきた。


「体温とか……息遣いとか。その子が今、何を感じて、何を求めてるか……そういう熱を込めること」


「それだけか?」


 俺はさらに踏み込んで尋ねた。


「エロっていう欲求はさ、本来はすごく独りよがりなもんだろ? お前をめちゃくちゃにしたいとか、自分のものにしたいとか。そこには相手への配慮なんてない。剥き出しのエゴだ。はっきり言って汚いし、醜い」


「……うん、そうだね」


「でもな。その汚さが相手に受け入れられた時……それは救いとなる。とてつもないカタルシスが生まれるんだ」


 俺は、かつて自分が読んで熱くなった物語や、咲夜の作品に見る救いを思い浮かべる。


「自分の中にある、誰にも見せられないようなドロドロした欲求。それをぶつけた時に、相手が拒絶するどころか、いいよって全てを受け入れてくれる。その瞬間、ただの性欲は赦しに変わるんだ」


 咲夜がハッとして顔を上げる。


「汚い自分でも愛されたい、乱暴に求められることで必要とされたい……そういう歪さも含めて人間だろ。お前はエロを通して、人間の綺麗な部分だけじゃなく、汚くて愛おしい部分を描けるようになったはずだ」


「……そっか」


 咲夜が、自分の掌をじっと見つめる。


「少女漫画のキラキラだけじゃ足りなかった。 綺麗事だけじゃ、人の心には届かない。 私がエロで培ったのは……その泥臭い生身の人間を描く力なんだ」


「その通りだ」


 俺は強く頷いた。


「今の私の技術で……あの頃描きたかった少女漫画を描けば……」


 咲夜の瞳に、光が宿る。


「いけそうか?」


「うん」


 咲夜は笑った。


「テーマは直球のラブストーリー。私の原点の少女漫画のような、ベタで、王道で……そして、魅力的な女の子が出てくる漫画を描く!」


 咲夜がペンを握る。

 もう、迷いはなかった。


「……描くよ。私なりの、十六ページの回答を」


 彼女は真っ白な原稿に向かった。

 描き始めたのは、かつて憧れたお姫様のようなヒロイン。

 だが、その表情は記号ではない。

 髪の匂いがしそうなほどの質感。鼓動が聞こえそうな潤んだ瞳。


 エロ漫画家を経由した咲夜だからこそ描ける、圧倒的な生命力を持った少女漫画。


「これならいける。あの石頭の親父に、漫画はただの落書きじゃないって分からせてやろうぜ」


 俺たちは不敵に笑い合い、徹夜の作業へと突入した。


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