第16話 二人のママと、第二の人生
『――金づる確保w』
『女は店に沈めれば金になる。ガキは施設にでもやればいい』
リビングの大型テレビから、無機質な合成音声が響き渡る。
海藤の裏垢のツイートが次々と流れていた。
投稿時間は、ここに来る直前や数日前のものだった。
「な、なんだこれは……!?」
海藤が飛び上がり、顔を引きつらせて画面を凝視する。
そこには、彼の「計画」がすべて書き込まれていた。
借金の返済。美結を風俗に沈める算段。
そして――俺を邪魔者扱いして捨てる計画まで。
「メッキが剥がれたな」
俺は画面を指さし、静かに言った。
「おい美結、目を覚ませ」
俺はソファの上に立ち、凍りついている美結に向かって告げた。
「こいつはパパになりに来たんじゃない。お前を『商品』にして、金を吸い上げに来たんだ」
「……うそ……だって、健二くんは……」
美結が震える声で呟く。
まだ信じられない。信じたくない。
願うような想いを感じられる。
だが、俺はその幻想を完膚なきまでにぶっ壊す。
「イベントプロデューサー? 笑わせるな。ただの転売屋の元締めだろうが。最近、詐欺まがいのトラブルで炎上して、借金取りに追われていることも分かっている」
俺は冷徹に、海藤を見下ろした。
「自分の借金のために、女に体を売らせようとするヒモ男……それがお前の『仕事』か?」
「て、てめぇ……!」
海藤が俺を睨みつける。
その目には、もはや父親としての演技の色はない。
あるのは、痛いところを突かれた小悪党の、醜い敵意だけだ。
「ガキの分際で……何様だァッ!!」
海藤が激昂し、手を振り上げた。
大人の男の本気の暴力。
それが、生意気な口をきく俺の頭上へと振り下ろされる。
(……っ!)
避けられない。
俺は身を固くして、衝撃に備えた。
バシィィィッ!!
肉を打つ、鈍く重い音がリビングに響いた。
だが――痛みは来なかった。
「……え?」
俺が目を開けると、そこには。
俺を抱きかかえるようにして覆いかぶさる、美結の姿があった。
「……ぅ、ぐっ……!」
美結が苦悶の声を漏らす。
海藤の拳は、俺ではなく、美結の背中と頬を強打していたのだ。
彼女の白い頬が、見る見るうちに赤く腫れ上がっていく。
「み、美結……!?」
海藤が呆然と自分の手を見る。
やってしまった。女に手を上げた。
しかも、これから金ヅルにしようとしていた相手に。
「ち、違う……俺は、こいつが……! 生意気な口をきくから、教育してやろうと……!」
「……触らないで」
美結が、ゆっくりと顔を上げた。
乱れた髪の隙間から見える瞳。
そこから、迷いや未練は消え失せていた。
あるのは、燃えるような怒りだけ。
「あなたが私を騙すのはいい。それは、バカな私が悪いから……でも」
美結は俺を背中に隠し、海藤を睨みつけた。
それは、ただの「弱い女」ではない。
子供を守る「母親」の顔だった。
「アリサちゃんに乱暴するなんて……そんなこと、絶対に許さない!!」
美結の絶叫。
彼女はテーブルの上にあったコップを掴み、中身の水を海藤の顔面にぶちまけた。
「出てって! 二度と私たちの前に現れないで!!」
「う、うわぁぁぁッ!?」
水を浴びた海藤が怯んだ隙に、玄関のドアが開いた。
帽子を目深に被った女性――咲夜が、スマホを構えて入ってくる。
「……そこまでです。今の傷害の現行犯、バッチリ録画させていただきました」
遠くから、パトカーのサイレン音が近づいてくるのが聞こえた。
海藤が乱暴した時点で、隣の部屋で状況を見守っていた咲夜によって警察に通報してもらっている。
「く、くそぉぉぉぉッ!!」
海藤はその場にへたり込み、絶望的な顔で天を仰いだ。
◇
数分後。
海藤は駆けつけた警察官たちによって連行されていった。
詐欺事件の余罪もあるようで、しばらくはシャバに出てこれないだろう。
静まり返ったリビング。
美結はソファに座り込み、両手で顔を覆って泣いていた。
腫れ上がった頬に、咲夜が持ってきてくれた氷嚢を当てている。
「……ごめんなさい、アリサちゃん……ごめんなさい……」
美結の口から漏れるのは、謝罪の言葉ばかりだ。
「ママ、バカだった……パパがいれば、アリサちゃんがもっと幸せになれると思って……痛い思いさせて、ごめんね……」
「……バカなのは知ってるよ」
俺はため息交じりに言い、美結の隣に座った。
そして、その震える背中に小さな手を添えた。
「でも、最後のアレはかっこよかった……ありがとう、ママ」
「ぅぐっ……うあぁぁぁ……ッ!」
堰を切ったように嗚咽を漏らす美結。
俺を抱きしめ、子供のように泣きじゃくる。
俺はその頭を、よしよしと撫でてやった。
親子逆転してるが、俺の方が年上だしなぁ……。
「美結。俺にはパパなんていらない」
「え……?」
「俺のために身体を張れる母親(お前)がいれば、それで十分だ」
俺は真っ直ぐに美結を見て言った。
美結が涙でぐしゃぐしゃになった顔で、呆気にとられる。
「それに、俺にはもう一人、頼りになるママ(咲夜)もいるしな」
俺は視線を向けた。
キッチンで、後片付けをしてくれている咲夜に。
咲夜は手を止め、優しく微笑んでVサインを出した。
「そうですよ、美結さん。師匠を守るのは、私たちの役目ですから……変な虫がついたら、私が駆除します!」
「さ、咲夜ちゃん……っ! ありがとう……!」
美結が再び泣き出し、今度は咲夜にも抱きつこうとする。
――こうして、俺たちの日常を脅かした最大の危機は去った。
◇
その夜。
泣き疲れた美結が眠りについた後、俺はいつものようにPCの前に座った。
「……ふぅ」
今日は配信を休むつもりだった。
けれど、静まり返った部屋に一人でいると、ふと寂しさが押し寄せてきた。
誰かと繋がっていたい。
俺の居場所が、ここにあることを確かめたい。
俺は配信ソフトを立ち上げ、タイトルを打ち込む。
『【雑談】眠れないから、ちょっとだけ』
配信開始ボタンを押す。
いつもの待機画面。すぐに流れ始めるコメントの滝。
画面の向こうには、数え切れないほどの「視聴者」たちが待っている。
「……こんアリー。VTuberのAL1-SAだ」
俺はマイクに向かって、いつもの気怠げな、でもどこか安堵したような声で語りかけた。
「いや、特に重大発表とかじゃないぞ。謝罪会見とかでもない」
心配するコメントに、俺は苦笑する。
何を話そうか。
今日の修羅場の話? 父親との決別の話?
いや、そんな野暮なことはやめておこう。ここは俺の「遊び場」だ。
「ただ、なんていうか……」
俺は言葉を探し、照れ隠しのように鼻を鳴らした。
「お前らの声が、聞きたくなってな。……まあ、実際に聞こえるのは読み上げたコメントだけど」
モニターの中で、銀髪の少女がはにかむように微笑む。
それだけで、コメント欄が温かい言葉で埋め尽くされていく。
「さて、昨日のゲームの続きでも話そうか。それとも、明日の天気の話でもするか?」
父親はいなくなった。
生活は相変わらず不安定かもしれない。
けれど、俺の「二度目の人生」は、悔いなく今を生きている。
俺は画面の向こうの仲間たちに向けて、力強く言った。
『夜はまだ長い。……さあ、くだらない話をしようぜ』
転生幼女のサバイバル配信生活。
その第一章は、これにて閉幕。
だが、俺たちの物語は、まだまだ続いていくのだ。
(第1部・完)
※よろしければブックマークや評価で応援していただけると励みになります。
ここまで読んでくださってありがとうございました!




