第14話 神絵師ママ(おかあさん)はサキュバス!?
28日17時更新の際に誤って途中抜けの更新してしまいました。22時修正済です。
前回の親子コラボ配信から、二週間ほどが経過した。
あれ以来、咲夜の様子が少しおかしい。
「……おい咲夜、生きてるか?」
通話アプリで声をかけると、しばらくして『あ、ハイ……生きてますぅ……』と、地獄の底から響くような返事が返ってきた。
最近の彼女は、商業誌のエロ漫画原稿作業の他に、何か「別の作業」に没頭しているらしく、睡眠時間を削りに削っているようだ。
目の下にクマを作りながらも、時折「デュフフ……」と不気味な笑い声を上げているのが、余計に心配だ。
「無理はするなよ。AL1-SAのメンテなら急ぎじゃないんだから」
『違うの……これは、私の魂の叫びなの……』
咲夜はうわごとのように呟いて、通話を切った。
クリエイターの業というやつだろうか。俺は首を傾げつつ、自分の配信準備に戻った。
◇
その日の夜8時過ぎ。
俺が配信を終え、寝る準備(三歳児なので夜更かしは辛い)をしようとした時だった。
ピロン♪
PCに通知が届く。
『SAKUYAからビデオ通話のリクエスト』
「ん? なんだこんな時間に」
俺は訝しみながらも、通話ボタンをクリックした。
画面にウィンドウが開く。
映し出されたのは、いつもの散らかった咲夜の部屋……ではなく。
『やっほー、師匠! 見て見てー!』
画面の中央で、妖艶な笑みを浮かべて動いているのは――
俺の知っている「咲夜」とは全然違うグラマラスな「サキュバス」のお姉さんだった。
頭には黒い羊のような角。背中には小悪魔的な翼。
服装はボンテージをモチーフにした際どい衣装で、豊満すぎる胸元が強調されている。
顔立ちは咲夜本人に色気をマシマシした感じだが、チャームポイントの眼鏡と泣きぼくろは健在だった。
「……なんだ、それは」
『ふっふっふ。驚いた? これが私の新しい肉体! バーチャル受肉体、SA9-YAちゃんだよ!』
画面の中のサキュバスが、滑らかにウィンクをする。
髪の揺れ、布の質感、そして……胸部装甲の揺れ。
変態的なまでのクオリティだ。
「お前、この二週間これを作ってたのか?」
『そう! もうね、前回師匠と喋ってて思ったの。「私も動きたい!」って! 声だけじゃ伝えきれないパッションがあるのよ!』
SA9-YAが身振り手振りを交えて力説する。
中の人(咲夜)の動きを完璧にトラッキングしており、表情も豊かだ。
『どうよこのモデリング! 特にこの胸の揺れパラメータ! 物理演算だけで三日調整した自信作!』
「……技術の無駄遣いにも程がある」
俺は呆れたが、口元は自然と緩んでいた。
この行動力と熱量。やはりこいつは、最高の相棒だ。
「で? 作ったからには、出すんだろ?」
『もちろんですとも! 今からゲリラでテスト配信しようと思うんだけど……師匠、付き合ってくれない?』
上目遣いでお願いしてくるサキュバスお姉さん。
中身が徹夜明けのオタク女だと知っていても、なかなかの破壊力だ。
「……仕方ないな。少しだけだぞ」
◇
夜9時。
AL1-SAのチャンネルで、突発的なコラボ枠が取られた。
タイトルは『【ゲリラ】新しい家族が増えました』。
「――というわけで紹介する。俺のママの咲夜改め、今日からVTuberになったSA9-YAだ」
『こんさく~! 有明からやってきた、新米サキュバスのSA9-YAでーす! みんなの性癖、歪ませに来たわよ~』
画面上に並ぶ、銀髪幼女とサキュバスお姉さん。
見た目の統一感は皆無だが、「闇の住人」っぽい雰囲気だけはマッチしている。
普段と違う時間帯にも関わらず、通知に気づいたリスナーたちが雪崩れ込んできた。
『ファッ!?』
『ママ受肉してるwww』
『デカっ(何がとは言わない)』
『クオリティ高すぎだろプロかよ(プロです)』
『幼女とサキュバス……新しい扉が開きそう』
『あ、初めましての人もいるかな? 中身は先日お邪魔した絵描きのサクヤです。これからはこの姿で、師匠のお世話をしていきまーす』
SA9-YAが妖艶に微笑む。
……が、すぐにボロが出た。
『あ、待って師匠。ちょっと設定ミスったかも……あ、あー。マイクのゲインが……』
ガサゴソ、とノイズが入る。
画面上のサキュバスが、白目を剥いたり口をパクパクさせたりと挙動不審になる。
「おい、半目になってるぞ。ホラーだ」
『いやぁん! スクショしないで! まだキャリブレーションが甘かったぁ!』
慌てふためくサキュバスお姉さん。
そのポンコツっぷりに、リスナーは大喜びだ。
『ガワは強いのに中身がポンコツww』
『ポンコツぶり推せる!』
『これからのコラボ楽しみ』
結局、三十分ほどのテスト配信は、終始ドタバタしたまま終わった。
AL1-SAの「生意気な幼女(中身おっさん)」と、SA9-YAの「セクシーお姉さん(中身オタク)」。
この凸凹コンビの相性は抜群だった。
◇
「……ふぅ。面白かった」
配信終了後。
俺はヘッドフォンを外し、心地よい疲労感と共に息を吐いた。
「どうだ咲夜。満足したか?」
『んー、最高! やっぱりアバターがあると没入感が違うね!』
スピーカーから、咲夜の弾んだ声が聞こえる。
『これからも、余裕がある時はコラボさせてね師匠! 私、もっと面白い企画考えちゃうから!』
「ああ。頼りにしてるよ、相棒」
俺は素直に頷いた。
咲夜がVTuberとして動き出したことで、俺たちの活動の幅は大きく広がるだろう。
ビジネス的にも、精神的にも、俺の「第二の人生」は順風満帆だ。
……そう思っていた。
――バンッ!
突然、玄関のドアが勢いよく開いた。
時計を見ると、夜9時を回ったところだ。
「たっだいまぁー!! アリスちゃーん! 起きてるー!?」
廊下から、やけにハイテンションな美結の声が響いてきた。
いつもなら「ただいまぁ~」と間延びした声なのに、今日はまるでスイッチが入ったように明るい。明るすぎる。
「……美結? どうした、今日はやけに早いけど」
俺がリビングへ顔を出すと、美結は満面の笑みで立っていた。
買い物袋も持っていない。手ぶらだ。
彼女は俺を見るなり駆け寄ってきて、ガバッと俺を抱き上げた。
「えへへ! アリスちゃん、あのね! すごいの! ビッグニュースだよっ!」
「お、おい苦しい……なんだよ、宝くじでも当たったのか?」
「ううん、もっとすごいこと!」
美結は俺をくるりと回してから床に下ろし、両肩を掴んで覗き込んだ。
その目は笑っている。口角も上がっている。
けれど――瞳の奥は、笑っていなかった。
「よかったねぇ、アリスちゃん! 本当によかったねぇ!」
「だから、何が……」
「パパに会えるよ!」
美結の声が、一オクターブ高く裏返った。
「さっきね、連絡があったの! アリスちゃんの、本当のパパから!」
ドクン、と心臓が跳ねた。
パパ? 俺の生物学上の父親。美結を妊娠させて、逃げたという?
「やり直したいんだって! 今まで迎えに来れなくてごめんねって! これからは三人で暮らそうって!」
美結は早口でまくし立てる。
まるで、沈黙が訪れるのを恐れているかのように。
「アリスちゃんも、普通の家庭がやってくるの! パパがいるの! 日曜日に会おうって! 楽しみだねぇ、嬉しいねぇ!」
「……美結」
俺は美結の手を握った。
その手は、小刻みに震えていた。
そして、氷のように冷たかった。
「……本当にお前、嬉しいのか?」
「えっ? う、嬉しいに決まってるじゃない! だって、パパだよ?」
美結は引きつった笑顔を貼り付けたまま、首を傾げる。
自分に言い聞かせている。
これは良いことなんだ。幸せなことなんだ。そう信じ込まなければ、壊れてしまいそうなほど、彼女は張り詰めていた。
(……これはマズイな)
俺の脳内で、最大級の警報が鳴り響いた。
順風満帆だった俺たちの城に。
一番厄介な形をした「爆弾」が、投げ込まれたのだ。
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