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TS転生幼女のサバイバル配信生活 ~ギャルママ放置で詰みかけたので、前世知能でVTuber始めます~  作者: 瀬戸こうへい
第一章 生まれ変わった俺の居場所

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第12話 過去との決別

 VTuber「AL1-SA」の初収益が振り込まれた日。

 通帳に記帳された数字を見て、俺は小さく息を吐いた。


「……十五万円、か」


 三歳児の小遣いとしては破格だが、元サラリーマンの感覚からすれば、大した金額ではない。

 だが、これは俺が「南雲アリサ」として、誰の力も借りずに稼いだ最初の金だ。

 この金には、重みがある。


 俺はリビングで寛いでいる美結に声をかけた。


「美結。この金だけど、俺が管理していいか?」


「んー? いいよー。アリサちゃんが稼いだんだし、好きに使ったらー?」


 美結はテレビを見ながら、あっけらかんと答えた。

 この金銭への執着のなさ、おおらかさは彼女の美点であり、同時に欠点でもあるのだが、今回ばかりは助かった。


 俺はその足で、隣室の咲夜を訪ねた。


「……なぁ、咲夜。頼みがあるんだが」


「ん? 新しい立ち絵でも欲しいの? 確か収益入ったんだよね」


「いや、そうじゃなくて……旅行に連れて行ってほしいんだ」


 俺はタブレットの地図アプリを表示させ、ある地方都市の住宅街を指差した。


「ここに行きたい。旅費は俺が出す」


 咲夜の手が止まる。

 そこは観光地でもなんでもない、ありふれた地方の住宅街。


 だが、彼女は深く追求しなかった。

 俺の目を見て、何かを察したようだった。


「……美結さんには、なんて言うの?」


「『咲夜の取材旅行についていく』とでも言っておく。あいつなら『お土産よろしく~』で済むだろう」


「わかった……行こうか、師匠」



 新幹線と在来線を乗り継ぎ、その街に着いたのは昼過ぎだった。

 懐かしい匂いがした。駅前のロータリー、古びた商店街、通い慣れた通勤路。

 俺が前世で三十数年間、当たり前のように歩いていた景色。

 だが、今の俺の視点は、地面からわずか九十センチの高さだ。

 見覚えのある風景が、ひどく巨大で、遠いものに感じる。


「こっちだ」


 俺は咲夜の手を引いて歩く。

 三十分ほど歩いて、その家が見えてきた。

 築十年の一軒家。長女が生まれる少し前に、俺が三十五年ローンを組んで建てた、自慢の家だ。前世の俺が死んだことで、ローンは無くなっている……はずだ。


「……ここ?」


 咲夜が小声で尋ねる。俺は無言で頷き、少し離れた電柱の陰に隠れた。

 表札を見る。『綾瀬』。名前は変わっていない。まだ、あいつらはここに住んでいる。


 ガチャリ。

 玄関のドアが開く音がした。


「いってきまーす!」


「待ってよお姉ちゃん!」


 元気な声と共に、二人の少女が飛び出してきた。

 長女の柚希ユウキと、次女の麻友マユだ。

 俺が死んだ時はまだ幼かった彼女たちも、すっかり背が伸びて、お姉さんらしくなっている。二人とも小学生になっている筈だ。


 胸が締め付けられるように痛んだ。駆け寄って、抱きしめたい。

 「パパだぞ」と言ってやりたい。

 だが、今の俺はただの不審な幼女だ。


「こらこら、走らないの。転ぶわよ」


 続いて、妻のハナが出てきた。

 明るい服を着ている。

 その笑顔は、俺の記憶にあるよりもずっと穏やかで、柔らかかった。


 そして――彼女の隣に、知らない男がいた。


「じゃあ、送ってくるよ」


「ええ。お願いしますね」


 スーツ姿の男性は、慣れた手つきで車のキーを開け、娘たちを後部座席に乗せた。

 華が男性に微笑みかけ、何か言葉を交わす。

 その雰囲気は、とても自然で、親密そうに見えた。


「ほら、早く乗って」


 男性が娘たちの背中を優しく押す。

 娘たちも、その男性に懐いている様子で、楽しそうに車に乗り込んでいく。


「……あ」


 俺の喉から、渇いた音が漏れた。

 車が走り去っていく。華が手を振って見送る。

 絵に描いたような、幸せな家族の風景。


 ――そこに、「綾瀬恭介」の居場所はどこにもなかった。


 (……そっか。そういうことか)


 俺が死んでから数年。

 三十代前半で未亡人になった華に新しいパートナーがいても不思議ではない。

 娘たちの送り迎えをしてくれるような、あんなに優しそうな人がそばにいてくれるなら、安心だ。俺が死ぬ気で働いて残したこの家で、新しい「パパ」と一緒に、幸せに暮らしているんだな。


 寂しさはある。

 けれど、それ以上に――安心した。


 俺の死は、彼女たちの人生を終わらせはしなかった。

 彼女たちはもう、大丈夫だ。

 前を向いて歩いている。


「……師匠」


 咲夜が心配そうに俺の肩に手を置いた。


「……よかった」


 俺の口から、本音が零れた。


「俺がいなくても、あいつらは笑ってる。不幸になってない……それだけで、十分だ」


 もし彼女たちが、俺の死を引きずって泣いていたら。

 生活に困って路頭に迷っていたら。俺は何を差し置いても正体を名乗って責任を果たすつもりでいた。

 でも、それはもう必要ない。俺の席はもう埋まっていた。


「……帰ろう、咲夜」


 俺は踵を返した。

 もう、振り返らない。


「挨拶、しなくていいの?」


「ああ。俺には、今の『家族』がいるからな」


 俺は咲夜の手をぎゅっと握り返した。

 失った温もりは戻らないけれど、今ここにある温もりは、こんなにも確かだ。


 サヨナラ、俺の愛した家族。

 どうか、新しい人と幸せに。


 俺は今日から、本当に『南雲アリサ』として生きていく。

 空は高く澄み渡っていた。


 俺の「二度目の人生」が、本当の意味で始まった気がした。


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ここまで読んでくださってありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
最初に脳が破裂しかけましたが、主人公の心情が凄いグチャグチャでいいですね! 家族はもう大丈夫という安心感や、もう此処に自分の場所はない空虚感もあり、娘に声をかけれない寂しさ、葛藤も、それら全てを割り切…
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