『高速剣の才能解析と、次なる一手にゃ』
ふかふかの枕の上。
俺は今、至上の安息の中にいた。
俺の体を抱きしめ、熱心にモフっているのは、つい先日ダンジョンで覚醒したばかりのエレナ・ファルクだ。
「あぁん、ノワ様ぁ……! 今日も毛並みが尊いですぅ……!」
彼女は俺の喉元に顔を埋め、深呼吸を繰り返している。
……ノワ様。
言葉も通じていないはずの猫相手に、なぜか敬称付きだ。
どうやら彼女の中で、前回のダンジョンでの一件(俺が飛び込んで勇気を与えたこと)が、過剰に神格化されて解釈されているらしい。
「私を導いてくれた守り神の使い」だとか何だとか。
(まあ、いい。その情熱が俺の力になるなら)
彼女の頭上に目をやると、視界に浮かぶ真っ赤なバーが、グイグイと伸びていくのが見えた。
(魅了ゲージ:65%)
その数値は、そのまま両親からの愛情(母100%、父80%)と同じく、エレナからの愛情の深さを示している。極限の戦闘を共にしたことで、一気に数値が跳ね上がったのだ。
(……それにしても、あの時はイチかバチかの賭けだったな)
俺は、迫ってくるエレナを前足でぷにぷにと押し返しながら、前回の鋼スライム戦を振り返った。
――あの時、俺たちには打つ手がなかった。
だから俺は、一縷の望みをかけてエレナの懐に飛び込んだのだ。
目的は、彼女を癒して「魅了経験値」を稼ぎ、スキルレベルを上げること。
結果、賭けは勝った。
極限状態での癒しによりレベルが上がり、新たなアビリティ【能力閲覧】が使用可能になったのだ。
そして、そこで見たものに俺は戦慄した。
俺は、エレナの髪に埋もれた状態で、そっと彼女に【能力閲覧】スキルを発動させた。
《対象[エレナ・ファルク(14歳)]のステータスを閲覧します》
脳裏にエレナの深層情報が流れ込む。
《対象[エレナ・ファルク(14歳)]のステータス》
Lv. 18
HP: 240 / 240
MP: 120 / 120
【パラメーター】
STR: 210(C)
VIT: 80(E)
AGI: 650(A)
MAG: 120(D)
LUK: 40(E)
【現在職業】
薬師見習い 〈適性:E〉(不適格)
【転職候補一覧】
剣聖 〈適性:A(MAX)〉※ユニーク
【保有スキル】
・【音速剣】Lv.2 (UP!)
(薬師がEランクで、剣聖がAのMAXかよ……。極端すぎるだろ。そりゃポーションも爆発するわけだ)
覚醒したばかりの【高速剣】Lv.1であの威力だ。やはり彼女は、俺の復讐計画における最強のアタッカーになり得る。
だが、問題はエレナ本人の意識だ。
彼女はまだ、自分が剣士だと自覚していない。ポーション作りを諦めきれていないのだ。
「ノワ様のために、私、絶対一流の薬師になるんだからね! まずはもっと撫でて、神聖なエネルギーを補充しなきゃ!」
今もこうして、俺を抱きしめながら見当違いな夢を語っている。
(ダメだこりゃ。この才能を腐らせるわけにはいかない)
「むふふ……いい匂い……」
エレナがさらに強く抱きしめてくる。
苦しい。物理的に苦しい。
いや、ただ力が強いだけではない。俺の顔面が、彼女の服の上からでも分かる圧倒的な「質量」に押しつぶされ、呼吸困難に陥っているのだ。
十四歳にして、この発育。将来が末恐ろしい。
男なら天国かもしれないが、今の俺は猫だ。このままでは圧倒的物量に圧し潰され、窒息死を迎えてしまう。
(おいクラウス! 見てないで助けろ! 埋まってる! 俺が埋没してる!)
俺は必死に身をよじり、短い手足をバタつかせて抵抗した。
その拍子に、ふと、俺の脳裏に暗い記憶が蘇った。
―――雨の降る、墓地の光景だ。
回帰前の世界。十四歳の夏。
黒い喪服を着た人々の中で、俺は泥にまみれて膝をついていた。
目の前には、小さな墓標。刻まれているのは『エレナ・ファルク』の名。
手には、彼女が好きだった白い花の花束が握られていた。
だが、俺はそれを手向けることができなかった。
花を置いてしまえば、認めることになる。彼女がもう二度と、あの屈託のない笑顔を見せてくれないことを。俺の名前を呼んでくれないことを。
冷たい雨が頬を叩く中、俺は花束を握りしめたまま、声もなく泣き崩れていた。
(……あんな思いは、二度とごめんだ)
俺は目の前の「生きて動いている」エレナを見上げた。
彼女は、俺の抵抗を「暴れる姿も可愛い!」と解釈して、さらに頬ずりをしてくる。
温かい。柔らかい。そして、生きている。
この温もりを守れたこと。それだけで、俺が回帰した意味はあったと思える。
(だが、これで終わりじゃない。彼女には才能がある。それを開花させ、ガーラントへの復讐を達成するんだ)
俺たちを裏切り、殺した張本人――ガーラント。
奴に復讐し、破滅の未来を回避するためには、綿密な計画が必要だ。だが、俺の記憶は30年の時を経て摩耗している。
14年前の今、王都で何が起きていたか、ガーラントがどのような動きをしていたか、細かい部分が曖昧なのだ。
奴を追い詰めるためには、綿密な計画が必要だ。だが、俺の記憶は30年の時を経て摩耗している。
14年前の今、王都で何が起きていたか、細かい部分が曖昧なのだ。
(過去を知れば、未来を制することができる。……記憶を呼び覚ます「きっかけ」が必要だ)
部屋に閉じこもっていては何も思い出せない。
街へ出て、当時の空気、人々の噂、街の喧騒を肌で感じる必要がある。
(クラウス、街だ。街へ行くぞ!)
俺は庭で素振りをしている少年クラウスに視線を向け、強く念じた。
【思考誘導 Lv.1】を行使し、「外出への衝動」を送る。
すると、庭で木剣を振っていたクラウスの手が、一瞬止まった。
「んー……? なんか、どこかに出かけたい気がするけど……」
彼は首をかしげたが、すぐに「うーん、気のせいか」と呟いて、再び木剣を構え直してしまった。
「いかんいかん。今は特訓に集中しないとな」
(くそっ、ダメか! Lv.1の思考誘導じゃ、「なんとなくの気分」程度しか伝えきれない!)
俺は焦った。このままでは拉致があかない。もっと強く、具体的なイメージを叩き込まなければ!
俺は歯噛みしながら、さらに強く念じた。
(行け! 行くんだ! 市場だ! 買い物だ!!)
その時、脳内に軽やかな通知音が鳴り響いた。
《【思考誘導】の熟練度が一定値に達しました》
《【思考誘導】が Lv.2にレベルアップしました!》
《効果上昇:イメージの伝達精度が向上し、より具体的な行動指示が可能になりました》
(おおっ! レベルアップした!)
これなら、いける。
俺は即座に、少年クラウスに向けて【思考誘導 Lv.2】を行使した。
送るイメージは、「市場の賑わい」と「今すぐ買い物に行かねばならないという強い衝動」。
すると、クラウスがハッとしたように顔を上げた。
「……そうだ! 市場だ! なんだか無性に、市場に行かなきゃいけない気がしてきた!」
彼は額の汗を拭うと、窓の方へと歩み寄ってきた。
「エレナ、悪いけどノワールを借りていいか? ちょっと街へ買い物に行こうと思ってさ」
「ええー? もう? ちぇっ、仕方ないなぁ」
エレナは名残惜しそうに、ようやく俺を解放してくれた。
ぷはっ、と新鮮な空気を吸い込む。柔らかい地獄からの生還だ。
(ナイスだ、Lv.2! そしてナイスだ、ガキの俺!)
俺はエレナの腕から脱出すると、素早くクラウスの肩へと飛び乗った。




