(閑話)『Side:ガーラント 悪徳伯爵の誤算と、歪んだ息子の殺意にゃ』
王都の一等地に構えられた、豪奢な屋敷の一室。
重厚な執務机の向こうで、この屋敷の主――ヴァイスハイト伯爵は、報告に来た部下を冷ややかな目で見下ろしていた。
「……何? 『はじまりのダンジョン』のボスが討伐されただと?」
部下の男が、脂汗を流しながら直立不動で答える。
「は、はい! 先ほどギルドの裏担当から連絡がありまして……。我々が封鎖し、放置していたボスエリアの『スライム』ですが……どうやら長期間放置しすぎた結果、共食いによる変異を起こしていたようでして」
「変異だと?」
「はい。長時間をかけて封鎖していた檻を溶かした後、希少種である『鋼スライム』に変貌し、一般エリアへ進出したそうです」
部下はハンカチで額の汗を拭いながら、少しだけ安堵したような表情を見せた。
「ですが、不幸中の幸いでした。もしあのまま地上に出ていれば大惨事でしたが、たまたま居合わせた冒険者が撃破してくれたおかげで、被害はゼロで済みました」
バンッ!!
伯爵の拳が、机を叩き割らんばかりに振り下ろされた。
「ふざけるなッ!!」
「ひぃっ!?」
「何が『不幸中の幸い』だ! 被害は甚大だぞ!」
伯爵は顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
「あのダンジョンは、ボスをあえて倒さず放置することで魔力濃度を維持し、希少素材を湧かせる『金のなる木』だったのだぞ!? それを倒されたら、またボスが復活して環境が整うまで、数ヶ月は利益が出ないではないか!」
「し、しかし閣下……放置しすぎて変異した怪物が暴れ回れば、それこそ領地の信用問題に……」
「黙れ! 管理など適当でいいのだ! どうせ死ぬのは貧乏な冒険者どもだろうが! それより余の損害をどうしてくれる!」
伯爵の理不尽な理論に、部下は口をつぐむしかなかった。
この男にとって、領民や冒険者の命など、コイン一枚ほどの価値もないのだ。
その時だった。
執務室の扉が乱暴に開かれ、一人の少年がドカドカと入ってきた。
「おい親父! 金だ、金をくれよ!」
現れたのは、金髪をオールバックにした、尊大さが服を着て歩いているような14歳の少年。
伯爵の息子、ガーラント・ヴァイスハイトだ。
「……ガーラントか。ノックもなしに入るとは何事だ」
「うるせえな。それより新しいメイドを買ってくれよ。前の奴、ちょっと遊んでやったらすぐ壊れちまったんだよ。脆くて使えねえ」
ガーラントは悪びれもしない。
彼にとって使用人は、使い捨ての玩具でしかない。
「……今はそれどころではない。少し黙っていろ」
「ああん? ケチってんじゃねえよ! 僕は次期当主だぞ! 僕の願いを聞くのが親父の役目だろ!」
駄々をこねる息子に、伯爵はこめかみを押さえた。
普段なら言いなりに金を与えているが、今はダンジョンの件で資金繰りが悪化することが確定している。
「金がないのだ。……お前の玩具を買う金も、この『ダンジョン討伐騒ぎ』のせいで消えた」
「はぁ? なんだよそれ! どういうことだ?!」
その様子を見て、部下が恐る恐る口を開いた。
「あ、あの……実は、ボスを討伐した人物についてですが……」
「誰だ!」「誰だよ!」
親子二人が同時に叫ぶ。
部下は震えながら、一枚の報告書を差し出した。
「急遽駆け付けた冒険者が、脱走してきたボスと鉢合わせになったようで……。討伐者として登録されたのは、町の薬師エレナ・ファルク……そして、バウマン家の嫡男、クラウス・バウマンだそうです」
その名前を聞いた瞬間。
ガーラントの動きが止まった。
「……あ?」
歪んだ笑みが、顔に張り付く。
「クラウス……? あの、貧乏貴族の無能なクラウスか?」
「そ、そうです。彼らがボスを倒し、被害を未然に防いだと……」
ドゴォッ!!
ガーラントが、近くにあった高価な壺を蹴り砕いた。
「ふざけるなぁぁぁっ!! あの野郎、生意気にも僕の邪魔をしやがったのか!?」
ヴァイスハイト伯爵はそれを窘めることもせず、自らも怒りに震えていた。
「許さねえ……絶対に許さねえぞ、クラウス……!」
ガーラントの瞳に、どす黒い殺意が宿る。
「親父! あいつだ! あいつを徹底的に潰してやる! 僕を不快にさせた罪を、たっぷり教えてやるからな!」
伯爵もまた、冷たい目で頷いた。
「……よかろう。バウマン家ごとき、我らに逆らったことを後悔させてやる」
薄暗い部屋の中で、親子二人の邪悪な笑い声が重なっていた。
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