『Side:エレナ 安全なはずのダンジョンと、銀色の悪夢にゃ』
ガギィィィィンッ!!
甲高い金属音が鼓膜を裂く。
薄目を開けると、私の前に、見慣れた背中があった。
「ク、クラウス……!?」
その背中は、私の幼馴染、クラウスだった。
クラウスは剣を構え、鋼スライムの突進を受け止めていた――いや、受け止めきれていなかった。
鋼スライムの圧倒的な質量と速度に、クラウスの剣が悲鳴を上げ、彼の体ごと後ろへ滑っていく。
「ぐうううっ……! 重い……ッ! 硬すぎる……!」
クラウスの必死の叫び。
彼の剣を持つ腕が、ミシミシと悲鳴を上げている。
「にゃあっ!」
その時、クラウスの肩から黒い影が飛び出し、私の膝の上に舞い降りた。
さっき窓辺で見た、あの子猫だ。
「ね、猫ちゃん……?」
子猫は私の胸にしがみつくと、震える私を見上げ、「大丈夫だ」と言うように、喉をゴロゴロと鳴らした。
その温もりが、心臓の鼓動と重なる。
不思議だった。
極限の恐怖の中にいるはずなのに、この子の温もりに触れた瞬間、体の芯から力が抜けていくような、温かい感覚に包まれたのだ。
(……あったかい。守ってくれてるの……?)
私は無意識に、子猫の背中を撫でていた。
その瞬間。
子猫は私の顔を上げ、私の瞳をジーッと見つめた気がした。
(……できる。私ならできる。あの猫ちゃんが、そう言ってくれた気がする……!)
その確信を得た直後、子猫は鋼スライムに弾き飛ばされそうになっているクラウスに向かって、鋭く鳴いた。
「にゃーッ!」
その鳴き声に、クラウスが反応する。
彼は弾かれたようにこちらを向き、そして叫んだ。
「うおおおおっ! エレナ、受け取れぇぇぇ!!」
クラウスは鋼スライムの突進を、剣で受け流した反動を利用して、自らの愛剣を私に向かって放り投げた。
回転しながら空を裂く、一本の鋼。
目の前に、剣が飛んでくる。
――でも。
なぜだろう。
回転する剣の軌道が、まるでスローモーションのように見えた。
柄の位置、重心、到達するタイミング。すべてが、手に取るようにわかる。
(……取れる)
私は無意識に、持っていた採集用ナイフを捨て、手を伸ばした。
バシィッ!
空中で、剣の柄を完璧に掴み取る。
その瞬間。
私の中で、何かが「カチリ」と音を立てて嵌った気がした。
重いはずの剣が、羽のように軽く感じる。
「……あれ?」
私は不思議そうに剣を見つめた。
まるで、生まれた時から自分の体の一部だったかのように、手に馴染んでいる。
目の前には、再び跳躍し、武器を失ったクラウスに迫る銀色の悪夢。
「クラウスから離れなさい!」
私は地面を蹴った。
その速度は、間違いなく「音」を置き去りにしていた。
魔力が剣の刃に収束し、青白い光を帯びる。
鋼スライムの硬度など関係ない。
ただ、断つ。
≪【音速剣】Lv.1 を発動します≫
音もなく、私の剣が閃いた。
一拍遅れて、衝撃波が周囲の木々を揺らす。
……私が振り返ると、鋼鉄よりも硬いはずの銀色の球体が、音もなく真っ二つに割れ、左右へと転がっていた。
私は、振り抜いた剣をそのままに、呆然と自分の手を見つめた。
「……え? 私、今……?」
《個体名[鋼スライム(変異種)]を討伐》
《格上討伐ボーナスを確認。大量の経験値を獲得しました》
それが、私の――『剣聖』としての、最初の記憶となった。
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