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長編版:撫でられるのが仕事です。~裏切られ死んだ俺、猫に回帰して仲間を最強にプロデュースする~  作者: 堀籠遼ノ助(ほりこめりょうのすけ)
第二章 不器用ナ薬師ト推シ猫ノ剣

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『うたたねと、薬師の受難にゃ』

 バウマン家の屋敷の二階、少年クラウスの部屋。


 窓を開け放つと、街の方から賑やかな笛や太鼓の音が風に乗って流れてきた。


(……ああ、そうか。今日は『収穫祭』か)


 窓際の特等席で丸くなっていた俺――ノワール(中身は三十歳)は、眼下の街並みを眺めて目を細めた。


 街は大通りを中心に色とりどりの旗で飾られ、屋台の準備をする香ばしい匂いがここまで漂ってくる。


 年に一度、王都が最も浮かれ騒ぐ日。


 だが、そんな世間の浮足立った空気などどこ吹く風で、庭からは気合の入った声が聞こえてくる。


「ぐぬぬぬぬ……頭が、割れるぅうう!」


 庭から、少年クラウスの悲鳴にも似た気合が聞こえてくる。


 彼は今、庭の木陰で座禅を組み、魔力回路の拡張トレーニングに励んでいる。その膝の上には、俺が読ませたあの本『魔力回路の可塑性と二十歳の壁に関する一考察』が開かれていた。


 そこにははっきりと書かれている。『限界を超えた魔力圧縮こそが、器を広げる唯一の道である(ただし、脳が割れるほど痛い)』と。


「ううっ……痛い、もう無理だ……祭りに、行きたい……!」


 少年クラウスの心が折れかける。

 そのタイミングを見計らって、俺は窓辺から身を乗り出し、最高に愛らしい声色を作って鳴いた。


「にゃ~ん(訳:あきらめるな、歯を食いしばれ)」


 首をかしげ、つぶらな瞳で見つめる「応援ポーズ」。

 その効果は絶大だった。


≪スキル【思考誘導】が発動中……成功しました≫


「はっ……! ノワールが見ている……! あんなに可愛い声で応援してくれているのに、俺が弱音を吐いてどうする!」


 少年クラウスの瞳に、狂気じみたやる気の炎が宿る。

 彼は再び目を閉じ、うめき声を上げながら魔力圧縮を再開した。


(……ふふっ。チョロいもんだ)


 俺は内心でほくそ笑む。

 念話などなくても、この【思考誘導】と「猫の可愛さ」があれば、こいつを地獄の特訓に駆り立てることなど造作もない。


 俺は、そんな彼の頑張りを窓から高みの見物と決め込み、優雅に毛づくろいに勤しんでいたのだが……。


 ――ピコン。

 不意に、脳内で電子音が鳴った。


《対象【エレナ・ファルク】への癒しを確認》


(……へ?)


 眠気でぼんやりしていた意識が、一瞬で覚醒する。


 エレナ?

 その名前に、俺の心臓がドクンと跳ねた。

 エレナ・ファルク。俺の幼馴染であり、バウマン家の近所に住むポーション屋の娘。

 真っ赤なポニーテールと、勝ち気なみどりの瞳が印象的な少女。


 俺は慌てて窓枠に前足をかけ、外を覗き込んだ。

 眼下の通りに、一人の少女が立ち止まっていた。


 大きな薬草カバンを肩にかけ、こちら――窓辺にいる俺を、うっとりとした表情で見上げている。


(……エレナだ。間違いない、十四歳のエレナだ)


 目が合った瞬間、彼女の顔がパッと明るく輝いた。

 そして、俺に向かって嬉しそうに小さく手を振る。

 その揺れるポニーテールには、鮮やかな「青いリボン」が結ばれていた。


(……なつかしい。またエレナに会えるなんて)


 彼女は俺にニコリと微笑むと、何かを決意したような足取りで、軽やかに歩き出した。

 向かう先は、祭りで賑わう広場――ではなく、人気のない森の方角。

 その背中と、揺れる青いリボンを見た瞬間。


 俺の脳裏に、三十年前の記憶が蘇った。


 祭りの夜。

 賑やかな音楽と、踊る人々の笑い声。


『おい、エレナは来てないか?』


 十四歳の俺は、人混みの中で彼女を探していた。

 新しいリボンを買ったと聞いていた。「似合うか見てほしい」と言われていた気がする。

 だから俺は、祭りの広場でずっと待っていた。

 けれど、彼女は現れなかった。

 再会できたのは、翌朝のことだ。


 変わり果てた姿で。


 泣き崩れる彼女の両親の手の中にあったのは、**どす黒い血と泥にまみれ、千切れかけた「青いリボン」だけだった。



 背筋に冷たいものが走る。

 そうだ、思い出した。

 あの日、俺はずっと祭りの会場で待っていた。彼女が森へ行っているとも知らずに。

 この楽しい笛の音が、彼女へのレクイエムに変わる。


 ――今日だ。


 この「収穫祭」の日こそが、エレナ・ファルクの命日だ。


(……行かせるかよ……ッ!)


 俺は窓から飛び降りようとして、ガラスに顔面を強打した。


 「ふぎゃっ!」


 くそ、窓が閉まってる! 猫の体じゃ開けられない!


(ガキの俺! どこだ! 早く戻ってこい!)


 俺は窓ガラスを爪でカリカリと引っ掻きながら、庭にいる少年に向かって必死に鳴き声を上げた。


「おいノワール! どうしたんだ、そんなに騒いで!」


 少年クラウスが、汗だくで部屋に飛び込んできた。

 俺の必死の鳴き声を聞きつけ、特訓を中断して戻ってきてくれたようだ。


「にゃあ! にゃ、にゃー!(遅いぞガキ! 緊急事態だ!)」


 俺は窓ガラスをバンバンと叩き、外を指し示した。

 もちろん、言葉は通じない。だが、俺にはスキルがある。


(伝われ……! 森だ! 危険だ! エレナが危ない!)


 俺は【思考誘導】を全開にし、少年クラウスの脳内に「焦燥感」と「森の方角」、そして「エレナの顔」を強引に結びつけるイメージを送った。


「……う、なんだ?」


 少年クラウスが、胸を押さえて顔をしかめる。

 俺の誘導が効いている証拠だ。


「……急に、胸騒ぎが……。エレナ? 森の方角……?」


 彼は窓の外を凝視し、脂汗を流している。

 理由のない強烈な不安が、彼をせき立てている。


(……魅了した相手の心を塗り替えている。思った以上に強力なスキルだ。もしかしたら、あまり使いすぎないほうが良いのかもしれない)


 だが、今はそんな悠長なことを考えている場合ではない。


「……いや、まさかな。でも、万が一ってこともある」


 少年クラウスは、部屋の隅に立てかけてあった木剣――ではなく、父の真剣を掴んだ。


 普段なら持ち出し厳禁の品だ。


「確かめに行く。……何もなけりゃ、それでいいんだ」


 彼は窓を開け放ち、身軽な動作で屋根へと足をかける。

 俺はその瞬間に、彼の肩へと飛び乗った。


「うおっ!? ノワール!?」


 クラウスが驚いて振り返る。

 俺は彼の服に爪を立て、「離れないぞ」と強くしがみついた。


「ついてくるのか? ……危ないから置いていきたいけど、降ろしている時間は惜しい!」


 彼は俺を振り払うことなく、屋根を蹴った。


「飛ばすぞ! しっかり捕まってろ!」


「にゃっ!(合点承知!)」


 少年クラウスは風のように屋敷を飛び出し、エレナの後を追って森へと駆け出した。

 頼む、間に合ってくれ。

 俺は祈るように前を見据えた。


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