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長編版:撫でられるのが仕事です。~裏切られ死んだ俺、猫に回帰して仲間を最強にプロデュースする~  作者: 堀籠遼ノ助(ほりこめりょうのすけ)
第六章 黄金ノ温泉郷ト古龍トノ邂逅

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39/40

『居酒屋経営とドジっ子破壊神にゃ』

「おい! ビールまだかー!」

「こっちにはロック・リザードのステーキを頼む!」


 一階の食事処は、戦場のような忙しさだった。

 猫の手も借りたい状況とはこのことだが、俺が手伝うわけにはいかない。

 代わりに、あの「最終兵器」が投入されていた。


「おい人間ども! 注文は一度に言え! 聖徳太子ではないのだぞ!」


 ホールに響く、可憐だが尊大な声。

 そこにいたのは、フリルたっぷりのゴシック・ロリータ風メイド服に身を包んだ、赤髪ツインテールの美少女――人化したイグニスだった。

 ちなみにその衣装は、母さんが「まあ! この子、どんな服でも似合うわ!」と目を輝かせ、半ば強制的に着せ替え人形にした結果だ。

 本人は「動きにくい!」と文句を言っていたが、ミアへの対抗心から「我も働く!」と言い張って今に至る。


「おい、そこのメイドちゃん! ビール追加!」


 酔っ払った冒険者がジョッキを掲げる。

 イグニスはツカツカと歩み寄ると、不機嫌そうに仁王立ちした。


『チッ……。我を使い走りにするとは、いい度胸だ。ほらよ!』


 ドンッ!!

 彼女がジョッキをテーブルに置いた瞬間、凄まじい音が響いた。

 テーブルの天板にヒビが入り、ジョッキの取っ手が粉砕される。


「あ」

『む……。またやってしまったか。人間の道具は脆すぎるぞ』


 イグニスが悪びれもせずに言う。

 これだ。

 彼女は人化してサイズこそ縮んだが、中身はドラゴンのままだ。筋力の制御がまったくできていない。

 さっきも「ちょっと換気するぞ」と言って窓を開けようとし、窓枠ごと引っこ抜いていた。

 普通ならクレーム案件だ。


 だが。


「ガハハハッ! すげぇ怪力だ! ねーちゃん、いい腕してるな!」

「その見た目でその暴れっぷり! 最高だぜ!」

「俺のジョッキも握り潰してくれー!」


 なぜか客には大ウケだった。


 「ドジっ子メイド」ならぬ「破壊神メイド」として、逆に人気が出てしまっている。

 イグニスの尊大な態度も、「キャラ作りが徹底している」と好意的に受け取られているようだ。


(……世の中、何が受けるか分からんもんだにゃ)


 俺が呆れていると、仕事を終えたイグニスが、ふらふらと俺の方へやってきた。


『……おい、ノワール。疲れたぞ』


 彼女は俺の目の前でしゃがみ込むと、上目遣いでジッと見つめてきた。

 エメラルドの瞳が、トロンと潤んでいる。


『これだけ働いたのだ。……寄越せ』

「にゃあ(はいはい。給料だ)」


 俺はため息をつき、尻尾をイグニスの額にピタリと当てた。

 そして、俺の魔力を少しだけ流し込む。

 彼女にとって、俺の魔力は極上の「餌」であり、唯一の報酬だ。


『ふにゃぁ……♪』


 魔力が流れ込んだ瞬間、イグニスの身体から力が抜け、その場にふにゃりとへたり込んだ。


『はぁ……極楽じゃ……。この濃密な魔力が、凝り固まった身体を芯からほぐしていく……たまらん……』


 その瞬間、俺の脳裏に無機質な通知音が響いた。


《対象[イグニス]への【癒し(高濃度魔力供給)】を確認》

《魅了ゲージ上昇……+5%》

《現在値:15%》


(……お?)


 俺は思わず耳をピクリと動かした。

 相手は古龍だぞ? そんな簡単にゲージが上がるのか?


 どうやら、俺の魔力は彼女にとって、想像以上に「効く」らしい。

 彼女は目をトロンとさせ、最高のマッサージを受けた後のように、だらしなく頬を緩めてとろけている。

 ……見た目は美少女なので、なんだか見てはいけない「無防備な姿」を晒している気もする。

 周囲の客が「お、おい、あのメイドちゃん、骨抜きにされてるぞ」「猫に癒されて昇天しかけてる……」とざわめいている。


 その時だった。


「……ノワ様!!」


 厨房の方から、怒気を含んだ声が響いた。

 振り返ると、お盆を持ったエレナが、頬をこれ以上ないほどに膨らませて立っていた。


「な、何してるんですか、こんな衆人環視の中で!」


 エレナはドスドスと歩み寄ると、とろんとしているイグニスと俺の間に割って入った。

 その翠の瞳は、嫉妬の炎でメラメラと燃えている。


「イグニスちゃんばっかりズルいです! 私もいっぱい働いたのに! お皿洗ったのに!」


 彼女は俺を抱き上げると、その豊満な胸にギュウッと押し付けた。


「ノワ様の最初の信者は私なんですからね! 魔力はあげられないけど、モフモフされる権利は私にだってあるんだから! 没収です!」


「にゃ、にゃあ……(いや、苦しい! 埋もれる!)」


 外ではロビンが子供に揉まれ、中ではイグニスが暴れて餌付けされ、エレナが嫉妬を爆発させる。

 ドタバタではあるが、旅館の初日は大成功と言っていいだろう。

 俺は騒がしい店内を見渡し、エレナの胸の中で小さく欠伸をした。


(……そういえば、ヴァイスハイト家はこの事態をどう思っているんだろうな?)


 次々と運ばれてくる料理と、空になっていく樽。

 この光景は、山向こうのヴァイスハイト伯爵家にとっては、悪夢でしかないだろう。

 客を奪われ、利権を失い、あちらは今頃、閑古鳥が鳴いて大変だろうな。


 だが、同情はしない。


 俺たちを……ノワールを無残に殺した罰だ。


(……これは、まだ始まったばかりだ)


 俺たちが繁栄すればするほど、あちらの影は濃くなる。

 この温かい灯火が、彼らにとっての劫火となるのだ。

 せいぜい、指をくわえて見ているといい。

 俺は満足げに目を細めると、心地よい喧騒の中でまどろみに身を委ねた。



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