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長編版:撫でられるのが仕事です。~裏切られ死んだ俺、猫に回帰して仲間を最強にプロデュースする~  作者: 堀籠遼ノ助(ほりこめりょうのすけ)
第六章 黄金ノ温泉郷ト古龍トノ邂逅

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36/40

『生きた素材倉庫と、歓喜する職人にゃ』

 バウマン家の屋敷への帰り道。

 ガンツのテンションは最高潮に達していた。


「へっへっへ! 夢じゃねぇよな? おい小僧、本当に使い放題なんだろうな?」

「あ、はい……。使い放題というか、なんというか……」


 クラウスが引きつった笑顔で答える。

 ガンツは酒の入った赤ら顔をさらに紅潮させ、鼻息を荒くしていた。


「龍の鱗に爪! それがありゃあ、俺の理論上の傑作達をいくつも世に送り出せらあ! 伝説の魔剣を超えるのだって夢じゃねぇ! あぁ、早く見せてくれ! その宝の山が眠る倉庫へ案内してくれ!」

「そ、倉庫……ですか。うん、ある意味では倉庫かな……」


 クラウスが助けを求めるように俺を見る。

 俺はリュックの中から顔を出し、「にゃ(黙って連れて行くにゃ)」と無慈悲に指示を出した。


 ◇ ◇ ◇


 そして、俺たちは屋敷の裏庭へと到着した。

 もうもうと立ち込める湯気。

 イグニスのブレスで掘られた水路を、大量の熱湯が川へと流れていく。

 そして、その源泉のほとりには――。


 小山のように巨大な、紅蓮の巨体が鎮座していた。


「……あ?」


 ガンツの足が止まった。

 彼は目をパチクリとさせ、口を半開きにして、目の前の光景を凝視する。


「……なんだ、ありゃ。随分とデカイ……古龍の彫像、か?」


 現実逃避だ。

 無理もない。こんな田舎貴族の裏庭に、神話の怪物が寝転がっているなど、酔っ払いの妄想でも出てこない。

 だが、その「彫像」は動いた。


『……ん? 戻ったか、ノワール』


 ズズズ……と地響きを立てて、イグニスが鎌首をもたげる。

 黄金の瞳が、眼下のちっぽけなドワーフを捉えた。


『なんだ、その汚いドワーフは。……また人間が増えたのか。餌か?』


 プシュウゥゥ……。


 巨大な鼻孔から、熱波のような鼻息が噴き出す。

 その熱気を受けて、ガンツの思考がようやく現実に追いついたらしい。


「ひ、ひぃ、ひぃぃぃぃぃッ!?」


 ガンツは腰を抜かし、尻餅をついたまま後ずさった。


「こ、古龍エンシェント・ドラゴン!? なんでこんな所に本物がいるんだよぉぉッ!?」

「あ、紹介します、ガンツさん。こちらが素材提供元のイグニスさんです」

「提供元ってレベルじゃねぇぞ!? 生産工場(オリジナル)そのものじゃねぇか!!」


 ガンツが絶叫する。

 まあ、普通の反応だ。

 彼は涙目でクラウスに掴みかかった。


「だ、騙したな小僧! 『素材がある』とは聞いたが、『生きてる』とは聞いてねぇぞ! こんなの、鱗を剥ぐ前にこっちの皮が剥がされちまう!」

「い、いえ、ちゃんと契約は済んでますから! ……たぶん!」

「たぶんじゃ命は賭けられねぇ! 俺は帰る! こんな化け物の前で仕事なんかできるか!」


 ガンツは脱兎のごとく逃げ出そうとした。

 だが、その時だ。


 ガリッ、ガリガリッ……。


 背後で、硬質な音が響いた。

 イグニスが、近くの岩山に背中を押し当て、気持ちよさそうに体を擦りつけている音だ。


『うぅむ……。脱皮の時期が近いのか、背中が痒いな……』


 ボロッ。

 カラン、カラン……。


 岩肌に擦れた衝撃で、イグニスの背中から、数枚の鱗が剥がれ落ちた。

 それが岩場を転がり、チャリーン……と、澄んだ音を立ててガンツの足元で止まる。

 それは、まだ体温が残る、最高鮮度の「古龍の鱗」だった。


「…………ッ!!」


 ガンツの足が止まった。

 彼は逃げる体勢のまま、首だけをギギギと動かし、足元の鱗を見た。

 太陽の光を反射し、内部に膨大な魔力を宿して輝く、深紅の宝石。


「……なんという……輝きだ……」


 ガンツの瞳から、恐怖の色が消えていく。

 代わりに宿ったのは、狂気にも似た、職人の執着サガ


「これが本物の『古龍の鱗』。しかも最上級品の赤色……。市場に出回ってる干からびた化石とはわけが違う……。生命エネルギーそのものが結晶化してやがるッ」


 彼は震える手で鱗を拾い上げ、頬ずりをした。


「あったかい……。これだ、俺が求めていたのはこれなんだ……!」

『……ん? 貴様、我の(アカ)を持って何をしている? 気色の悪いドワーフだな』


 イグニスが不審げに顔を近づける。

 巨大な顎が、ガンツの目の前にある。

 普通なら失神する距離だ。

 だが、今のガンツは「変態」の領域に足を踏み入れていた。


「おい……トカゲの大将」


 ガンツは、うっとりとした顔でイグニスを見上げた。


「背中、痒いんだろ? そこ、もうちょっと右に浮いてる鱗があるぜ?」

『む? ……ああ、そこだ。そこがムズ痒いのだが、手が届かぬ』

「へへっ……なら、俺が取ってやろうか?」


 ガンツは懐から、商売道具のノミとハンマーを取り出した。


「俺は石を削るのだけは得意でな。アンタの硬い鱗の隙間に刃を入れて、痒いところをピンポイントで『掻いて』やるよ。……その代わり」


 彼は舌なめずりをした。


「取れた(うろこ)は、全部俺が貰う。……いいな?」

『ほう……?』


 イグニスは目を細めた。


『よかろう。やってみろ、ドワーフ。……ただし、下手に傷をつければ、その手ごと食いちぎるぞ』

「上等だ! 俺の技術テクを見せてやらぁ!」


 ガンツは恐怖など微塵も感じさせない動きで、イグニスの尻尾から背中へと駆け上がった。

 そして、浮きかけた鱗の隙間にノミを当て、絶妙な力加減でハンマーを振るう。


 カーンッ!


『ふぉおッ……♡』


 イグニスの口から、艶めかしい声が漏れた。


『そこ……っ! そこだ、やるではないかドワーフ! あぁ〜、数百年分の痒みが取れるぅ〜……』

「へへっ、いい声で鳴きやがる! この素材の弾力、硬度、たまらねぇ! 最高だ! 一生触っていたい!」


 カーン! カランカラン!


 カーン! ボロッ!


 ガンツがハンマーを振るうたびに、イグニスが気持ちよさそうに喉を鳴らし、最高級素材が雨のように降り注ぐ。


 先ほどまでの「捕食者と餌」という緊張感はどこへやら。


 そこにあるのは、奇妙な一体感だった。


「…………」


 俺は、その光景を呆れた目で見つめた。

 まあ、結果オーライか。

 俺はクラウスの足をつつき、「確認しろ」と合図を送った。


「あ、うん……。おーい、ガンツさーん!」


 クラウスが背中の上のドワーフに向かって声を張り上げる。


「契約条件には満足してくれましたかー? 本当にウチで働いてくれますかー?」

「…………」


 返事はない。

 ガンツは「すげぇ!」「美しいッ!」とブツブツ呟きながら、一心不乱にハンマーを振るっている。

 完全に自分の世界に入り込んでいて、こちらの声など届いていないようだ。


「……あの様子じゃ、聞こえてないみたいだね」


 クラウスが困ったように肩をすくめる。

 だが、俺は満足げに髭を揺らした。


「にゃあ(構わん。あの様子を見れば、答えを聞くまでもないにゃ)」


 あのドワーフは、もうこの場所(素材の山)から離れられない。

 鱗一枚でこの熱狂ぶりだ。


 「温泉宿を作れば、もっと珍しい素材をやるぞ」と餌をぶら下げれば、死ぬ気で図面を引くに違いない。


「にゃん(よし、労働力の確保は完了だ。今日は帰って寝るぞ)」


 俺は大きくあくびをすると、屋敷の方へと歩き出した。

 背後からは、軽快なハンマーの音と、古龍の低い鼻歌がいつまでも響いていた。


 こうして、バウマン領の温泉宿計画は、最強にして最高の職人を迎え入れることで、大きく動き出すことになったのだった。


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