『垂涎物の素材とドワーフ職人にゃ』
「あ? なんだこの猫は。……良質な魔力を持ってやがるな」
さすがは腐っても天才。俺の魔力の質を一目で見抜いたか。
俺はクラウスに向かって、クイッと顎をしゃくった。
「にゃ(あれを出すにゃ)」
「……え、ここで? 騒ぎにならないかな……」
「にゃッ!(いいから出すにゃ!)」
クラウスは渋々といった様子で、背負っていたリュックの口を開いた。
そして、中から「あるもの」を両手で抱えるようにして取り出し、ゴトン、とテーブルの上に置いた。
それは、直径30センチはある、紅蓮に輝く巨大な円盤状の物体。
さっき裏庭でイグニスが背中をかいた時に剥がれ落ちた、古龍の鱗だ。
「……なんだ、これは? 盾か? ずいぶん軽そうだが……」
ガンツは不審げにそれを手に取った。
だが、次の瞬間。
「ッ!?!?」
彼の手が止まった。
酔いが一瞬で吹き飛んだように、顔色が蒼白になる。
彼は懐からルーペを取り出し、震える手でその表面を凝視し始めた。
「な、なんだこの……硬度は!? いや、それよりもこの異常なまでの魔力耐性……! 熱を通さないのに、魔力だけを純粋に透過させている……!?」
ブツブツと呟く声が、次第に熱を帯びていく。
「ありえねぇ……アダマンタイト? いや、あれよりも有機的だ……。まさか、伝説の……龍種の素材なのか……!?」
正解だ。
しかも、ただのドラゴンではない。神話級の古龍の素材だ。
今の市場価値に換算すれば、この一枚で城が建つレベルだろう。
「お、おい小僧! こいつをどこで手に入れた!? どこに行けばこれが採れるんだ!?」
ガンツがクラウスの胸ぐらを掴まんばかりの勢いで迫る。
俺はもう一度、クラウスに目配せをした。
クラウスは無言でリュックを逆さにし、中身をテーブルにぶちまけた。
硬質な音が店内に響き渡る。
積み上がったのは、さらに五枚の巨大な紅蓮の鱗と、鋭利な爪の欠片だ。
「ひぃッ!?」
ガンツの目が飛び出さんばかりに見開かれる。
呼吸困難になりかけた彼は、脂汗を流しながらその山に手を伸ばし――そして、絶望したように頭を抱えた。
「う、売ってくれ……! いや、無理だ……! こんな国宝級の素材、俺の全財産を叩いたって、欠片ひとつ買えやしねぇ……!」
彼はガックリと項垂れた。
素材の価値が分かるからこそ、自分には手が出せないと悟ったのだ。
そこで、俺の出番だ。
俺は積まれた鱗の山の上に飛び乗り、ドヤ顔でガンツを見下ろした。
「にゃーん(安心しろ。金はいらん)」
俺は前足で自分を指し、次にガンツを指し、最後に「握手」をするようなジェスチャーをした。
「……あぁ? なんだ猫。腹が減ってるのか? つまみならやるぞ?」
「にゃっ!(違うわ!)」
俺はイラッとして、テーブルをバンと叩いた。
「うーん……分からん! 小僧、この猫は何が言いたいんだ!」
ガンツが匙を投げたので、俺はクラウスの方を向き、「通訳しろ」と尻尾で合図した。
クラウスは苦笑しながら、通訳に入った。
「えっと……ノワール――この猫が言うには、『金はいらない』そうです」
「はぁ!? タダでくれるってのか!? 正気か!?」
「いえ、条件があります。……『ウチに来て、働け』と」
クラウスは、俺の意図を正確に言葉にした。
「僕たちは今、大規模な温泉街の建設を計画しています。その設計と建築、それに……魔導具による設備の充実をお願いしたいんです」
「温泉街だぁ……?」
ガンツは拍子抜けしたような顔をした。彼にしてみれば、そんな土木工事は退屈な仕事なのだろう。
だが、クラウスは言葉を続けた。
「その代わり――この素材は『無償で提供』します。仕事の合間に、あなたの好きな研究に使ってくれて構いません。設備も場所も用意します」
「……な、んだと……?」
ガンツの表情が凍りついた。
それは、彼にとってあまりにも都合が良すぎる、夢のような提案だったからだ。
「ほ、本当にいいのか? 俺の研究は金がかかるぞ? 爆発もするぞ? それに、こんな国宝級の素材を、好き勝手に加工していいってのか……?」
「にゃう(ああ。あんなの、掃いて捨てるほどある)」
俺が短く鳴くと、クラウスが頷いた。
「はい。ノワールが良いと言っています。それに……素材なら、これからも定期的に『補給』されますから」
「補給……?」
ガンツはゴクリと唾を飲み込んだ。
理屈は分からない。だが、目の前には、喉から手が出るほど欲しかった「可能性」の山がある。
「……やる」
ガンツは、震える声で言った。
「やらせてくれ! 土木工事だろうがドブさらいだろうが何でもやってやる! だから頼む、その素材を……俺に加工させてくれぇぇぇッ!!」
ガバッ!
ガンツは酒場の床に額をこすりつけ、見事な土下座を披露した。
周囲の客がドン引きしているが、関係ない。
交渉成立だ。
(ククク……チョロいもんだにゃ)
俺は満足げに髭を揺らした。これで、ガンツ・シリーズはクラウス家のブランドとなった。
「じゃあ、早速現場を見に行こうか。……腰を抜かさないでね?」
クラウスの同情混じりの言葉を、歓喜に震えるガンツはまだ理解していなかった。




