『最高の採掘道具を手に入れたにゃ』
蒸気が晴れていく。
そこに現れた紅蓮の巨影。
――古龍。
その圧倒的な質量と、肌を焼くような熱気。
俺の全身の毛が、本能的な恐怖で逆立った。
「……こ、古龍……!?」
親父の震える声が聞こえた。
彼と母さんが即座に前へ出て、クラウスたちを背に庇うように剣を構えている。
歴戦のSランク冒険者である二人が、脂汗を流し、死を覚悟した顔をしている。
無理もない。生物としての「格」が違いすぎる。
だが。
『……ふぅ。食った食った』
龍の口から漏れたのは、咆哮ではなく、満腹の吐息だった。
エメラルド色の縦瞳孔がギョロリと動き、人間たちを一瞥もしないまま、ただ一点――俺だけを捉える。
『まさか、あの扉越しに感じた魔力が、猫のものだったとはな。ドラゴンのブレスでしか空かない作りになっていたはずだが』
龍が、興味深そうに俺を見下ろす。
俺はピクリと耳を動かした。
(……扉?)
心当たりはある。
第九層で見つけた、あの意味ありげな巨大な鉄の扉だ。
開かない腹いせに、俺が魔力をありったけ流し込んだ、あの時のことか。
「にゃあ……(攻撃はしてない。俺が直接魔力を流し込んだ?)」
『ほう! 魔力を直接? ドラゴン族の魔力にしか反応しないはずだが。お主、特別な能力を持っているようだな』
俺が震える喉から声を絞り出すと、龍は喉を鳴らして笑った。
そう言われてみると、確かに疑問だな。あの時は何も考えずに魔力譲渡を使っていた。扉が開くとは思わなかったが、魔力譲渡自体は、実行可能だ、という確信があった。
だが、魔力譲渡を使うには、『魔力ゲージが30%以上』という条件があったはずだ。不思議だ。この能力、俺が把握している以上の何かがあるのかもしれない。
龍は長い首を伸ばし、俺の目の前まで顔を近づけた。
鼻先から漏れる熱気だけで、ヒゲがチリチリと焼けそうだ。
『貴様の魔力は猫とドラゴン族の魔力が混ざっているようだ。……それが極上の香りを生み出している。数千年の渇きを癒やす、極上の蜜のようだ。お前、何者だ?』
「にゃあ?(ドラゴン族? 俺はただの猫だ)」
古龍の口からゴフゥ! と炎が噴き出す。どうやら笑っているようだ。
『ドラゴン族を相手に、腹の内を隠すとはな。たいした度胸だ。気に入ったぞ、小僧』
いや、嘘じゃねえから。勝手に気に入るな。混ざっているとしたら人間と猫だと思うが、ドラゴン族の魔力、というのは見当もつかない。
龍は、尊大に告げた。
『我の名はイグニス。……我はその魔力が気に入った。定期的にその魔力を捧げよ。そうすれば、貴様の群れ(人間たち)には手を出さぬと約束しよう』
契約、か。俺は思わず笑いそうになった。
皮肉な話だ。
かつて俺を殺した存在が、今は俺の魔力を求めて、手を組もうとしている。
運命は、良い方向に転がりだしているのかもしれない。
「にゃあ。にゃあ!(いいだろう。ただし、タダ飯ぐらいはだめだ!)」
俺はイグニスを睨み返した。
『何? では我に何を求める?』
……ドラゴンに手伝ってもらうこと、か。
人知を外れた強大な力。使いどころがあるようでないな。
「……にゃあ?(逆に、何をしてくれるんだ?)」
『そうだな。戦争で戦う、というのは無しだ。人間族同士の争いに手を貸すつもりは無い。 ダンジョン攻略も無理だ。契約上の縛りがあって動けぬ。それ以外なら手伝っても良いぞ』
イグニスは鼻からブフゥと炎を吐いて胸を張った。
「……にゃあ(あんまり役に立たなそうだにゃ)」
『な!? なんだと! 我の力を借りれるというのにその反応は何だ! 何百年……いや、何千年に一度の幸運であるぞ』
グォォォオオオオ! と吠える古龍に、エレナがへたり込んでいるのが見えた。クラウスは以外にも耐えているようだ。直立不動で立っている。……いや、あれは立ったまま気絶しているな。
「にゃあ(じゃあ、手始めにこれを手伝ってくれ)」
俺は足元を見た。水浸し、いや、お湯浸しとなった地面。
イグニスのブレスで穿たれた大穴から、凄まじい勢いで熱湯がここまで溢れ出してきているのだ。
とりあえずお湯の流れを川に逃がす必要がある。温泉宿は、その途中に建設するのがいいだろう。その大掛かりな工事の一部をイグニスにやらせれば、工事費の節約にはなりそうだ。
俺は少し離れた場所にある川の方角を前足で示した。
「にゃん!(この溢れ出るお湯が邪魔だ。あそこの川まで水路を引け)」
『なんだ、そんなことか。造作もないことだ! 任せておけ!』
イグニスは、自信満々に大きく口を開いた。
その喉の奥で、再び紅蓮の光が圧縮されていく。
『ぬおおおおおっ!!』
ズドォォォォォォォォォンッ!!
イグニスのブレスが、地面を水平になぎ払った。
轟音と共に土砂が蒸発し、岩盤が豆腐のように削り取られていく。
ほんの一瞬の出来事だった。
源泉から川へと続く一直線の「溝」が、大地に刻み込まれたのは。
ザザザザザ……。
溢れ出していた大量の熱湯が、新しい溝へと吸い込まれ、川の方へと流れ始めた。
これで屋敷の浸水も、ダンジョンへの逆流も防げる。
(……ふむ)
俺は出来上がった水路を見下ろした。
さすがはドラゴンのブレス。威力は申し分ない。
ただ、勢いだけで削ったため、側面はガタガタ、底もデコボコだ。
「……にゃ(仕事が雑だな)」
『なぁ!? 貴様、今なんと!?』
俺の呟きを聞き逃さなかったイグニスが、憤慨して鼻息を荒くする。
その様子を見て、今まで呆然としていたミアが、珍しく慌てた様子で駆け寄ってきた。
「ノ、ノワール様、あまり古龍を刺激なされないほうが!?」
ミアは顔を引きつらせながら、俺を抱きかかえて後ろへ下がる。
普段は冷静沈着な彼女も、さすがに伝説の怪物が不機嫌になるのは肝が冷えるらしい。
彼女は俺を抱えたまま、イグニスに向かって深々と頭を下げた。
「素晴らしい威力です、イグニス様。おかげで一瞬にして排水路が完成しました。感謝いたします」
『ブフゥ』
イグニスは鼻から小さな炎を吐き、満足げに喉を鳴らした。
どうやら、感謝され、褒められることには慣れていないらしい。
単純な奴だ。
(まあ、いいか。これでかなりの節約にはなった)
基礎工事としては十分だ。
人力でやれば数ヶ月かかる工程が、数秒で終わったのだから文句は言うまい。
だが、ここから先は繊細な作業になる。
ただお湯を引くだけじゃない。
岩風呂を組み、更衣室を建て、ゆくゆくは客室や食事処も備えた一大リゾート地にするつもりだ。
それには、イグニスの破壊力だけではどうにもならない「技術」が必要だ。
(細かい部分は、本職の建築士に任せたいが……かなりの大規模な工事だ。生半可な腕では難しいだろう)
やるからには、この地域で一番、いや、王都の貴族すらお忍びで通うような最高の観光地にしたい。
となると、あの人物に任せるのがベストだ。
俺の脳裏に、一人の男の顔が浮かんだ。
今の時代ではまだ無名の、変わり者扱いされている「あのドワーフ」。
未来において「匠」と称えられる彼なら、この最高の素材(温泉とドラゴン)を活かした、とんでもないものを創ってくれるはずだ。
……その前に、立ったまま気絶してるクラウスを起こしに行ってやろう。




