『迫りくる脅威と、絶望の咆哮にゃ』
現れたのは、全身が岩石で覆われた巨大な蜥蜴だった。
ロックリザード。
その体表は鎧のように硬く、生半可な剣撃など通さない中級モンスターだ。
それも一匹ではない。闇の奥から、三匹が這い出てきた。
「グルゥッ!」
先頭の一匹が、一番弱そうな獲物――クラウスを目掛けて突進してくる。
地面を揺らす重量感。
ステータスオールFのクラウスがまともに食らえば、即死は免れない。
「くっ、速い……!」
クラウスが剣を構え、迎撃しようとする。
だが、今の彼の筋力と動体視力では、反応が遅れる。
衝突までコンマ数秒。
「クラウス、横に飛んで!」
鋭い声が響いた。
クラウスは思考するより早く、反射的に地面を蹴って横へ転がる。
ヒュンッ!
直後、クラウスがいた空間を、銀色の斬撃が走り抜けた。
突進していたリザードの動きがピタリと止まる。
一拍置いて、その巨体が上下にズレて崩れ落ちた。
綺麗に「両断」されていた。
「助かったよ、エレナ」
「間一髪だったね。……硬いけれど、鋼スライムほどじゃない」
その背後には、剣を振り抜いた姿勢のエレナが立っていた。
彼女は剣聖の卵だ。
Fランクダンジョンの中級モンスター程度、彼女の敵ではない。
前世でエレナは早世していたが、もし生きていれば、Sランクの冒険者として名を馳せていたはずだ。
一方、もう一匹のリザードがミアに襲い掛かっていた。
ミアは武器を持っていない。
だが、彼女は逃げなかった。冷静にリザードの動きを見切り、ふわりとスカートを翻してその懐へ潜り込む。
「魔力撃」
ドンッ!
華奢な掌底が、リザードの腹部に叩き込まれた。
接触点から衝撃波が浸透し、硬い外殻を無視して内臓と骨を粉砕する。
リザードは血を吐き、人形のように吹き飛んで壁に激突した。
「……ふぅ。皮を傷つけずに処理できました。これなら満額で売れます」
ミアが乱れたメイド服のエプロンを直し、金勘定を呟く。
強い。
この二人は、既にこの階層を圧倒出来る実力を持っている。
問題は――。
「う、うおおおおっ!」
ガキンッ!
硬質な音が響く。
最後の一匹と対峙していたクラウスが、剣を弾かれてよろめいていた。
「くそっ、なんて硬さだ……! 刃が通らない!」
魔力を纏わせているとはいえ、クラウスの基礎ステータスは一般人以下だ。
技術があっても、物理的な「出力」が足りていない。
リザードがクラウスの隙を見逃さず、太い尻尾を振り回す。
「しまっ――」
「クラウス!」
「クラウス様!」
エレナとミアが動こうとするが、距離がある。間に合わない。
俺はリュックから身を乗り出した。
丸太のような尻尾が迫る。
まともに食らえば内臓破裂、即死だ。
俺は【思考誘導】で強制的にクラウスを操作する。
『剣の腹だにゃ! 斜めに構えて受け流す!』
俺の声が脳内に響いた瞬間、クラウスの体が反射的に動いた。
恐怖で硬直しそうになる体を無理やりねじり、剣を斜めに構える。
ガギィィィンッ!
凄まじい衝撃音。
クラウスの体が砲弾のように吹き飛ばされる。
だが、剣の腹を滑らせることで、直撃コースだけは逸らした。
『着地と同時に地面を蹴って接近! 首の付け根を狙うにゃ!』
彼は迷いない動作で空中で体勢を立て直し、着地と同時に地面を蹴った。
「そこだぁぁっ!」
クラウスの剣が、ロックリザードの首の付け根へと正確に突き刺さった。
「ギ……ガァ……」
リザードが痙攣し、どうにか沈黙した。
「はぁ、はぁ、はぁ……。助かったよ、ノワール」
クラウスがその場に膝をつく。
全身泥だらけで、手は痺れて震えている。
エレナとミアが瞬殺した相手に、彼だけが死闘を演じていた。
「大丈夫!? クラウス」
「ああ……なんとかな。二人は凄いな、あんな化け物を一撃なんて」
クラウスが自嘲気味に笑う。
俺はリュックの中で、小さく息を吐いた。
(危なっかしいにゃ。だが、なんとか食らいついている)
俺は、奮闘するクラウスの姿を見ながら、ふと気になって【能力閲覧】を発動した。
こいつの努力が、どれほど数字に表れているのか確認するためだ。
《対象[クラウス・バウマン(14歳)]のステータス》
Lv. 7
HP: 145 / 145
MP: 32 / 32
【パラメーター】
STR(筋力): 21(E)
VIT(耐久): 24(E)
AGI(敏捷): 17(E)
MAG(魔導): 12(E)※ランクUP
LUK(幸運): 10(E)
【現在職業】
見習い剣士 〈適性:D〉
【保有スキル】
魔力操作
【ユニークスキル/才能】
なし
(……ほぉ)
俺は思わず感心した。
相変わらず才能(適性)は底辺のままだ。だが、以前は『F』どころか『G』だった魔導(MAG)が、『E』に上がっている。
他のパラメーターも、才能の限界値ギリギリまで伸びている気がする。
特に魔力の『12』という数値は、才能なしの凡人にしては異常な高さだ。
あの地味で過酷な魔力循環の特訓が、確実に実を結んでいる証拠だ。
(才能がないなら、努力で埋めるか。……口で言うのは簡単だがな)
やはり、昔の俺は根性がある。
俺はニヤリと笑い、再び戦況に目を戻した。
クラウスの実力不足は否めない。
だが、エレナとミアという規格外の二人がいれば、この「宝の山」を攻略することは可能だ。
前衛を彼女たちに任せ、クラウスはサポートや止めに回ればいい。
このダンジョンを制圧し、魔鉱石を掘り出せば、バウマン家の未来は輝かしいものになる。
もちろん、リスクはある。
俺が前世で命を落とした原因――「古龍」。
名前すら知らないあの怪物が、このダンジョンの深層で眠っているはずだ。
だが、俺には未来の記憶がある。
歴史通りなら、あの古龍が目覚めて地上に現れるのは「14年後」だ。
それまでは、奴は深い眠りについているはずだ。
14年。それだけの時間があれば、稼げるだけ稼ぎ、奴に対抗できる戦力を整えることも可能だ。
危険なのは承知の上だ。だが、奴が寝ている「今のうち」なら、この宝の山を食い荒らせる。
(勝ったな。これからの生活は薔薇色――)
俺が勝利の余韻に浸りかけた、その時だった。
ゾクリ。
全身の毛が、一斉に逆立った。
背筋を氷柱で貫かれたような、強烈な悪寒。
殺気ではない。
もっと根源的な、生物としての「格」の違いが生む、絶対的な捕食者の気配。
《固有スキル【危機察知】が発動しました》
《警告:回避不能の脅威が接近中》
(……なんだ、この感覚は?)
記憶にある。
この、魂が震えるような恐怖。
かつて俺たちが、あの森で遭遇した「理不尽な死」の気配と同じだ。
だが、ありえない。
まだ14年もあるはずだ。奴が目覚めるまでには、まだ猶予があるはずだろ!?
――まさか、歴史が変わったのか?
「……ッ! クラウス! 二人を連れて逃げるにゃッ!」
俺は【思考伝達】で絶叫した。
だが、遅かった。
三人が反応するより早く、広場の中央、地面が爆発した。
ズドォォォォォォォォォォン!!
俺たちの目の前、広場の床が突き破られ、奈落の底から「それ」が這い上がってきた。
舞い上がる土煙。
撒き散らされる暴風。
そして、その中から現れたのは、二つの巨大な「灯り」――いや、眼光だった。
ギラギラと輝く、黄金色の瞳。
現れたのは、紅蓮の鱗に覆われた、山のように巨大な龍だった。
「――グルルルゥ……」
喉の奥から響く唸り声だけで、大気がビリビリと震える。
全身から凄まじい熱気と、鼻を突く硫黄の臭いが立ち上っている。
俺たちは、誰一人動くことが出来なかった。1ミリでも動いた瞬間に、消し炭となって死ぬ。それを全員が一瞬で理解した。
逃げられない。
隠れられない。
戦えない。
生物としての「格」が違いすぎる。
龍の口から、どろりとした粘着質な唾液が滴り落ちる。
ジュッ、と地面が溶ける音が、死刑宣告のように響いた。




