『巨大な扉と夢の黄金郷にゃ』
目の前に、巨大な扉がそびえ立っていた。
分厚い石造りの表面には、びっしりと蔦や苔が張り付いている。
だが、その中心にあるレリーフだけは、奇妙なほど風化していなかった。
刻まれているのは、翼を広げた龍の姿と、古代語の一文。
『我、魔力を示す者にのみ道を開かん』
数百年もの間、誰も開くことのできなかった「第十層への扉」だ。
学者や高ランク冒険者たちが、幾多の魔法を撃ち込み、あるいは物理的にこじ開けようとして失敗し、去っていった場所。
冒険者にとって大切なのは、今日稼げるかどうか。
その意味深なフレーズは誰からも興味を持たれなくなり、今ではもう、ただの「行き止まりの壁」として扱われている。
(さて、今日のところはここまでかな)
俺はリュックから顔を出し、そのレリーフを見上げた。
未来の知識によれば、この扉を開く鍵は「上級回復魔法」だ。
ある酔狂な魔導師が、「扉が開かないのは、扉自体が傷ついているからではないか?」という斜め上の仮説を立て、数日間不眠不休で回復魔法をかけ続けた結果、突如として開錠されたという記録がある。
だから、回復魔法を使える人間を連れてくる必要があるのだ。
(……しかし、三日三晩も回復魔法をかけ続けるのが鍵なんて、非効率な扉だよな…………ん、待てよ?)
俺はふと、前世で読んだ論文の一節を思い出した。
――『回復魔法は、対象の生体エネルギーを活性化させる過程で、極微量のMPを回復させる効果を持つ』
微量のMP回復。
あの酔狂な魔導師が扉を開けられたのは、「傷を治した」からではなく、数日間かけて「微量な魔力を注ぎ込み続けた」からではないか?
レリーフにある『魔力を示す』という言葉。
これは、魔法の威力や種類のことではなく、単純な「魔力の譲渡」を指している?
(……まあ、まさかな。そんな単純な話なら、誰かがとっくに気づいているはずだ)
俺は苦笑する。
だが、今の俺には偶然にも、MPを他者に分け与える【魔力譲渡】がある。
試してみる価値くらいはあるだろう。ダメで元々だ。
俺はリュックから這い出し、地面に降り立った。
「ノワール? 危ないよ、下がっていて」
クラウスが心配そうに声をかけるが、俺は構わずに扉へと歩み寄る。
そして、前足をちょんと冷たい石の表面に乗せた。
意識するのは、体内で渦巻く魔力。
その蛇口を少しだけ捻り、扉へと流し込む。
――ドクン。
扉が脈打ったような気がした。
石の表面を走る幾何学模様の溝に、青白い光が走る。
(……おい、マジか?)
ゴゴゴゴゴゴ……!
腹に響く地響きと共に、巨大な扉がゆっくりと左右に開き始めた。
溢れ出すのは、黴臭くも、どこか神聖な冷気。
「え……?」
「うそ、開いた……?」
クラウスとエレナが、ぽかんと口を開けて固まっている。
俺もまた、固まっていた。
いや、反応したぞ!?
本当に開くのかよ!
俺は慌てて平静を装い、呆気にとられる飼い主へ向かって【思考伝達】を送る。
『……道は開けたにゃ』
「あ、ああ……! すごいなノワール、まさかお前、この扉の開け方を知っていたのか?」
『にゃーん(当然だにゃ)』
俺は震える尻尾を必死に抑えながら、暗闇の奥へと足を踏み入れた。
◇◇◇
扉の向こうに広がっていたのは、俺が未来の知識で知っていた通りの光景だった。
第九層。
そこは迷宮というより、巨大な「採掘場」跡だった。
天井は見えないほど高く、遥か遠くまで広大な空洞が続いている。
地面には錆びついたレールや、朽ち果てたツルハシのようなものが散乱しており、かつてここで何者かが大規模な作業を行っていた痕跡がある。
「広い……。こんな場所が、地下にあったなんて」
エレナが魔法の明かりを灯しながら、周囲を見渡す。
そして、壁際に近づいた彼女が、息を呑んだ。
「クラウス、見て! この壁の光……!」
俺たちも近づく。
岩盤の至る所に、青白く脈動する結晶体が埋まっていた。
暗闇の中で星空のように輝くその石。
「これって……まさか、全部魔鉱石か?」
クラウスの声が震えている。
正解だ。
これこそが、俺が目指していた「黄金郷」の正体だ。
魔鉱石。
魔力を蓄積し、増幅させる性質を持つ特殊な鉱石。
「……すごいです」
ミアがつかつかと壁に歩み寄り、愛おしそうに魔鉱石に触れた。
彼女の瞳孔が開き、どこから取り出したのか、手には既に羊皮紙とペンが握られている。
「純度Aランク以上。市場価格の倍……いいえ、加工賃を含めれば3倍の値がつきます」
ミアが恐ろしい速度でペンを走らせ、ブツブツと呟き始める。
「これだけの埋蔵量があれば、屋敷の改修、装備の新調、クラン立ち上げへの投資を含めても、お釣りが来ます。……ふふ、ふふふ」
その瞳が「¥」マークに変わっているように見えた。
普段は大人しいミアだが、金勘定となると別人だ。
だが、俺の予想はさらにその上を行く。
あと一年もしないうちに、「大共鳴」が起きる。
その時、この魔鉱石の価値は、ミアの計算すら鼻で笑うほどに跳ね上がるのだ。
(これだけの量があれば、国一つ買えるかもしれないな)
俺はニヤリと笑った。
ここを拠点とし、クランを立ち上げ、独占的に採掘を行う。
完璧な計画だ。
これなら、バウマン領の未来は安泰――。
ガキンッ!
硬質な音が、俺の思考を中断させた。
闇の奥から、複数の赤い目が光る。
この階層の守護者のお出ましだ。




