『勝利の美酒(またたび)とロビンの秘密にゃ』
「……ふん。悪くねえ味だ」
ロビンがマグロにかぶりつき、そうつぶやいた。
月明かりの下、バウマン家の裏庭は、さながら猫たちの舞踏会と化していた。
冒険者ギルドから分捕った賠償金の一部は、約束通り、協力してくれた猫たちへの報酬――極上のマグロや高級マタタビ酒(猫用ノンアルコール)へと姿を変えたのだ。
「うにゃあ~ん(幸せにゃあ~)」
「ぐるる……(たまらん……)」
そこかしこで、野良猫たちが腹を出し、恍惚の表情で転がっている。
普段は険しい顔をした古傷だらけの喧嘩屋たちも、今夜ばかりは子猫のような顔で喉を鳴らしていた。
俺こと、ノワールはその光景を眺めながら、専用の皿に注がれた「特選・山羊のミルク」をぺろりと舐めた。
濃厚なコクと甘みが、舌の上でとろける。
(……んー、うまい!)
思わず目が細まる。
この瞬間、俺の脳裏には、ふとある男の顔が浮かんだ。
宿敵、ガーラント・フォン・ヴァイスハイト。
今頃、奴はどうしているだろうか。
◇
同時刻。王都の一等地にあるヴァイスハイト伯爵家。
その重厚な執務室で、ガシャーン! と高価なクリスタルグラスが床に叩きつけられ、粉々に砕け散った。
「……失敗した、だと?」
ヴァイスハイト伯爵は、報告に来た部下を金色の瞳で睨みつけていた。額には青筋が浮かび、整った美貌が醜く歪んでいる。
その横には、息子のガーラントも青ざめた顔で立ち尽くしていた。
「は、はい……。ギルド職員の話では、バウマン家が『裏帳簿』の写しを突きつけてきたとかで……。ギルド長も手が出せず、逆に賠償金を支払う羽目に……」
「馬鹿な! あのような没落貴族に、なぜそんな真似ができる!?」
伯爵はダンッ、とマホガニーの机を拳で殴りつけた。
完璧だったはずだ。
借金で首を回らなくし、ギルドを使って追い込み、最後は屋敷ごと二束三文で買い叩く。そのシナリオに一分の隙もなかったはずだ。
ヴィルヘルムのような無能な男に、裏帳簿を入手する伝手などあるはずがない。
「父上……もしかして、どこか別の貴族が入れ知恵を?」
「ありえん! バウマン家に味方するような酔狂な家など、この王都には一つもないはずだ!」
ガーラントが爪を噛む。
「くそっ……! 何だ? 何が起きている……!」
ガーラントは苛立ち紛れに、壁に飾られた絵画を睨みつけた。
見えない敵の影に、背筋が薄ら寒くなる。
まるで、自分たちの計画が、誰かの掌の上で遊ばれているような――そんな不気味な感覚。
「まだだ……まだ終わらんぞ。次の手だ! すぐに次の手を考えろ!」
伯爵の怒号が響く。
夜はまだ長い。彼らは血走った目で地図を広げ、新たな策を練り始めた。
胃をキリキリと痛ませ、冷や汗を流しながら。
◇
「うにゃ(うめえ)」
俺は悠々とミルクを舐めていた。
ヴァイスハイト家が今頃、必死に次の策を考えている間、俺はこうして極上の夜食を楽しんでいる。
物理的な距離はあれど、この圧倒的な「余裕の格差」こそが、何よりの勝利の証だ。
(精々、苦しむといい。ガーラント。今度はお前たちが落ちぶれる番だ)
最後のひと舐めを終え、俺は満足げにヒゲを拭った。
さて、勝利の余韻に浸るのもいいが、次の一手を打っておかねばな。
俺は視線を上げ、塀の上で夜風に吹かれている一匹の猫を見つけた。
ロビンだ。
彼は群れには混ざらず、少し離れた場所から満足げに仲間たちを見守っていた。
俺は音もなく彼の隣に着地する。
「約束は果たしたぞ、ロビン」
「ああ。……まさか本当に、俺たち野良にここまで振る舞うとはな。お前、変わった家猫だ」
ロビンは俺の方を見ずに、夜風に吹かれながら言った。
「人間なんぞ信用しねえ。……だが、お前と、お前の飼い主だけは、別にしてやってもいい」
ぶっきらぼうな言葉だが、その尻尾は雄弁に「上機嫌」を示すように、ゆらりと揺れている。
俺は、ここぞとばかりに本題を切り出した。
「ロビン。折り入って頼みがある」
「あん? まだ何かあんのかよ」
「ああ。これから俺たちは、屋敷の裏にあるダンジョンの調査に入る」
ロビンが片耳をピクリと動かした。
「ダンジョン……? あそこはただのほら穴だろ。たまに小型のはぐれゴブリンが迷い出てくるだけだ」
「表向きはな。だが、あそこは地下深くに続く『巨大ダンジョン』への入り口だ」
「巨大ダンジョンだと?」
ロビンの瞳がスッと細められる。
野良猫にとって、大規模なダンジョンの周辺は魔物が巣食う危険地帯だ。普通なら近づかない。
「俺たちはそこを拠点にするつもりだ。だが、中の様子がわからん。……お前たちの『目』と『耳』を貸してほしい。人間には気付けない魔物の気配や、隠された抜け道を、お前なら見つけられるはずだ」
俺は真っ直ぐにロビンを見つめた。
これは飼い主とペットの関係じゃない。対等なパートナーとしての交渉だ。
「もちろん、タダとは言わん。ダンジョンで手に入った獲物の一部と、安全な寝床を約束する」
「……ふんっ」
ロビンは鼻を鳴らし、ニヤリと笑った。
「いいだろう。何匹か筋のいいやつを見繕ってやる」
言質は取った。
これで、これからのダンジョン攻略に、最強の「斥候」が加わったことになる。
その時、俺の脳内で軽やかな通知音が鳴った。
《対象[ロビン]への【信頼・感謝】を確認》
《魅了ゲージ上昇……+15%》
《現在値:20%》
《レベル不足の為、対象の【能力】の一部が秘匿されます》
(ん? 秘匿? 見れないってことか?)
俺は何気なく、【能力閲覧】をロビンに向けた。
《対象[ロビン]のステータス閲覧》
種族:猫(???の混血)
状態:健康
【保有スキル】
・統率 Lv.5
・隠密 Lv.4
・???(封印中:Lv.MAX)
(……は? なんだ今の)
一瞬、文字化けのようなノイズが見えた。
「???の混血」? それに、封印されているスキル?
「……どうした、人の顔をジロジロ見て」
「いや……なんでもない」
俺は慌てて視線を外した。
こいつ、もしかしてただの猫じゃないのか? そういえば、ロビンは未来でもこの姿のままだった。猫の寿命がそんなに長いわけがない。
俺が回帰者であるように、彼にも何か秘密があるのかもしれない。
「ま、これからもよろしく頼むぜ、兄弟」
ロビンは身軽に立ち上がると、ひらりと塀を飛び降り、闇の中へと消えていった。
その背中を見送りながら、俺は確信した。
この出会いは、きっと運命だったのだと。
こうして。
冒険者ギルドを巻き込んだ騒動は、猫たちの完全勝利と、満腹の寝息で幕を閉じた。
手元には、正式な権利書と、最強の仲間たち。
そして、まだ見ぬ黄金郷への鍵。
(待っていろ、ガーラント。お前が気付いた時には、もう手遅れだ)
隠された黄金郷――『古龍の封印地』の攻略が、いよいよ始まる。
これにて、第五章完結となります!
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