『ボスの矜持と、下っ端の叫びにゃ』
――記憶が、フラッシュバックする。
これは、14年後の未来。
薄暗い地下室で繰り広げられた、ある「断罪」の光景だ。
豪奢な椅子にふんぞり返るガーラントの前で、数人の男たちが土下座をして震えていた。
裏帳簿の情報を外部に漏らした裏切り者を探す、魔女裁判のような場だった。
「お前らのうち、誰かがやったはずだ。……白状しろ」
ガーラントが冷酷に告げる。
男たちが悲鳴のような声を上げた。
「ち、違います! 私じゃありません!」
「私でもありません! 誤解です、信じてください!」
誰もが必死に無実を訴える。
だが、ガーラントは退屈そうに欠伸を噛み殺し、椅子の足元に侍る影に声をかけた。
「……ロビン」
その名が呼ばれた瞬間、部屋の空気が凍りついた。
影から音もなく歩み出たのは、隻眼の巨猫。
ロビンは悠然とした足取りで、震える男たちの周りを一周した。
ヒタ、ヒタ、ヒタ……。
やがて、ロビンはある一人の男の前でピタッと足を止めた。
そして、残った右目でその男をじっと見上げ、短く鳴いた。
「にゃーん」
可愛らしい声。
だがそれは、死刑判決の木槌の音だった。
男の顔から、一瞬で血の気が引く。
「ち、違う……俺じゃねえ! なんでだよ! なんで俺の前で止まるんだよぉ!」
「……はっ。それはお前の家を調べれば分かることだ」
ガーラントが冷たく笑い、衛兵に顎をしゃくった。
「連れていけ」
「ひぃぃぃっ! す、すまねえ、出来心だったんだ! 借金がかさんでて、つい!」
男が引きずられていく。
その絶叫が、地下室にこだまする。
「くそー! なんでバレたんだ! 猫の分際でぇぇ! くそぉぉぉぉッ!!」
ロビンは、男の最期の罵倒を聞いても、耳一つ動かさなかった。
ただ無機質に、次の獲物を探すように目を細めるだけだった。
◇
――ハッ。
俺は、冷たい夜風に吹かれて我に返った。
背中が冷や汗でぐっしょりと濡れている。
目の前には、あの時と全く同じ姿の隻眼の巨猫が、静かに俺を見下ろしている。
間違いない。
こいつは、あの『ロビン』だ。
(……なんで、未来の処刑人がここにいる?)
いや、それだけじゃない。おかしい。
14年後の未来で、こいつは既にヨボヨボの「老猫」だったはずだ。
なのに、なぜ14年前の今も、同じ「老成した姿」でここにいる?
計算が合わない。
もし今が老猫なら、未来では寿命を迎えているはずだ。
逆に未来で生きていたなら、今はまだ子猫か、若いはずだ。
なのに、姿が変わっていない。
まるで時が止まっているかのように。
(……まさか、不老なのか? それとも呪いか?)
底知れぬ不気味さに、恐怖で足がすくむ。
だが、引くわけにはいかない。
俺は震える喉を抑え込み、精一杯の虚勢を張って問いかけた。
「……ヴァイスハイト家の飼い猫が、こんな場所で何をしている?」
俺の言葉に、周囲の猫たちがざわついた。
だが、ロビンは眉一つ動かさない。
「……ほう。何者だ?」
ロビンがゆっくりと俺に近づく。
その巨体から放たれる威圧感は、とても「ただの猫」のものではない。
「知っているなら話は早い。ここは伯爵の管理地だ。……怪我をする前に消えろ」
冷徹な拒絶。
だが、その言葉を聞いて、俺の中で恐怖よりも怒りが勝った。
コイツは、あんな男の手先として、野良猫たちを支配しているのか?
あんな、自分たちの利益のために平気で人を騙し、陥れるようなクズのために?
「……断る」
俺は一歩前に出た。
「お前、あんなクズに従っていていいのか? 奴はお前らを利用しているだけだぞ!」
「…………」
「ヴァイスハイト家は、バウマン家を騙してダンジョンを奪った。自分以外の人間なんて、道具としか思っていない。……それは猫だって同じだ! お前も、いつか用済みになれば捨てられるぞ!」
俺は熱くなって叫んだ。
未来の記憶があるからこそ、奴の非道さは骨身に染みている。
だが、ロビンは冷ややかな目のままだった。
「……それがどうした」
「なっ……」
「我輩がどうなろうと、お前には関係のないことだ。……帰れ。これ以上騒ぐなら、力ずくで排除する」
ロビンが低い唸り声を上げ、爪をシャキンと伸ばした。
(……なんて奴だ。そこまでして、あんな男に……)
俺が歯噛みし、戦闘態勢を取ろうとした、その時だった。
「てめえ……さっきから聞いてれば、好き勝手言いやがって……ッ!」
怒号と共に、一匹の若い猫が俺とロビンの間に割って入った。
先ほどの茶トラだ。
彼は涙目で毛を逆立て、俺を睨みつけていた。
「黙れ、チャド」
ロビンが静かに制止する。だが、チャドと呼ばれた茶トラは引かなかった。
「いいえ、言わせてください親分! 俺は許せねえ! 何も知らねえ余所者が、親分のことを悪く言うなんて我慢ならねえよ!」
チャドは震える声で叫び、俺に向き直った。
「おい、てめえ! 親分がなんで人間なんかの言いなりになってるか、知ってて言ってんのか!?」
「……なんだと?」
「この路地裏一帯はな、ヴァイスハイト伯爵の管轄なんだよ! 本来なら、俺たち野良猫なんてとっくに駆除されてるはずなんだ!」
「……え?」
「でも、親分が……親分が伯爵に頭を下げて、情報を流す『仕事』を引き受けてくれたから! その対価として、俺たちの居場所と餌が保証されてるんだよ!」
チャドの目に涙がにじむ。
「親分は、俺たちを守るために……たった一匹で、汚れ役を買って出てるんだ! 俺たち『家族』のために、プライドを捨てて戦ってくれてるんだよぉッ!」
「…………」
俺は言葉を失った。
ロビンを見る。
彼はバツが悪そうに顔を背け、隻眼を閉じていた。
「……余計なことを言うな」
その言葉には、隠しきれない優しさと、重い責任が滲んでいた。
(……そうだったのか)
未来の処刑人。冷酷なフィクサー。
そう思っていた彼の正体は――不器用なまでに仲間想いな、心優しきボスだったのだ。
自分の誇りを売り渡してでも、守りたいもののために泥を啜る。
その姿は、かつて才能がないと罵られながらも、家族のために剣を振り続けていた俺と重なって見えた。
(……こいつは、敵じゃない)
俺の中で、認識が切り替わった。
こいつは、手に入れるべき「最強の仲間」だ。
俺はふぅっと息を吐き、威嚇を解いた。
そして、真っ直ぐにロビンの目を見つめた。
「……悪かった。事情も知らずに、好き勝手言って」
「……どうでもいい。さっさと帰れ」
「ああ、帰るよ。……でも、明日また来る」
俺はニヤリと笑った。
「お前らのその『契約』、もっと良い条件で書き換えてやるよ。……俺の飼い主なら、泥水じゃなくて、温かいミルクを出せるからな」
俺は呆気に取られる猫たちを背に、屋根を飛び移って去っていった。
勝算はある。
この「仁義に厚いボス」を落とすための、最強の交渉カード(癒しビジネス)が、俺にはあるのだから。




