『爆散した成金計画だにゃ』
半壊したリビング。
吹き飛んだ窓から吹き込む風が、焦げ臭い空気を揺らしている。
その部屋の中央で、異様な光景が繰り広げられていた。
「うっ……うぅ……ごめんなさいぃぃ……」
エレナが顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくりながら、正座で縮こまっている。
そしてその隣には――。
「…………」
額を床に擦り付け、両手を前方に伸ばし、微動だにしない少女が一人。
ミアだ。
完璧な姿勢の五体投地。その震える背中からは、言葉以上の謝罪の念と、自分の計算ミスに対する深い絶望が漂っている。
そして、彼女たちの目の前には、一匹の黒猫が仁王立ち(四つ足だが)していた。
「…………」
俺だ。
尻尾をバンバンと床に叩きつけ、金色の瞳で彼女たちをねめつける。
(……やってくれたな、お前ら)
屋敷の「離れ」が消滅した。
在庫のポーションも全損。
奇跡的に怪我人はゼロだが、バウマン家の敷地は戦場跡のようになっている。
「も、申し訳……ありません……」
寝そべったまま、ミアが蚊の鳴くような声を出した。
「損害額を算出しました……。今回のポーション販売で得た利益、その全額が、屋敷の修繕費と近隣への謝罪金で相殺されます……。プラスマイナス、ゼロです……。いえ、在庫の材料費を考えれば、わずかに赤字……」
「ガハハハハ!!」
豪快な笑い声が、焦げた部屋に響き渡った。
父、ヴィルヘルムだ。
「よいよい! 命があっただけ儲けものだ! 屋敷なぞまた建てればよいわ! ……うぐっ」
父は豪快に笑い飛ばしたが、直後に胃を押さえて小さく呻いた。
言葉とは裏腹に、ダメージは深刻らしい。
「まあまあ、あなた」
母マリアが、ふんわりと微笑んで父の背中をさすった。
「皆様が無事でよかったですわ。……ね? 怪我がないなら、それだけで黒字ですもの」
まあ、あれだけの大事故で、誰も怪我が無かったのは不幸中の幸いだな。……そんなことより。
俺の脳裏には、別の計算が働いていた。
(……この火力。この耐久力。そして何より、このイカれたポテンシャル)
俺は、無傷で生還した二人をじっと見つめた。
エレナの音速剣。
ミアの魔力撃。
どちらも、今の段階(Lv.5~18)ではあり得ない出力だ。
――あと、一年。
俺の記憶が正しければ、あと一年で世界は激変する。
『大共鳴』。
世界中のダンジョンが一斉に活性化し、魔物の強度が跳ね上がる厄災の日。
それまでの「剣と弓」の常識は通用しなくなる。
魔道具を使えない者は淘汰され、食糧事情は悪化し、文明は100年後退すると言われる「冬の時代」が到来するのだ。
かつての俺(30歳)は、その荒波に揉まれ、搾取される側として泥水を啜った。
だが、今なら変えられる。
この規格外の二人を育て上げ、味方につければ――俺たちは「搾取する側(勝ち組)」に回れる。
(……こいつらは、必要だ)
俺は決断した。
「剣聖」と「女王」を、今ここで囲い込む。
俺の「最強クラン計画」の最初のピースとして。
俺は、彼女たちの横で呆然としているクラウスの方を向いた。
『くらうす……きけ』
【思考伝達】を送る。クラウスがビクッとして俺を見る。
『こいつら、ゆるすにゃ』
「許すって……さすがにお咎めなしは甘いんじゃないか?」
『そんがいは、ぷらまいぜろにゃ。……そのかわり』
俺は、未来の予兆をイメージとして彼に送った。
荒廃する大地。強大化する魔物。
今のままのバウマン家では、誰も守り切れないという危機感。
『あと1ねん。……せかい、こわれる』
「え……?」
『まえの、みらい……。バウマンけ、ほろんだ』
クラウスが息を呑む。
俺は続ける。大共鳴は、クラウス家が滅んだ要因の一つだ。
『ちから、なかった。……かね、うばわれ……まもの、おそわれ……みんな、しんだ』
大共鳴の混乱に乗じて、資産を乗っ取られ、裸一貫で放り出された先で、魔物の群れに蹂躙される未来。
今のままの「良い人」なバウマン家では、絶対に生き残れない。
『まもるには……ちから、いる。……このふたり、さいきょうに、なる』
俺の真剣な眼差しに、クラウスが唇を噛む。
クラウスは一つ大きく息を吐くと、居住まいを正し、二人の少女に向き直った。
「……エレナ、ミア。顔を上げてくれ」
二人がおずおずと顔を上げる。
クラウスは、努めて真剣な声で告げた。
「弁償なんてしなくていい。……その代わり、改めて契約させてほしい」
「え?」
「ミア。君には今まで通り家計を見てもらうけど、それだけじゃダメだ。……これからは『クランメンバー(戦う仲間)』として、俺の背中を守ってほしい」
クラウスはエレナにも視線を向けた。
「エレナもだ。行く当てがないなら、ウチで雇う。……これから先、もっと大変な時代が来る気がするんだ。この家を守るために、そして生き残るために……俺に力を貸してほしい」
それは、実質的な勧誘だった。
だが、ミアが少しだけ眉を寄せた。
「……大変な時代、ですか? 今は平和そのものに見えますが」
「うん、私もそう思う。クラウス、何か心配事でもあるの?」
もっともな疑問だ。
今の王都は繁栄の絶頂期にある。誰も一見して破滅が近づいているなどとは気づかない。
いきなり「世界がヤバい」と言い出した幼馴染を、心配こそすれ、すぐには信じられないだろう。
クラウスが言葉に詰まり、「ぐっ」と喉を鳴らして助けを求めるように俺を見る。
「……だが、ノワールがそう言っていて――」
その一言で、場の空気が劇的に変わった。
「ノワ様が!? だったら本当だね!」
エレナが食い気味に身を乗り出した。
「ノワール様が警鐘を鳴らしておられるのであれば、それは確定した未来も同然。私の浅はかな現状認識をお詫びいたします」
「お前ら……」
クラウスががっくりと肩を落とした。……まあ、これからだ。頑張れ、俺。
こうして、契約は成立した。
未来の剣聖と、裏社会の女王。
最強の二枚看板が、正式にバウマン家の戦力として加わった瞬間だった。
◇
「さて。……チームはできた。ですが、問題は山積みです」
ミアが即座に切り替えた。
彼女は煤けたテーブルの上に、バウマン家の資産状況(プラマイゼロ=つまり極貧のまま)を展開する。
「この人数を養い、さらに一年後の『激変』に備えて装備を整えるには、安定した収入源が不可欠です。ポーションのような一発芸では持ちません」
「うぐっ……」
クラウスが呻く。
だが、俺にはアテがあった。
俺は窓の外――裏庭の奥にある、森の方角を見た。
『……あるにゃ』




