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長編版:撫でられるのが仕事です。~裏切られ死んだ俺、猫に回帰して仲間を最強にプロデュースする~  作者: 堀籠遼ノ助(ほりこめりょうのすけ)
第四章 廃棄薬ト商才ト屋敷ノ崩壊劇

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18/21

『猫を巡る仁義なき戦いと、乙女の嫉妬にゃ』

 時間を、数分だけ巻き戻そう。


 二階で俺が、クラウスの特訓を見守っていた直後のことだ。

 クラウスの頑張りに胸を打たれつつも、少し喉が渇いた俺は、水を飲みに一階のリビングへと降りていた。

 だが、それがすべての間違いだった。


 リビングのソファには、ポーション販売の帳簿付けを終えたミア・スターリングが待ち構えていたのだ。

 俺と目が合った瞬間、彼女は無言で手招きし――そして現在、俺は彼女の膝の上で完全な拘束状態にあった。


「……んんぅ……。本日の売上、目標比120%達成……。素晴らしい成果です、ノワール様……」


 ミアは俺の背中に顔をうずめ、深々と息を吸い込んでいる。


 彼女の指が、俺の耳の後ろを絶妙な力加減で掻く。悔しいが、気持ちいい。このメイド、計算だけでなくマッサージの腕も一流だ。


「この利益があれば、来月には新しい調合器具が買えます。そうすれば生産効率はさらに上がり、私の吸える時間も増える……。完璧な計画(プラン)です」


 ミアは恍惚とした表情で、俺の肉球をプニプニと押している。

 仕事中はあんなにクールな女王様なのに、猫の前ではただの変態だ。

 だが、その平和(?)な時間は、唐突に終わりを告げた。


 バンッ!!


 玄関扉が破壊音と共に開かれた。


「ただいま戻りましたぁぁぁ! ああ疲れた! 死ぬ! 猫成分が足りなくて死んじゃう!」


 ドタドタと入ってきたのは、ポーション製造(爆弾作り)のノルマを終えたエレナだ。

 彼女は髪を振り乱し、血走った目で部屋を見渡し――そして、ミアの膝の上で寛ぐ俺を見つけた瞬間、その表情を般若のように歪めた。


「――あ」


 室温が、一気に氷点下まで下がる。


「……おかえりなさいませ、エレナ様」


 ミアは俺を抱く腕に力を込め、優雅に微笑んだ。だが、その目は笑っていない。

 牽制。明確なマウントだ。


「……ミア。あんた、私のノワ様に何してるの?」

「何って、先ほど申し上げた通り、労働の対価としての『福利厚生』を受けているだけですが?」

「ふざけんな! あんたこそ、いつまで独占してんのよ! 泥棒猫!」


 エレナが吠える。

 ちなみに物理的な猫は俺だけだが、この文脈における泥棒猫はミアのことだ。

 二人の視線がバチバチと火花を散らす。


「どきなさいよ。ここからは私のターンよ」

「お断りします。私の休憩時間はあと15分残っています」

「15分も待てるかぁぁぁ!!」


 エレナが飛びかかった。


 速い。常人なら目にも止まらぬ速度だ。

 だが、ミアは表情一つ変えず、抱いていた俺をヒョイと頭上に掲げた。


「危ないですね」


 エレナのタックルは、ミアが座っていたソファのクッションを弾き飛ばしただけだった。


 ドガァァン!!


(……おいおい。こいつら、家の中で何やってんだ)


 俺はミアの手の中で揺られながら、冷や汗をかいた。

 このままでは俺が引きちぎられるか、圧死するかの二択だ。


「にゃあ!!(待て待て待て! 一旦落ち着け!)」


 ドタドタと階段を駆け下りてきたクラウスが叫ぶが、乙女たちの耳には届いていない。


「逃がさないわよ! 音速剣!」


 エレナの足元が青白く光る。

 スキル【音速剣】の応用だろう。彼女の姿がブレる。


「……力押しですか。野蛮ですね」


 だが、ミアは慌てる様子はない。対峙するつもりのようだ。


(やばい。ここは戦場になる)


 俺は本能的な危機を感じ、ミアの腕から強引にすり抜けた。

 スタッと床に着地する。


「あ! ノワ様!」

「ノワール様!」


 二人の視線が俺に集中する。

 俺は尻尾をピンと立て、窓の外を指し示し、短く鳴いた。


「ニャー!(俺を捕まえた方に、極上の肉球サービスをしてやる!)」

 《スキル【思考誘導】が発動されました》


 俺の声ではなく、脳に直接響く「欲望」として、その意味は伝播した。

 二人の目の色が、ガッと変わる。


「……望むところよ!」

「……計算通りです」


 ドォォン!!


 二つの影が、窓枠を蹴り砕いて飛び出してきた。

 ここからは、もはや鬼ごっこという次元ではなかった。

 庭木を足場に三角飛びするエレナ。

 それを追うミア。

 ……呆然とそれを眺めるクラウス。


「そこっ!」


 エレナが神速の踏み込みで俺との距離を詰める。

 捕まる――そう思った瞬間、横から割り込んだミアが、エレナの前に立ちはだかった。


「させません」


 ミアは短く告げると、流れるような動作で左足を引いた。

 踏み込み。腰の回転。

 そして、無言のまま繰り出された右の掌底が、エレナの突進を正面から捉えた。


 ズォォン!!


 乾いた打撃音と共に、魔力の衝撃波が弾け、二人の足元の芝生が円形に吹き飛ぶ。


「なっ……嘘!? 私のスピードを止めた!?」


 エレナが驚愕に目を見開く。

 それを見ていたクラウスも、信じられないものを見るような目で叫んだ。


「お、おい! ミア! お前、そんな技使えたのかよ!?」


 無理もない。

 普段は物静かに帳簿をつけているだけのメイドが、剣聖の才能を持つエレナと互角に渡り合っているのだ。

 だが、俺だけはその一撃の正体を理解していた。


(……間違いない)


 あの独特な魔力の練り方。インパクトの瞬間に炸裂させる魔力放出。


 あれは、未来で何度も見たミア女王の"十八番"――【魔力撃(マナ・インパクト)】だ。


 まさか、Lv.5の段階で既に習得しているとは。


「いつの間にそんな戦闘力を!?」


 クラウスの問いに、ミアは眼鏡の位置を指で直しながら、真顔で答えた。


「ふむ……私自身も驚いております。……が、必然」


 彼女は、まるでそれが世界の真理であるかのように言い放った。


「これが、猫吸(ノワす)いの効果です!」

「いや、それはないだろ」

 クラウスが即座につっこんだ。


 猫を吸って魔力操作が向上するなら、世の魔導師たちは全員猫カフェに通っているはずだ。


(……やれやれ。未来の『ミア女王』の片鱗が見えてきやがったな)


 まだレベルは低いはずだが、そのメンタルは既に完成されているらしい。

 だが、そんな冷静な分析をしている場合ではなかった。

 ヒートアップした二人の攻防が、徐々に場所を移していく。


「どきなさいよ! ノワ様は私の幼馴染なの!」

「関係の長さと愛の深さは比例しません!」


 エレナが回避し、ミアが追撃の掌底を放つ。

 その進行方向にあるのは――屋敷の「離れ」だった。


(……おい、待て。そっちはマズい!)


 俺が制止しようとしたが、遅かった。

 ミアの放った衝撃波の流れ弾が、エレナにかわされ、そのまま離れの壁を直撃した。


 ドゴォッ!


 薄い木造の壁が砕け散る。


 そこは、エレナが作った「失敗作ポーション(爆弾)」の在庫――数百本もの赤い瓶が保管されている場所だった。

 土煙の向こうで、棚が倒れる音がした。

 そして、何百ものガラス瓶がぶつかり合う、不吉な音が響いた。


 カシャン。


 一瞬の静寂。

 俺とクラウス、そして動きを止めた二人の乙女の視線が、一点に集中する。


 直後。


 世界が、真っ白に染まった。

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