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長編版:撫でられるのが仕事です。~裏切られ死んだ俺、猫に回帰して仲間を最強にプロデュースする~  作者: 堀籠遼ノ助(ほりこめりょうのすけ)
第四章 廃棄薬ト商才ト屋敷ノ崩壊劇

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17/21

『爆売れポーションと、成金の予感にゃ』

 リビングのテーブルには、赤黒く明滅する危険な小瓶――エレナの失敗作が山と積まれていた。

 だが、今のミアには、それが宝の山に見えているらしい。彼女は手際よく羊皮紙に「販売計画書」を書き殴っていく。その筆致は、歴戦の指揮官が作戦図を描くように鋭く、迷いがない。


「……商品名は『投擲用爆炎瓶グレネード・ポーション』。ターゲットは、魔法使いをパーティに入れられないCランク以下の貧乏冒険者。売り文句は『使い捨ての魔法』。……勝てます」


 ペンを置き、ミアが不敵に笑う。

 その様子を見ていたクラウスが、ふと疑問を口にした。


「なぁ、ミア。お前ほどの商才があれば、もっとマシな商売ができたんじゃないか? なんで市場でリンゴなんて売ってたんだ?」


 その問いに、ミアの手がピタリと止まった。

 彼女はふっと遠い目をして、窓の外――かつて自分がいたスラムの方角を見つめた。


「『信用』と『資本』です、クラウス様。商売において最も重要なこの二つが、孤児の私には欠けていました。どれだけ効率的な販売ルートを思いついても、元手がなければリンゴを磨くことしかできません。店を構える許可も降りず、誰も薄汚れた子供からは高価なものを買わない」


 ミアは拳をぎゅっと握りしめる。


「それに、利益が出ればすぐに『大人たち』が暴力で奪いに来る……。それがスラムの経済エコノミーでした。稼げば稼ぐほど搾取される」


 俺も、前世のブラック企業での搾取を思い出し、胸が痛んだ。才能があっても、環境がそれを殺す。この世界も、前の世界も変わらない。


「ですが、今は違います」


 彼女はテーブルの上の「爆弾」を指差した。


「今の私には、『商品これ』と、『後ろ盾(バウマン家)』がある。……ここからは、私の独壇場(ターン)です。市場の相場ごと、この手で書き換えてみせましょう」


 頼もしいを通り越して、少し怖い。

 だが、これこそが俺が求めていた人材だ。


「にゃあ!」(くらうす! はんげきかいしだにゃ!)

「お、おう! よくわかんないけど、売ってくればいいんだな!?」


 こうして、バウマン家の庭先で、危険極まりない「爆弾ビジネス」が幕を開けた。


◇◇◇


 結果から言えば、ミアの予言通りだった。

 『投擲用爆炎瓶』は、飛ぶように売れた。


「おい聞いたか? バウマン家の庭先で売ってる『赤い瓶』、あれヤバいぞ」

「ゴブリンの巣穴に投げ込んだら、一撃で壊滅したらしい」

「マジかよ! 魔道具より安いし、これなら俺たちでも扱える!」


 噂が噂を呼び、屋敷の前には連日、冒険者たちの行列ができた。

 エレナは「失敗しても怒られないなんて最高!」と狂ったように調合を続け、ミアはそれを冷徹に売りさばく。

 そして数日後。

 リビングのテーブルには、見たこともない量の硬貨が積み上げられていた。


「こ、これが……全部、利益……?」


 父ヴィルヘルムが、震える手で金貨の一枚を摘み上げた。

 バウマン家の年収を、たった数日で稼ぎ出してしまったのだ。


「うむ! これで雨漏りしていた屋根が直せるな! いや、この際だ、屋根ごと新調するか! ガハハ!」

「あらあら、こんなにいっぱい。ノワールちゃんの餌を山のように買えるわねえ」


 両親はすっかり浮かれていた。

 無理もない。長年の極貧生活から解放された反動だ。

 だが、その中で一人だけ、浮ついていない男がいた。


「……98、99、100……ッ!」


 庭の隅で、少年クラウスが、脂汗を流しながら魔力操作の特訓を続けていた。

 体内の魔力を限界まで練り上げ、枯渇させ、また練り上げる。地味で、苦しい反復練習だ。


(……金が入ったからって、調子に乗らないのは偉いな)


 俺は窓辺からその様子を眺め、満足げに尻尾を振った。

 金は力だ。だが、金で買える力には限界がある。

 本当に未来を変えるのは、自身の内にある力だけだと、こいつは本能で理解しているらしい。


 ふと、俺は思い出した。


(そういえば、エレナやミアのステータスは見たが……肝心の「(クラウス)」のステータスを見たことがなかったな)


 拾われた当初は魅了ゲージが足りなかったが、あれから数週間が経っている。

 一緒に寝たり、アドバイスを送ったり、ピンチを切り抜けたりした。

 今のこいつのゲージは、どうなっている?


(確認だ。ステータス・オープン)


《対象[少年クラウス]の魅了ゲージ参照……現在値:23%》《条件達成。アビリティ【能力閲覧】が使用可能です》


(おお、いつの間にか20%を超えていたか! さすが俺、俺のことが好きだな!)


 やはり、自分自身だからか、あるいは俺の「猫としての魅力」が伝わったのか。

 これなら深層情報が見られる。

 俺は期待に胸を膨らませ、庭で剣を振るう少年に向けてスキルを発動した。


(見せてみろ、未来の英雄の可能性を! ……【能力閲覧】!)


 半透明のウィンドウが、俺の視界に浮かび上がった。


《対象[クラウス・バウマン(14歳)]のステータス》

 Lv. 5

 HP: 120 / 120

 MP: 15 / 18

【パラメーター】

 STR(筋力): 18(E)

 VIT(耐久): 20(E)

 AGI(敏捷): 15(E)

 MAG(魔導): 8(G⇒F)※ランクUP

 LUK(幸運): 10(E)

【現在職業】

 見習い剣士  〈適性:D〉

【転職候補一覧】

 兵士     〈適性:D〉

 農夫     〈適性:B〉

 冒険者(雑用)〈適性:C〉

【保有スキル】

 なし(※魔力操作の習熟度、微増中)

【ユニークスキル/才能】

 なし


 …………。


 俺は、ウィンドウをそっと閉じた。

 見なかったことにした。


(……うん。知ってた)


  オールE。


 魔力に至っては……お?

 よく見ると『ランクUP』の文字がある。どうやら、連日の地獄の特訓の成果で、最低ランクのGゴミから、F(不可)へと上がったらしい。

 

(……いや、Fかよ!)


 上がったといっても、依然として底辺だ。

 エレナの【剣聖(適性A)】や、ミアの【女王(適性S)】を見た後だと、その歩みの遅さが骨身に染みる。

 相変わらず農夫の適性が一番高いし、才能欄は清々しいほどの「なし」だ。

 農夫の適性が一番高いってどういうことだ。

 だが。

 

 俺は再び目を開け、庭で泥まみれになっている少年を見つめた。

 才能がないことなんて、俺自身が一番よく知っている。

 前世の三十年、俺はずっと「凡人」として足掻き、そして負けた。


 けれど、こいつはまだ諦めていない。

 才能がないという現実ステータスを突きつけられてもなお、歯を食いしばって剣を振り、魔力を練っている。


(……努力、か)


 俺はふと思い出していた。

 未来の世界――「大共鳴」の後の時代に、一人の男がいたことを。


 名を、ゼクス。


 世界にたった10人しかいない、至高のSSランク冒険者の一人だ。

 奴もまた、クラウスと同じだった。

 農民以下のステータス。才能の欄は「なし」。

 誰からも期待されず、荷物持ちとして泥を啜っていた男だ。

 だが、奴はある日、ダンジョンの未踏破区域で『あれ』を見つけた。


 大共鳴後に発見された古代の魔道具――『愚者の天秤(フールズ・バランス)』。


 それがどんな能力を持っていたのか、正確なことはわからない。

 だが、その魔道具には、常人には扱えない致命的な「副作用」があったらしい。

 並の冒険者が使えば破滅する。天才が使えば自滅する。

 そんな呪われた代物だった。


 だが――ゼクスだけは、それを使えた。

 彼が「持たざる者(凡人)」であったことと、その副作用が、奇跡的に噛み合ったのだ。

 結果、彼は最強へと駆け上がった。

 だが、そこからが最悪だった。


 力を得た彼は、それまでの鬱憤を晴らすかのように暴走した。

 能力の低い冒険者を見下し、横柄な態度を取るようになった。暴力事件があるところにゼクスあり、とよく言われたものだ。

 当然の報いとして――彼は恨みを買い、とある冒険者と決闘となった。相手は低ランクで無名の冒険者。

 誰もがゼクスの圧勝だろうと思われたが、ゼクスはその決闘によって、あっけなく死んだ。


(……不可解な事件だったが、それは別にどうでもいい。重要なのは、あの『天秤』の在り処は、俺の記憶にあるということだ)


 俺は、庭で剣を振るうクラウスを見つめた。


(あれは地道な努力を続けるお前が受け取るべき、魔道具(チケット)だ)


 今はまだ、その時ではない。

 だが、いずれ必ず手に入れさせてやる。

 ゼクスのようなクズではなく、この実直な努力家クラウスが手にした時――その魔道具は、真の英雄の剣となるはずだ。

 

 

 ◇



「……ふぅ。よし、次は魔力循環だ!」


 クラウスは額の汗を拭い、振り返った。

 だが、窓辺にいたはずの黒猫の姿は、もうどこにもなかった。

 扉が少し開いている。一階へ降りたのだろう。


「あいつ、飽きるの早いな……」


 クラウスが苦笑し、再び剣を構え直した、その時だった。


 「私のノワ様から離れろぉぉぉぉ!!」


 ドゴォォォォン!!

 一階から、屋敷全体を揺らすような絶叫と破壊音が響いた。

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