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長編版:撫でられるのが仕事です。~裏切られ死んだ俺、猫に回帰して仲間を最強にプロデュースする~  作者: 堀籠遼ノ助(ほりこめりょうのすけ)
第四章 廃棄薬ト商才ト屋敷ノ崩壊劇

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『宝の山は足元に? 没落貴族の秘策にゃ』

 朝。


 まどろみの中で、俺は「圧」を感じていた。

 物理的な重さではない。もっとこう、粘度の高い、執着のような気配。

 目を開ける。

 視界いっぱいに、フリルがあった。白と黒の、クラシカルなメイド服の胸元だ。


「……すぅぅぅぅぅ――――……」


 頭上から、掃除機のような吸引音が聞こえる。

 俺の身体が、誰かの腕の中に固くロックされていた。

 見上げると、そこには陶器のように白い肌と、長い睫毛があった。


 ミアだ。


 あの豚貴族の一件から、数日が過ぎていた。

 バウマン家に保護された彼女は、「ただ飯を食うわけにはいきません」と自らメイド服(母さんの若い頃のお古だ)に袖を通し、今やこの屋敷になくてはならない存在となっていた。

 掃除、洗濯、料理の補助。その仕事ぶりは、新人とは思えないほど完璧で、無駄がない。

 だが、唯一の問題は――俺――黒猫ノワールへの、この「日課」だった。


「……んぷぁ」


 彼女が顔を上げ、恍惚とした表情で息を吐く。

 その瞳は、昨日の怯えきっていた少女のものとは別人のように、怪しく潤んでいた。


「……ノワール様。おはようございます。……今日も、素晴らしい吸い心地です」

(……キャラが変わっていないか?)


 未来では、女王と呼ばれる存在のはずなのだが。

 俺は前足でミアの顔をぺしりと押し返した。

 だが、彼女はそれを「ご褒美」と受け取ったのか、さらに頬を擦り付けてくる。


「ミア、おはよう。……って、朝からノワールになにしてるんだ?」


 あくびをしながらリビングに入ってきたクラウスが、その光景を見て引きつった笑いを浮かべた。

 ミアは瞬時に表情を引き締め、淑やかなメイドの立ち姿へと戻る。


「おはようございます、クラウス様。ノワール様の毛並みチェックと、精神統一を行っておりました」

「せいしんとういつ……?」

「はい。この屋敷の家計簿と格闘するための、エネルギー補給です」


 ミアはすっと真顔になり、テーブルの上に積まれた書類の山を指差した。

 バウマン家の財政状況だ。

 昨夜、俺がクラウスに指示し、父の書斎から引っ張り出させたものだが、その内容は惨憺たるものだった。


「借金の利息、屋敷の修繕費、そして昨日の騒動の事後処理……。ハッキリ申し上げまして、火の車です。自転車操業ですらありません。一輪車で崖の上を走っている状態です」


 ミアの冷徹な分析が、朝の食卓に響く。

 その言葉に反応したのは、上座に座っていた父ヴィルヘルムだった。


「むう……。すまん! ちと最近、出費が嵩んでしまってな! ガハハ!」


 豪快に笑って誤魔化そうとしているが、そのこめかみには冷や汗が流れている。

 母イザベラも、「あらあら、大変ですわねぇ」と呑気に紅茶を啜っている。


(……出費?)


 俺は、父の言葉に違和感を覚えた。

 豚貴族からふんだくった慰謝料は、かなりの大金だったはずだ。

 いくら借金があるとはいえ、ここまで「火の車」になるほど、何に使ったというのか?

 俺が疑念の目を向けていると、その時だった。


 バンッ!!


 屋敷の玄関扉が、蝶番が悲鳴を上げるほどの勢いで開かれた。

 

「うわあああああん! クラウスぅぅぅぅぅ!」


 ドタドタと足音を響かせて飛び込んできたのは、幼馴染のエレナだった。

 その背中には、彼女の身体ほどもある大きな木箱が背負われている。

 彼女はリビングに入ってくるなり、その木箱を床に「ドン!」と置き、その場に崩れ落ちた。


「クビになっちゃったぁぁぁぁ!」

「はあ!? クビって、薬師ギルドをか!?」


 クラウスが目を丸くする。

 エレナは涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を上げた。


「うん……! 『お前の調合は繊細さが足りない』とか『混ぜるな危険って言っただろ』とか言われて……! 今日限りで破門だって……!」

「お、お前……何をやらかしたんだ……」

「何もしてないもん! ただ、回復薬の効き目を良くしようと思って、火炎草(かえんそう)のエキスをちょっと多めに入れただけで……!」

(火炎草だと……?)


 俺は耳を疑った。それは通常、着火剤に使われる素材だ。回復薬に入れるものではない。

 俺はエレナが持ち込んだ木箱に近づき、中を覗き込んだ。

 そこには、小瓶に詰められた赤黒い液体が、百本近く詰め込まれていた。

 液体は不気味に明滅し、ポコポコと小さな気泡を上げている。


 その瞬間。


 俺の背中の毛が、バチバチと逆立った。


《スキル【危機察知】が反応しました》《対象物から『極めて不安定な爆発の予兆』を検知。危険度:中》


(……ッ!? なんだこれ、ただの失敗作じゃねえ!)


 俺の本能が警鐘を鳴らしている。

 回復薬だと思って飲んだら、胃の中で爆発して木っ端微塵だぞ。ギルドの親方がクビにするのも当然だ。これは医療ミスとかいうレベルではない。テロだ。


「これ、全部『廃棄処分してこい』って言われて……。材料費は私の給料から天引きだって……。私、もう路頭に迷うしかないの……?」


 エレナが床に突っ伏して号泣する。

 クラウスはどう声をかけていいかわからず、オロオロしている。


 だが。


「……ほう?」


 一人だけ、興味深そうに木箱を覗き込む人物がいた。

 ミアだ。

 彼女は涙に暮れるエレナを無視し、小瓶の一本を手に取って、太陽の光にかざした。


「エレナ様。これ、どのくらいの威力があるのですか?」

「え……? うーん……失敗した時に実験したら、実験用の机が木っ端微塵になったけど……」

「ふむ。机が、木っ端微塵」


 ミアの瞳が、チャリン、と硬貨のような音を立てて光った気がした。

 彼女の口元が、三日月のように歪む。


「クラウス様。そしてエレナ様」

「な、なんだよミア。そんな怖い顔して」

「これ、売れます」


 ミアは断言した。


 その手にあるのは、どう見ても産業廃棄物だ。だが、今の彼女にはそれが黄金に見えているらしい。


「売れるって……誰にだよ? こんな飲めない薬」


「『薬』として売るからいけないのです。発想の転換ですよ」


 ミアは小瓶を軽く放り投げ、また手で受け止めた。俺とクラウスは「ヒッ」と息を呑んだ。


「冒険者にとって、ポーションは必需品。ですが、それと同じくらい『手軽な投擲武器』の需要は高いのです。特に、低ランクの冒険者は魔法が使えません。彼らにとって、投げて爆発する液体なんて、喉から手が出るほど欲しい『魔法の代用品』ですよ」


(……なるほど。そういうことか)


 俺は感心して尻尾を振った。

 この世界には火薬がない。魔道具は高価だ。

 だが、この「失敗作」なら、薬草代だけで大量生産できる。

 コストは安く、威力は高い。


「商品名はそうですね……『投擲用爆炎瓶グレネード・ポーション』とでもしましょうか。キャッチコピーは『魔力がなくても、魔法は撃てる』。……これ、間違いなく跳ねますよ」


 ミアがニヤリと笑う。


 その顔は、清楚なメイドのものではなく、戦場を支配する女王――いや、獲物を狙う悪徳商人のそれだった。


「え、ええ!? 私の失敗作が、売れるの!?」

「はい。むしろ、もっと作ってください。バウマン家の借金、これで一気に返済します」


 エレナの表情が、希望へと変わっていく。

 クラウスは、頼もしくも恐ろしい少女を見つめ、ポツリと呟いた。


「……俺、この家の中で一番立場弱くないか?」


 安心しろ、クラウス。

 俺もそう思っている。

 こうして、クビになったポンコツ薬師と、計算高い元売り子による、バウマン家起死回生の「爆弾ビジネス」が幕を開けたのだった。

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