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長編版:撫でられるのが仕事です。~裏切られ死んだ俺、猫に回帰して仲間を最強にプロデュースする~  作者: 堀籠遼ノ助(ほりこめりょうのすけ)
第三章 再会シタ災厄ト炸裂スル鉄拳

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『Side:ミア 泥だらけの少女と、小さな神様にゃ』

 お腹が、空いた。

 私の人生は、その一言に集約される。


 私が暮らす孤児院は、王都の掃き溜めのような場所だった。

 食事は二日に一度。出てくるのは、石のように硬く、青カビの生えたパンと、泥水のようなスープだけ。

 夜になると、弟分や妹分たちが「お腹が痛い」と泣き出す。


 私はそのたびに、震える足で院長室へ向かった。

 どうか、あの子たちだけでも食べる物を……と、必死に頭を下げた。言葉にするだけで精一杯だった。

 だが、返ってくるのは怒号と暴力だけ。

 院長は私の髪を掴み、床に叩きつける。「野良犬を生かしてやっているだけでもありがたいと思え」と。


 私は知っている。院長の指には、私たちの食費を横領して買った金の指輪が光っていることを。部屋からは、いつも焼いた肉の匂いが漂ってくることを。

 けれど、私は無力だった。ただ耐えることしかできなかった。


 ◇


 そして今日。

 市場でリンゴ売りの下働きをしていた私は、あの豚のような貴族に絡まれた。

 リンゴを踏み潰され、連れて行かれそうになった時――一人の少年クラウスが助けてくれた。

 彼は貴族を殴り飛ばし、私を逃がしてくれた。


 私は震えながら孤児院へ戻った。

 怖かった。でも、助かったんだ。今日はもう、布団に潜り込んで震えていれば、朝が来るはずだ。


 そう、思っていたのに。


「……ミア、お客様だ。来なさい」


 深夜、院長に呼び出された玄関で、私は凍り付いた。

 そこに立っていたのは、頬を腫らしたあの豚貴族だった。


「ひっ……!」

「ふん。逃げられると思ったか? ここの院長とは懇意でな」


 豚貴族は、ジャラリと音を立てて金貨袋を院長に投げ渡した。


「約束の金だ。そのガキをもらい受けるぞ」

「へへへ、ありがとうございますぅ。返品不可ですので、煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」


 院長は卑しい笑顔で金を受け取った。

 私とは目も合わせない。


 ああ、そうか。

 売られたんだ。

 私が信じてすがっていた場所は、ただの牧場だったんだ。


 私の心の中で、何かが冷たく冷え固まっていくのを感じた。


 ◇


 連れてこられたのは、貴族の屋敷の地下室だった。

 そこは、地獄だった。

 部屋の隅には、私と同じ孤児院の子供たちが怯えて震えていた。周りを武装した兵士が囲んでいる。


 部屋の中央。

 豪華な椅子に座った男――ボルク男爵は、私に革の鞭を投げ渡した。


「さあ、選べ」


 男はワインを片手に、冷酷に告げた。


「その子供たちの中から一人、お前が鞭打つ相手を選べ。そうすれば、他の子供たちは食事を与えてやろう」


「な……ッ!?」


 私は耳を疑った。

 何てことを言うんだ。仲間を傷つけろと言うのか。あの子たちの命を人質にとって。


「どうした? やらないなら、全員餓死させるまでだぞ?」


 それは、圧倒的強者による「遊び」だった。

 権力、護衛、全ての暴力装置を握っているからこその、残酷な選別。

 私たちが苦しみ、泣き叫ぶ姿を見て楽しんでいるのだ。


「う、うぅ……っ」


 手が震える。

 恐怖? いいえ、違う。

 私の内側で、灼熱のような感情が渦を巻いていた。

 なぜ、言うことを聞かなければならない?

 なぜ、私たちがこんな理不尽な選択を強いられなければならない?

 大人は汚い。大人は愚かだ。

 私たちが弱いから? こいつらが強いから?


 ふざけるな。


(……裁かれるべきは)


 私は顔を上げた。

 震えていた手が、強く鞭を握りしめる。


 子供たちじゃない。


(裁かれるべきは、お前だ)


 私の中で、何かのスイッチが入った。

 この世の全ての愚かな大人たちを、(ひざまず)かせ、躾け直してやらなければならない。

 私が、支配する側になるんだ。

 その思考に至った瞬間、脳内で無機質な声が響いた。


《条件達成:理不尽への反逆を確認》


《ユニーククラス【女王】への転職が可能になりました》


《スキル【魔力撃】を習得しました》


《スキル【女王の鞭】が発現します……》


 力が溢れてくる。

 ドクン、ドクンと魔力が脈打ち、ただの革鞭が処刑の道具へと変わっていく感覚。


「何を固まっている。さっさとやれ!」


 さあ、始めよう。大人(クズ)どものしつけの時間だ。


 私がボルグの方へ向き直ろうとしたその時――


 ドォォォォォンッ!!


 轟音と共に、鋼鉄の扉が吹き飛んだ。


「覚悟しろ悪党ぉぉ……ッ!?」


 現れたのは、昼間の少年クラウスと――黒猫だった。

 ボルクが、不快そうに叫ぶ。


 「侵入者だ! やれ!」


 武装した4人の兵士が一斉に構える。

 ダメだ、少年一人じゃ勝てない。殺される!

 そう思った瞬間。


 少年の肩に乗っていた黒猫が、音もなく兵士たちの前に飛び降りた。

 そして、小首をかしげて、鳴いた。


「……みゃ~ん♪」


 時が止まった。

 張り詰めた殺気が、一瞬にして甘い空気に変わる。


「かわいっ……」

「ねこ……」


 屈強な兵士たちが、武器を下ろし、頬を染めて崩れ落ちた。

 何が起きたの? 魔法?

 その隙を、少年は見逃さなかった。

 彼は兵士たちの間を駆け抜け、一直線に悪徳貴族へと突っ込んだ。


「うおおおおおっ!!」


 ドゴォッ!!

 拳がめり込む。


 「ひぎぃぃっ!?」という情けない悲鳴と共に、男は椅子ごとひっくり返った。


 少年はすぐさま剣を奪い、男に突きつける。


「武器を捨てろ!!」


 カラン、カラン。

 兵士たちが武器を捨てる。完全な制圧だった。

 私が呆然と立ち尽くしていると、黒い影が飛んできた。


 フワッ。


 視界が、漆黒の闇に覆われた。

 温かくて、柔らかくて、お日様のような匂いがする……「もふもふ」。

 黒猫が、私に飛びつき、その体で私の目を塞いだのだ。


『みるな。めがくさる』


 そんな意志を感じた。

 彼は、私にあんな汚いもの(大人の醜態)を見せないように、守ってくれたのだ。


 ドクン。


 私の心臓が、大きく跳ねた。


 さっきまで私の心を支配していた「ドス黒い支配欲」が、この圧倒的な「柔らかさ」に触れた瞬間、霧散していく。

 女王としての覚醒も、大人への復讐心も、どうでもよくなる。


《ユニーククラス【女王】への転職が非活性化されました。》


(……すごい)


 私は見た。

 この猫が、兵士たちを一瞬で無力化し、少年に指示を出してここへ導き、悪徳貴族を裁いた姿を。


 人間なんて、愚かで汚い生き物だ。

 でも、このお方は違う。

 こんなに小さくて愛らしい姿なのに、誰よりも賢く、人間たちを支配している。


(ああ……神様だ)


 私は確信した。

 私がなるべきは「女王」じゃない。

 この高潔で、暖かくて、いい匂いのする「真の王(ノワール様)」にお仕えする、最強の侍女だ。


「……すぅ」


 私は無意識に、鼻から大きく息を吸い込んだ。

 猫の背中の匂いが、脳髄を直撃する。


 ――キマった。


 渇ききった心に、多幸感が満ちていく。

 私は、この方の下僕になろう。

 この方の手足となり、敵を排除し、そして毎日この匂いを吸う権利を得よう。

 それが、私の生きる道だ。


「……あの子たちに、パンを買ってあげられる」


 少年が差し出してくれた手。

 でも私の目は、その肩に乗って「やれやれ」とあくびをしている、小さな神様に釘付けだった。


(お仕えします。一生、死んでも)


 泥だらけの少女の心が、闇堕ちの縁で踏みとどまり、狂気にも似た信仰へとシフトした瞬間だった。

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