『屈辱の証明と、悪堕ちの阻止にゃ』
数分後。
地下室には、静寂が流れていた。
部屋の隅には、冒険者結びでガチガチに拘束された豚貴族バロン・ボルクと、武装解除された私兵たちが転がっている。
子供たちは縄を解かれ、互いに身を寄せ合って震えているが、怪我はないようだ。
ボルクは猿轡をされ、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら命乞いをしている。
あまりに情けない姿だ。これが貴族のすることか。
問題は、ここからだ。
ただ弱みを握るだけでは足りない。未来において、バウマン家を破滅に追いやった「決定的な一手」を潰さなければならないのだ。
未来の歴史では、この後、豚貴族は王宮へ『嘆願書』を提出する。
内容は「バウマン家の嫡男による一方的な暴行と、それによる精神的苦痛への賠償請求」。
本来なら、下級貴族同士の小競り合いなど揉み消されるはずだ。だが、なぜかその嘆願書は受理され、法外な賠償命令が下った。
それが、我が家の没落の引き金となったのだ。
(奴は、既にその書類を用意しているはずだ。それを回収し、破棄させる!)
俺は【思考伝達 Lv.1】で、懸命に意思を送る。
『かみ……さがす……。ばしょ……きく』
だが、Lv.1の伝達能力では、細かいニュアンスが伝わりきらない。クラウスが「ん? 紙? なんの?」と首をかしげている。
(ええい、もどかしい! もっとスムーズに、もっと流暢に言葉を!)
俺が焦りを感じた、その時だった。
脳内で、軽やかなファンファーレが鳴り響いた。
《【思考伝達】の熟練度が一定値に達しました》
《【思考伝達】が Lv.2 にレベルアップしました!》
《効果上昇:単語の羅列から、片言の文章レベルへの会話が可能になります》
《種族特性付与:言語野の変換機能に、種族特性を付与します》
(よし! レベルアップだ! ……ん? 副作用?)
俺は気にせず、すぐさまクラウスの脳内に話しかけた。
『くらうす。あいつ、こわがらせるにゃ。わるいかみ、かくしてるにゃ』
……あれ? なんだこの口調は?
「……えっ? ノワール、なんか話し方が可愛くなったな?」
『うるさいにゃ! はやくやるにゃ!』
(……なんだこれ!? 語尾が勝手に変換されるぞ!? いらんだろこの機能!)
俺は心の中でシステムにツッコミを入れたが、今は恥を忍ぶしかない。
クラウスは「ぷっ」と笑いながらも、真剣な表情に戻り、縛られた豚貴族の前に立った。
「おい、バロン。お前が王宮に出そうとしていた書類があるだろう。場所を言え」
「ひぃっ! な、なぜそれを……!?」
「言わなければ、この写真を街中にバラ撒くぞ」
クラウスの手には、先ほどメイドから拝借した魔道具のカメラが握られている。そこには、泣き叫んで命乞いをする無様な豚貴族の姿がバッチリ写っていた。
「や、やめてくれ!! そんな写真をバラ撒かれたら社交界で生きていけない!」
「なら、吐け」
「あ、あそこの、壁の絵画の裏だ! 金庫の中に入っている!」
あっさりと落ちた。
クラウスは俺に頷くと、金庫へ向かった。
その間、俺は部屋に残されたもう一人の人物――リンゴ売りの少女に目を向けた。
彼女は俺に飛びつかれた体勢のまま座り込み、まだ呆然と俺の事見つめている。
先ほど、俺が飛びついて視界を塞いだおかげで、彼女は暴力の瞬間を直視せずに済んでいた。
その時表示された名前に、どうしても確認しなければならない理由があった。
俺は少女に近づき、【能力閲覧】を発動した。
《対象[ミア・ヴァレンタイン(16歳)]のステータス》
Lv. 5
HP: 180 / 180
MP: 650 / 650
【パラメーター】
STR: 240(D)
VIT: 40(F)
AGI: 110(E)
MAG: 300(C)
LUK: 10(F)
【現在職業】
行商人見習い 〈適性:D〉
【転職候補一覧】
女王 〈適性:S〉(NEW!)※非活性中
【保有スキル】
・【商才】Lv.1
・【魔力撃】Lv.1(NEW!)
説明:自身の魔力を身体能力(筋力)へと変換し、打撃に乗せる戦闘スキル。
・【女王の鞭】Lv.0(NEW!)※非活性中
説明:自身より下だと認識している対象へ攻撃する場合、以下が適応される。
・自身のSTRが50%上昇
・攻撃対象へ【畏怖】を与える
(……やはり、あのミアだ!)
ミア。未来で俺が所属していたブラックな派遣ギルドのギルドマスター、「女王ミア」の名だ。
未来の彼女は、極度の男嫌いで、美女ばかりを侍らせ、気に入らないギルド員を鞭でしばき倒す最悪の上司だった。
あの歪んだ性格と能力は、この事件が原因だったのか……!
ステータスの【女王】の横にある「NEW!」の文字が、残酷な真実を物語っている。
(だが、なぜか分からないが、まだ非活性の状態だ。今なら、まっとうな人間に戻れるかもしれない)
俺が複雑な心境で彼女を見つめていると、クラウスが戻ってきた。手には、一枚の羊皮紙と、開封された手紙が握られている。
「あったよ、ノワール。これだ……嘆願書と一緒に、こんな手紙が入ってた」
クラウスの顔色が悪い。
俺は彼の肩に飛び乗り、その手紙を覗き込んだ。
『親愛なるバロン・ボルク殿。
例の計画、よろしく頼む。バウマン家の長男は、正義感の強い馬鹿だ。適当に貧民どもを痛めつけるような場面を見せれば、すぐに飛びついてくるだろう。
お前の悪辣な趣味(性癖)を兼ねて、一芝居打ってくれ。
そのあとは、この嘆願書を王宮に出せばよい。私が後押しをしよう。そうすれば、バウマン家は終わりだ』
差出人の名は――『ヴァイスハイト伯爵』。
俺の全身の毛が逆立った。
(……やはり、奴か!)
ガーラントの父親。表向きは父さんの親友ヅラをしておきながら、裏ではこうしてバウマン家を陥れる準備を整えていたのだ。
最初から仕組まれていたのだ。市場での騒ぎも、クラウスが殴るように仕向けたのも、全てはバウマン家を潰すための脚本通りだったのだ。
「なんてやつらだ……」
クラウスの手が震える。
「そうか。このことをきっかけにバウマン家は金銭的に余裕がなくなり、最終的にはヴァイスハイト家にすべての権利を奪われたんだ……」
だが、俺には疑問があった。
この「没落イベント」は、未来の記憶では少なくとも1年は先だったはずだ。
なぜ今、急に計画が前倒しされたのか?
(なにか、未来がずれてきているようだ。俺が戻ってきた影響か?)
「ノワール! これを見てくれ!」
俺が考え込んでいると、クラウスが嬉々として俺を呼んだ。
クラウスは部屋の隅にあった金庫を開いていた。
そこには、見たこともないような金の延べ棒と札束が山積みになっていた。
『きっと、せいこうほうしゅうにゃ』
ヴァイスハイト伯爵から前払いされた、バウマン家を陥れるための報酬金だろう。
莫大な金額だ。これがあれば、バウマン家の逼迫した家計事情が一気に改善される。
(ふふふ、泥棒から盗むのは犯罪じゃないよな?)
俺がほくそ笑んだ、その時だった。
「お金……」
部屋の隅で震えていたミアが、札束を見て小さく呟いた。
「あの子たちに……パンを、買ってあげられる……」
「え?」
クラウスが振り返る。
ミアは涙ながらに語り始めた。彼女はボルクが管轄する孤児院の出身だが、そこは劣悪な環境で、子供たちは十分に食べ物を与えられていないのだという。
彼女が市場でリンゴを売っていたのも、お腹を空かせた年下の子たちのためだったのだ。
「この豚野郎……! 金を持ってるくせに、子供たちには餌もやってないのか!」
クラウスの怒りが再燃する。
彼はボルクの前に詰め寄った。
「とりあえず、ボコっとくか」
『おう、やるにゃ』
「ひぃぃ! ごめんなさい! もうしませんんん!」
ひとしきり制裁を与えた後、クラウスは俺を見た。
「なあ、ノワール」
『……わかってるにゃ』
俺たちの意見は一致していた。
「この金で、孤児院の運営権をバウマン家で買い取る。施設の改修、食料の手配……すべてのお金を、子供たちのために使うぞ」
クラウスが宣言すると、ミアが顔を上げ、信じられないものを見るような目で俺たちを見つめた。
「ほ、本当に……?」
「ああ。もちろん、君も一緒に来るんだ。……ウチには猫の手も借りたいくらい仕事があるからな」
クラウスが手を差し出すと、ミアは恐る恐るその手を握り返した。
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