第5話 天使収容
湯上がりの天使セラフィナが、
まだ濡れた羽根をぱたぱた揺らしながら廊下を歩いてくる。
魔王城の石造りの長い廊下は冷え込んでいるが、
当の本人は寒さなど全く意に介していない様子だった。
「わぁ……この廊下、広い……!
……あ、すみません、声大きかったです……!」
侍女リーシェは落ち着かない顔で振り返りつつ、
客室の前に立ち止まった。
「この部屋で待機していただきます。
外には出られませんから」
「はいっ!」
セラフィナは、声だけは元気だが、
しっかり返事はする。
部屋の扉が開くやいなや、
天使は中に入ってぱっと明るい声を上げた。
「わぁぁっ……!
ベッドだ……! イスもある……!
天界のより、硬い……でも落ち着きますね……!」
リーシェは返答に困りながらも、
そっと扉を閉め、鍵を落とした。
カチャン。
その瞬間、扉の両側にガルフとライルの二人が立った。
が、すぐに扉の向こうから声が響く。
「すみませーーん!
見張りさん! いますかーー!?」
明るくて大きい声。
魔王城の静けさの中で異様に浮く。
しかし兵士たちは反応しない。
セラフィナはしばらく耳を澄ませ――
扉の向こうで、小さく息を呑んだ。
「……あ、返事……ない……。
お仕事……ですよね……。
じゃあ……静かにしておきます……」
明るい声が、少しだけしぼむ。
だが沈むのは一瞬だった。
すぐに部屋を歩き回る音がする。
タタタタッ。
「わ、このイス……ちょっとガタガタしてる……
直したら……怒られますよね……。
……うん、触らないほうがいい……!」
自分で気づいて止まるだけの分別はあるらしい。
また足音。
今度はベッドに飛び乗ったのか、
布がふわっと沈む音がした。
「やわらか……い……!
……あ、声……大きかった……。
……すみません……」
見張りは無反応。
少し経つと、扉の前まで来る気配。
「見張りさん……あの……
ここ、暗いですね……
灯り……増やしたら……だめ……ですよね……?」
扉の向こうに、長い沈黙。
ようやく、ガルフが短く言った。
「扉から離れろ」
「……はいっ!」
天使の返事だけはやけに素直だった。
音が引いて、また部屋の奥へ戻る。
しばらくの間、物を動かす音や、
羽根がふわっと揺れる気配が続いた。
ときおり独り言も漏れてくる。
「……棚、綺麗……
誰が掃除してるんだろ……
魔界の掃除……見てみたい……」
兵士たちは無視を決め込んだまま、
何の反応もしない。
それでも天使の明るい声は途切れない。
「……あの……ほんとに静かなんですね……
怒ってる……とかじゃ……ないですよね……?
お仕事……ですよね……?」
無視。
天使の声は一瞬だけ小さくなる。
「……そっか……
そうですよね……」
しかし三秒後には明るさが戻っていた。
「よし! じゃあ静かに観察しよ……!」
そのあとしばらく、
部屋の中が静まり返った。
羽根を布にこすりつける音だけが
微かに聞こえる程度。
兵士たちが少し肩の力を抜いたとき――
扉の向こうからふにゃりとした寝言が落ちた。
「……むにゃ……魔界……ふしぎ……」
ガルフが小さく呟く。
「……寝言まで元気かと思ったら、急に落ち着くな……」
ライルは顔をしかめた。
「敵地で寝言言う天使なんて初めて見た……」
明るさと静けさが交互に押し寄せる奇妙な夜。
魔王城の客室は、
天使ひとりによってじわじわと賑やかさを取り戻していた。




