第4話 魔界のお風呂と異邦の天使
◆ 天使を風呂に案内する侍女は、震えていた
魔王から
「天使を洗え」
と言われた侍女リーシェは、足を震わせながら浴場へ向かっていた。
(……なんで私……なんで私なの……!?
天使なんて……神の兵器……!
触れたら魂抜かれるって聞いたことあるのに……!)
不安で胸が苦しい。
横で歩く天使セラフィナは、まるで遠足の子供みたいに弾んでいた。
「リーシェさん! 羽がホコリでぱさぱさなんです!
お風呂楽しみですね!!」
「こ、こわ……っ、いえ、こわくないです……っ!」
言い直したが震えは止まらない。
(笑顔を向けてくる敵……怖い……!)
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◆ 女湯のドアを開けた瞬間
「わぁぁぁ!! 広いです!! 湖ですか!?」
「ちが……っ、ちがいます!! 声が大きいですっ!!」
(これ、浴場が吹き飛んだりしないよね……?
天使が本気出したら蒸発するよね……?
こ、怖……!!)
セラフィナは湯気の漂う浴場の中央で輝きながらくるくる回る。
「すごいです! 魔界のお風呂って明るいんですね!」
「明るくないです……暗いです……!
ひとりで照らさないでください……怖いです……!」
(なんで……敵なのにこんなに気軽なの……??)
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◆ 天使、速攻で滑る
「とりあえず羽を濡らして──」
「は〜い! いきまーすっ!」
走り出す。
「走らないでください!!??
ああああああ!!」
つるん。
「きゃああああああ!!」
どぼん!!
見事に湯船へ一直線。
「沈む!? 天使が沈む!?!?
な、なにこれ罠!? 攻撃!?!?
ま、魔力の潜行!?!?」
「ち、ちがいますっ!!
普通に溺れてます!!!」
「普通に溺れる天使いる!?」
「いますぅぅぅ!!!! 助けてくださ──ごぼぉ!!」
「ひいいい!!? 本当に死にかけてるぅ!!?」
リーシェは叫び声を上げながら、
必死に天使の腕をつかんで引っ張った。
「ふぇぇ……死ぬかと思いましたぁ……」
(怖いのか怖くないのか分からないっ!!)
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◆ 羽の手入れ…緊張MAX
「では……羽を整えますね……
動かないでくださいよ……?」
「はいっ!!」
リーシェは羽にブラシをそっと当てた。
ぱさっ。
「ひゃっ……!」
「ひっ!!? い、痛かったですか!?
浄化の光で私の手首が消えるとか!?」
「くすぐったかっただけです!」
「くすぐったいの!? その反応!?!?
敵なのにかわいい反応するのやめてください!!
心が混乱します!!」
「はいっ!」
「返事の切り替え早い!!」
(これ……普通に子供……?
いや違う、敵……でも子供……?
でも敵……?
なにこれ……判断が……できない……!!)
羽を整えるたび、セラフィナがくすぐす動き、
リーシェはビクビクしながら作業を続けた。
「ひゃっ……あっ……くすぐ……」
「やめてください!!その声!!
敵が出す声じゃないです!!」
「すみませんっ!」
(謝れる敵がどこにいるの……)
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◆ 仕上がった天使と、崩れる警戒心
「わぁぁ……!! 羽がふわふわになりましたぁ!!」
「そ、そうですね……
あの……セラフィナさま……」
「はいっ!」
「こ……これ言っていいのか分かりませんが……」
リーシェは顔を真っ赤にして言った。
「……天使さま……
意外と……かわいい、ですね……」
「えっ……!!?」
セラフィナがぱぁっと笑う。
「リーシェさんにかわいいって言われて嬉しいです!」
「ひっ……!? 照れる……!!
な、なんで敵の笑顔でこんな……胸が……くっ……!」
(ダメダメダメ!!
私は魔族!! 天使は敵!!
気を許すな私!!)
しかし内心はもう崩れていた。
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◆ 魔王への報告が混乱している
「──以上が、お風呂での出来事です、陛下」
リーシェは報告しながら、
なぜか耳まで赤い。
「羽は完全に回復……
その……ふわふわに……」
「そうか」
魔王ルシアンは淡々としている。
「天使は暴れたか」
「暴れてません……っ
ただ……溺れて……滑って……
少し笑って……それだけです……」
「……敵意は?」
「ありませんでした……
あの……すみません陛下……
天使さま……ちょっと……かわいくて……」
言った瞬間、侍女自身が口を押さえる。
(言っちゃったぁぁぁ!!)
ルシアンの眉がぴくりと動いた。
「……敵だぞ?」
「はいっ!! 敵です!!
敵なんですけど……あの……
なんか……敵っぽくなくて……」
「……」
(……まただ
牢でも守衛でも囚人でも……
なぜかあいつと仲良くなる)
魔王は静かに目を閉じた。
(……敵なのに……
なぜあれは、人を敵と認識させない?)
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こうして、
魔界を揺らす異常現象──
“天使なのに仲良くなってしまう”現象
はさらに深まり、
魔王の混乱は増していくことになる。




