表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王「娘さんを俺にくれ、お義父さん」神「お義父さんと呼ばれる筋合いは無い!」  作者: 黒川 遼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/12

第12話 「お前が欲しい」と言ってしまった魔王

入院、手術と暫く寝たきりになってしまい、更新するのが遅くなってしまいました。

本話もお時間のあるときにゆっくり読んでいただければ幸いです。

 セラフィナが魔王城に“預けられてから”、

 どれくらいの時が過ぎたのか。


 正確な日数を、

 城の誰ひとりとして把握してはいなかった。


 なぜなら――


 「戦時中」であるはずの魔界が、

 妙に穏やかだったからだ。


 


 前線報告は、相変わらず毎日のように届く。


 天界との小競り合い。

 偵察のぶつかり合い。

 補給路の確認。


 血の匂いが完全に消えたわけではない。


 だが――


「……最近、死者の報告が減っておりますな」


 執務室の机の前で、バルザが静かに言った。


 ルシアンは顎に手を乗せたまま、

 差し出された書板へ視線を落とす。


「実際、戦況は変わっていないはずだが」


「ええ。

 敵の攻勢の“形”こそ変わっておりませんが――


 うちの前線のほうが、

 明らかに“無茶をしなくなっている”」


「無茶をしなくなった?」


「はい」


 バルザは、いくつかの報告書をめくりながら続ける。


「“あの天使に褒められたから死ねない”とか、

 “城に帰れば、預かり天使の飯を食べれる”とか――」


「…………」


 ルシアンは、言葉をなくした。


 バルザは、咳払いひとつ。


「要するに、“戻る場所”を

 前線兵たちが以前よりはっきり意識するようになった、

 と読むべきかと」


「……敵の天使に、

 うちの兵の士気を上げられているのか」


 言葉にすると、

 とんでもなくおかしな図だ。


 だが、実際に起きているのはそれに近い。


 セラフィナは――

 戦場には立たない。


 だが、帰ってきた兵に

 「おつかれさまです!」と頭を下げ、

 傷だらけの手をさりげなく癒やし、

 “生きて戻ってきた”ことに全力で喜ぶ。


 そんな天使が城にいる、という事実は、

 思っていた以上に

 魔族たちの背中を支えていた。


 


 イオが、穏やかな口調で続けた。


「城内での小競り合いも減ってきていますね」


「小競り合い?」


「以前は、訓練場や廊下で

 兵同士の口論や、ちょっとした殴り合いが

 日常茶飯事でしたが――


 今は、“天使に見られている”という自覚が

 少しは出てきたのでしょう」


 イオは、楽しげに微笑む。


「“喧嘩してるところを見られるのは恥ずかしい”と

 言っていた兵もいましたよ」


「魔族の自尊心の使い方が、

 間違った方向に繊細だな」


 ルシアンは、肩をすくめる。


 だが、心のどこかで認めていた。


 ――争うことそのものを、

 “恥ずかしい”と思うようになった魔族が

 少しずつ増えている。


 それは、戦時の魔王としては

 評価しづらい変化かもしれない。


 だが、“ルシアン自身”としては――

 決して嫌な話ではなかった。


 


 バルザが、別の書板に目を落とす。


「……あと、陛下」


「なんだ」


「天界への連絡についてですが――

 今迄で、正式な“引き取り要請”を

 三度送っております」


「返答は」


「はい。三度とも」


 バルザは、淡々と読み上げる。


「“諸事情により、受け取りに応じることはできない。

 処遇については後日説明する。


 現状、そちらの天使は

 貴国に対して特段の害意を持つ者ではないと認識している”」


「“害はないはずなので”、か」


 ルシアンは、以前の文面を思い出す。


 あの妙な一文が付け足された返答は、

 今でも机の引き出しにしまってある。


 ――天界は、セラフィナを

 「今すぐ返せ」とも「そちらで処分しろ」とも言わない。


 ただ、“受け取らない”。


 それだけだ。


 


 イオが、静かに呟いた。


「……突き放しているようで、

 見放しきれていない文面ですね」


「神にしては珍しい、

 曖昧な態度だな」


 ルシアンは、腕を組んだ。


「天界が本気で取り戻すつもりなら、

 もっと強く出てくる」


「はい。

 “返さぬなら戦を強める”くらいのことは

 平気で言ってくるでしょうが――」


「それをしていない」


 バルザが頷く。


「代わりに、

 “そちらで害がないなら、そのままでもよい”と

 読めなくもない返答を続けている」


「害がない、ね」


 ルシアンは、

 窓の外へ視線を向ける。


 中庭では、

 城の使用人たちが洗濯物を干している。


 その横で、

 翼の白い“預かり天使”が

 ひとりバケツを抱えて走り回っているのが見えた。


 洗濯物が落ちそうになっては慌てて支え、

 桶をひっくり返しかけては自分だけびしょ濡れになり、

 それでも笑っている。


 その周囲で、

 魔族たちが肩をすくめながらも

 手を貸している。


(……害がない、どころの話ではないな)


 ルシアンは、

 心の中でだけ苦く笑った。


 あれから、幾度も思う。


 ――争いは、本当に“必要”なのか。


 神と魔王という立場上、

 戦を否定するわけにはいかない。


 だが、

 あの天使と魔族たちが笑い合っている光景を

 見てしまった以上。


 以前と同じような熱量で

 “天界を叩き潰せ”とは

 簡単に言えなくなっていた。


 


「……天界が、いらぬというのなら」


 ふと、

 自分でも驚くほど静かな声が

 唇からこぼれた。


 イオとバルザが、同時に顔を上げる。


「陛下?」


「こちらで、貰うだけだ」


 ルシアンは、

 自分の言葉を噛みしめるように続けた。


「“預かり”でも“人質”でもない。


 天界があれ以上

 あの天使を扱うつもりがないのなら――


 魔界のものとして、

 こちらの“戦力”でも、“象徴”でもなく。


 “ひとりの者”として――」


 そこで、言葉が少し詰まる。


 イオは、

 わずかに目を細めた。


「……セラフィナ殿の意思を、

 どう扱うおつもりですか」


「当然、聞く」


 ルシアンは即答した。


 だが、そのあとの言葉は

 すぐには出てこなかった。


「天界に戻りたいと言うなら――」


 そこまで言ったところで、

 胸の奥が、ずきりと痛んだ。


 はっきりと、自覚できるほどに。


 イオとバルザは、

 その一瞬の間を見逃さなかった。


 


(……天界に帰ると言ったら)


 そのとき、自分は

 どういう顔をするのだろう。


 笑って送り出せるか。


 “行ってこい”と言えるか。


 ――言えないだろう、と

 直感が告げていた。


 魔王としての判断ではない。


 ルシアンというひとりの魔族として、

 それだけは

 あまりにもはっきりしていた。


「……意思は尊重する」


 しばらくして、

 ようやく絞り出した言葉は、それだった。


「だが、“こちらに残る”と言うのなら――

 その時は、きちんと決めねばならん」


「決める?」


 イオが問い返す。


 ルシアンは、

 自嘲気味に口の端を歪めた。


「天界と魔界の間でふわふわしている“預かり物”ではなく、

 はっきりと、“魔界のもの”として」


 その言葉に、

 イオとバルザがちらりと視線を交わした。


 ふたりとも、何かを察していたが――

 この瞬間、あえて口を挟まなかった。


 


「……呼んできましょうか?」


 イオが、穏やかに問う。


 ルシアンは短く息を吐き、

 椅子から立ち上がった。


「いや。俺が行く」


 自分の脚で、

 自分の口で、

 言うべき言葉がある。


 それを誰かに任せるわけにはいかなかった。


 



 


 セラフィナは、

 中庭の端で、

 植え込みの間に挟まっていた箒と格闘していた。


「ううー……出てこない……!」


 枝と枝の隙間に

 絶妙な角度で突き刺さった箒を、

 片足で踏んづけながら引っ張る。


 結果――


「わっ!」


 派手に後ろへひっくり返った。


 その瞬間、ふわりと

 背中を何かが受け止める。


「……何をしている」


 聞き慣れた低い声。


 セラフィナはぱっと顔を上げた。


「る、ルシアンさま!」


「背中を受け止めさせられた魔王だ」


「すみません!」


 あわてて飛び退いた拍子に、

 箒の柄で自分の額をぶつける。


「いたっ」


「見ているこっちが痛い」


 ルシアンは、

 ため息混じりに額に手を伸ばし、

 ぶつけたところを軽く押さえた。


 そこに、

 セラフィナの小さな治癒魔法が

 反射的に重なる。


「すみません……

 掃除してたら、箒が迷い込んじゃって……」


「箒が迷うな」


「えへへ……」


 誤魔化し気味の笑いを浮かべる天使を見て、

 ルシアンはひとつ息を整えた。


 中庭のざわめきが、

 少しだけ遠くなったように感じる。


「……少し、歩くぞ」


「はいっ」


 セラフィナはすぐに頷き、

 慌てて箒を植え込みから引き抜いて

 そこそこ雑に端に立てかけた。


 それを見ていた近くの使用人が、

 苦笑しながら後で整えに向かう。


 


 ふたりは、中庭から続く渡り廊下を歩いた。


 窓の外には、

 魔界らしいくすんだ空。


 だが、その下で動き回る魔族たちの顔色は、

 以前よりも明らかに柔らかい。


 セラフィナは、

 通りすぎる兵や使用人に

 相変わらず律儀に頭を下げている。


「おつかれさまです!」


「……お、おう」


「いつもありがとうございます!」


 誰も無視しない。


 むしろ、

 こちらが魔王と一緒にいることに気づいて

 余計にぎこちなくなる者もいるくらいだ。


 


 廊下の端、

 人の気配が少ないバルコニーに出る。


 魔界の風が、

 白い羽根を揺らした。


 しばらく無言で立っていたあと、

 先に口を開いたのはルシアンだった。


「……セラフィナ」


「はい」


「ここに来てからの生活は、どうだ」


「え?」


 予想していなかった質問だったようで、

 セラフィナは目を瞬かせた。


 少し考えてから、

 ぱっと笑顔を浮かべる。


「すっごく、楽しいです!」


「……楽しい?」


「はい!」


 セラフィナは、

 指を折りながら話し始めた。


「最初はこわい人ばっかりだと思ってたんですけど、

 話してみると、みんなすごく頑張ってて、

 優しいところがあって……


 お掃除を一緒にしたり、

 お料理の手伝いをさせてもらったり、

 訓練を見て“すごいです!”って言ったら

 照れながらも喜んでくれたり――」


 彼女の目に映っている“魔界”は、

 少なくとも、

 天界が教えてきた“悪魔の巣窟”とは

 だいぶ印象が違うらしい。


「戦っているのは、

 たしかにこわいですけど……


 “戦ってない場所”も、

 ちゃんとここにはありますから」


 その言葉に、

 ルシアンの胸がかすかに鳴った。


 魔界の王である自分が、

 いつの間にか

 見失いかけていた光景を、


 彼女は

 何のてらいもなく口にする。


 


 少しの沈黙ののち、

 ルシアンは問いを変えた。


「……天界には、戻りたいか」


 セラフィナの肩が、

 ぴくりと小さく揺れた。


 風が、一瞬止まったように感じる。


「……戻りたい、かどうか、ですか?」


「ああ」


 セラフィナは、

 視線を下に落とした。


 魔界の荒れた大地。

 遠くに見える戦場の煙。


 そして、

 さっきまで一緒に洗濯物を干していた

 魔族たちの笑い声。


「……“戻りたくない”って言ったら、

 怒られますか?」


 ぽつり、と。


 いつもの調子とは違う、

 少しだけ弱い声で、彼女は訊いてきた。


「怒らん」


 ルシアンは即答した。


 その早さに、

 セラフィナが目を丸くする。


「天界がどう言おうと――

 俺がお前を責めることはない」


「……っ」


 セラフィナは、

 胸の前で両手をぎゅっと握った。


 そして、

 少しだけ息を吸い込む。


「天界は、大事な場所です。


 わたしが生まれて、

 育った場所なので」


「……そうだろうな」


「でも――」


 セラフィナは顔を上げた。


 その瞳には、

 迷いと、それ以上に強い何かが宿っている。


「“帰れ”って言われたら、

 きっと帰ります。


 お仕事ですし、

 そこにいる人たちのことも好きなので」


「……」


「でも、“どこにいたいか”って聞かれたら――」


 一拍。


「“ここにいたい”って、

 思ってしまってます」


 その告白は、

 驚くほど真っすぐだった。


 飾り気がないぶん、

 余計に重い。


 ルシアンの胸の奥で、

 何かがきしりと鳴った。


 安堵と、

 怖さと、

 喜びと、

 罪悪感と。


 色々な感情が、ごちゃ混ぜになって押し寄せる。


 


「だから、その……」


 セラフィナは、

 もじもじと足元で靴先を合わせながら続けた。


「“ここにいてもいいよ”って言ってもらえたら、

 すごく、うれしいです」


 その言葉を聞いた瞬間――


 ルシアンの口から、

 考えるより先に言葉がこぼれ落ちた。


「……なら」


 自分でも驚くほど低く、

 掠れた声だった。


「お前が、欲しい」


「……………………え?」


 セラフィナの時間が止まった。


 その場の空気まで、

 凍りついたような錯覚を覚える。


 今、自分は何と言った――と

 ルシアン自身も一瞬固まったが、

 もう遅い。


「お前が――」


 言い直す前に。


 


 セラフィナの顔が、

 一気に真っ赤になった。


「えっ、えっ、えっ!?!?」


 羽根がばさばさと音を立てる。


 さっきまでの落ち着きはどこへやら、

 彼女は両手をぶんぶん振り回した。


「い、いま、“欲しい”って、

 “お前が欲しい”って、ルシアンさま、

 えっ、えっ、えっ!?」


「……落ち着け」


「む、むりです!!」


「えっ、えっ……えっと、その……」


 天使の頭の中では、

 今まで聞いたこともない種類の鐘が

 派手に鳴り響いていた。


 魔界の言葉、

 魔界の慣習。


 全部まとめて勘違いしている自信がある。


 でも、

 勘違いだとしても――


 さっきの言葉は、

 心臓にとてつもない直撃をかましてきた。


 


「あ、あのっ!」


 セラフィナは、

 ほとんど反射的に叫んだ。


「わ、わたしで、よければ……!」


「……は?」


「よ、よければ、その……

 “ここにいていい”とかじゃなくて……」


 耳まで真っ赤にしながら、

 言葉を絞り出す。


「ルシアンさまの“欲しい”に、

 なれるなら……


 が、がんばります……!!」


 意味不明な言葉になっていたが、

 本人は必死だ。


 ルシアンは、

 理解が追いつくまで

 数秒を要した。


(……プロポーズだと、思われているな)


 気づいた瞬間。


 この魔王は――


 否定することができなかった。


 


 本来なら、

 “違う”と言うべきなのだろう。


 “そういう意味ではない”と

 説明するべきなのだろう。


 だが、


 ――それをして、

 この天使の顔から

 今の表情を消すことを想像したとき。


 喉が、

 ひどく渇いて動かなかった。


 返事を迷っている間に、

 セラフィナは

 勝手に結論を出していた。


「が、がんばりますのでっ!」


 両手をぎゅっと握って、

 勢いよく頭を下げる。


「よ、よろしくお願いします……!!」


「……ああ」


 ルシアンは、

 気づけばそう答えていた。


 なんという返答だ、と

 自分で思う。


 だが、

 それ以外の言葉が

 どうしても出てこなかった。


 


 バルコニーの外を、

 風が通り抜ける。


 魔界の空は、相変わらず重い。


 けれど――


 セラフィナの背中を見ていると、

 その重さが

 ほんの少しだけ軽くなるような気がした。


 


「そ、それではっ!」


 セラフィナは、

 何をどう勘違いしたのか、

 顔を真っ赤にしたままバルコニーを飛び出していった。


「イオさんに相談してきます!!」


「やめろぉ」


 制止の言葉は、

 風にさらわれて届かなかった。


 



 


「――というやり取りが、

 先ほどまでバルコニーで」


 イオの報告に、

 バルザは盛大に頭を抱えた。


「陛下」


 執務室。


 ルシアンは、

椅子に深くもたれたまま

 額を押さえている。


「……俺は何をしている」


「“お前が欲しい”と

 天使に告げておられましたね」


 イオは、いつになく苦笑気味だった。


「正直に申し上げますと――


 あの言い方で

 “プロポーズではない”と

 言い張るのは、

 いささか無理があります」


「魔界の文化は、

 そこまで軟派ではない」


「“魔王さまにお前が欲しいって言われたら

 プロポーズだぜ”と

 酒場で語っていた兵が

 何人かいたのを聞いております」


「今日中に居場所を特定しておけ」


 ルシアンは低く言った。


 バルザが、真顔で頷く。


「“魔王の言葉の重さ”という観点から見ても、

 あの場面でその台詞は――」


「バルザまで説教するな」


「いえ、説教というより」


 バルザは、

 書板を胸に抱えたまま静かに言った。


「“ようやくお気づきになりましたか”という感想です」


「……何にだ」


「セラフィナ殿を

 “手元に置いておきたい”と

 思っておられることに、です」


 言われてみれば、

 あまりにも単純な話だった。


 それを本人だけが、

 ひどく複雑なものだと思い込んでいたに過ぎない。


 


「陛下」


 イオが、

 やわらかく微笑む。


「お気持ちはどうあれ――

 女性に“お前が欲しい”と口にした時点で、


 周囲から見れば

 “そういう関係になる覚悟はある”と

 受け取られても

 不思議はありません」


「……そういう、と言うな」


「では、“特別な情を持っている”あたりで

 手を打ちましょうか」


 イオは肩をすくめる。


「セラフィナ殿も、

 “ここにいたい”と仰っていたのでしょう?」


「……ああ」


 ルシアンは、

 バルコニーでのやり取りを思い出した。


 “どこにいたいか”と聞かれれば、

 “ここにいたい”と答える天使。


 彼女の言葉は、

 戦時の論理から見れば

 あまりにも無防備で、

 自分には少々眩しすぎる。


「だったら――」


 イオは、軽く目を伏せた。


「もう、“魔界の魔王として”だけでなく、

 “セラフィナというひとりの者の傍にいたい男”として、


 動く時期なのかもしれませんね」


 あまりにも率直な言い方に、

 ルシアンは言葉を失った。


 その沈黙を、

 バルザが静かに引き取る。


「いずれにせよ、陛下」


「なんだ」


「このまま

 “天界が受け取りを拒否したから

 うちで預かっています”という形を続けるのは、


 いずれ限界が来ます」


「……分かっている」


「いっそ、

 こちらから出向いて

 “正式に話をつける”べきかと」


 バルザの提案に、

 イオが頷いた。


「天界の至上神と、

 正面から交渉する、ということですか」


「それが、

 もっとも面倒が少ないやり方でしょう」


 バルザは、

 静かな口調で続ける。


「セラフィナ殿が

 “ここにいたい”と言っている以上、


 それを正面から天界に突きつけ、

 納得させる必要がある」


「……“魔王ルシアンが

 天使セラフィナを欲している”と

 神に伝えるのか」


「あらためて言葉にすると

 なかなか壮観ですね」


 イオが、

 愉快そうに目を細めた。


「“娘さんをください”と、

 父親に挨拶に行くようなものかもしれません」



「……その言い方はやめろ」


 ルシアンは、

 側頭部を押さえる。


 だが、

 脳裏に浮かんだ光景は、

 案外ひどくはなかった。


 天界の神。

 魔界の魔王。


 そして、

 その間に挟まれてあたふたする

 白い羽根の天使の姿。


 うるさくて、

 面倒で、

 厄介で――


 だが、

 悪くない。


 


「……行くかどうかは」


 ルシアンは、

 椅子から立ち上がりながら言った。


「セラフィナに、

 もう一度きちんと聞いてからだ」


 あのバルコニーでの返事は、

 ほとんど勢いだった。


 プロポーズと勘違いしている以上、

 あの天使は

 しばらくまともに話が通じないだろう。


「改めて、

 落ち着いているときに聞く」


「“それでもここにいたいか”と」


 イオが、

 静かに言葉を添える。


「そのうえで、

 “それなら俺がお前を望む”と

 今度は間違えられない言い方で」


「……俺の言葉遣いに

 注文が多いな、お前たちは」


「それだけ、

 大事な局面ということですよ」


 イオは、穏やかに笑った。


「陛下ご自身のためにも。

 セラフィナ殿のためにも」


 バルザも、

 深く頭を垂れる。


「天界に挨拶に行くとお決めになった時は、

 全力で護衛と段取りを整えましょう」


「俺の護衛より、

 あの神の頭を護る者を付けたほうがいいかもしれん」


「それは、向こうの秘書官の仕事でしょう」


 イオが、

 どこか楽しそうに言った。


 


 ルシアンは、

 窓の外に目を向ける。


 中庭では、

 セラフィナが

 さっきの箒をまた倒して、

 使用人たちに笑われていた。


 その真ん中で、

 本人も笑っている。


(……あれを、手放したくないと思っている時点で)


 自分の気持ちは、

 とっくに決まっているのだろう。


 セラフィナが

 「ここにいたい」と言い、


 天界が

 「受け取れない」と返し、


 魔界が

 「預かっている」と言い張ってきた、その先。


 ――この世界の“線引き”を

 少しだけ変えに行く必要があるのかもしれない。


 


 魔王ルシアンは、

 静かに息を吸い込んだ。


「……天界に、挨拶に行くか」


 その言葉は、

 冗談ではなかった。


 イオとバルザも、

 それが“決意”であることに気づいていた。


「準備を進めます」


「天界側への連絡文案も、

 こちらで用意しましょう」


 側近たちが、

 すぐに動き始める。


 ルシアンは、

 その気配を背中で感じながら

 小さく笑った。


 


 ――天界。


 ――至上神アストレイオス。


 ――そして、“自分の娘”のように思っているであろう天使。


 そこに、

 魔界の魔王が

 堂々と乗り込んでいく日が、


 そう遠くない未来に

 訪れようとしていた。

お読みいただきありがとうございました。感想をいただけると励みになります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ