5.初めての成功
二つの島国——セレスティアとヴァルガード。
かつては大洋を隔て、互いに干渉することのない遠い存在だった。
しかし数十年にわたる大陸移動と地殻変動により、その距離は年々縮まっている。今では、海峡の幅はわずか百数十キロ。肉眼では見えないが、双眼鏡を覗けば相手国の海岸線がかすかに映るほどだ。
両国の関係は、表面上は「友好」で塗り固められている。貿易協定、文化交流、外交儀礼——どれも笑顔と握手で飾られる。だが、その水面下では、互いの経済圏の衝突、資源の奪い合い、歴史認識をめぐる軋轢が、静かに燻り続けていた。
そして今、新たな変化が訪れている。最新の観測データによれば、両国間の海峡はこの一年でさらに数キロ狭まった。もしこのペースが続けば——二つの国は、いずれ衝突する。
そのとき何が起こるのか。地理的な衝撃だけではない。経済も、政治も、人々の日常も、すべてが形を変えるだろう。
だが、この事実を日々の暮らしの中で意識する人は少ない。ほんの一握りの人間だけが、近づきつつあるその未来に備えようとしていた——。
次の日、澪は夢の図書館にいた。
あの不思議な青年が、長机の向こうからこちらを見ている。
「昨日はよくやったな、澪」
その一言に、心臓がドクンと跳ねた。
褒められたなんて、いつ以来だろう。
「え、あ、あの……えへへ……」
顔が勝手に熱くなる。視線を逸らそうとするけど、なんだかもったいなくて、ちらっとまた見てしまう。
「今日は実践だ」
青年は少し身を乗り出した。机越しでもわかる、すっとした横顔。
うわ、近い……。いやいや、落ち着け私。
「じ、実践って……な、何を?」
「このAIで、二つの島国の航路をシミュレーションしてもらう」
青年は机の上に映されたスクリーンを指さして言った。
「し、シミュレーション……って、そんなの私に――」
“できるわけない”と言いかけて、昨日のことを思い出す。無理だと思ったのに、できたじゃん……。
「スクリーンを見ろ」
青年が指を動かすと、机の上に地図が浮かび上がった。
青い海に囲まれた二つの島国。距離が、目に見えて縮まっていく。
「このままだと、航路は重なり、衝突は避けられない」
「……回避ルートを作るってこと?」
「そうだ。AIを使えば可能だ。君が正しく指示できれば、な」
「どうやって…」
「スクリーンを2回タップするとコマンド入力用のキーボードが表示される。AIは自然言語が理解できる。後は如何に君が正しく指示できるかだ」
澪は唾を飲み込む。指先が落ち着かない。
「お、落ち着け……落ち着け……」と、自分に言い聞かせながらキーボードを叩く。
航路を一本、試しに引く。でも途中で島にぶつかり、シミュレーションは失敗。
「やっぱり無理だってば!」
「……じゃあ、やめるか?」
あまりにもあっさりした声。
なんか悔しい。
「やめない!」
「なら、君が思う最短距離を示せ。計算はAIに任せろ」
言われるまま、別の角度から線を引く。
AIが自動で計算し、海の上に新たな航路が走った。
島を避け、二国を安全に繋ぐ道。
「……で、できた……!」
自分の声が震えているのがわかる。
青年がふっと笑った。
その笑顔があまりにもまぶしくて、また顔が熱くなる。
「悪くない。その感覚を忘れるな。君は、一人じゃない」
「……うん」
胸の奥が、ぽっとあたたかくなった。
――もっとやってみたい。そんな気持ちが、知らないうちに芽生えていた。
「よくやったが、これはあくまでも君の適正を確認する為の実践相当のテストだ。実際には違う方法でこの問題を解決する」
そう言うと青年は消えてしまった。
「何よ、AIのくせにエラソーに!」
「それに…Air on G って何なのよ〜!!」