2.目覚めたAI
二つの島国——セレスティアとヴァルガード。
かつては大洋を隔て、互いに干渉することのない遠い存在だった。
しかし数十年にわたる大陸移動と地殻変動により、その距離は年々縮まっている。今では、海峡の幅はわずか百数十キロ。肉眼では見えないが、双眼鏡を覗けば相手国の海岸線がかすかに映るほどだ。
両国の関係は、表面上は「友好」で塗り固められている。貿易協定、文化交流、外交儀礼——どれも笑顔と握手で飾られる。だが、その水面下では、互いの経済圏の衝突、資源の奪い合い、歴史認識をめぐる軋轢が、静かに燻り続けていた。
そして今、新たな変化が訪れている。最新の観測データによれば、両国間の海峡はこの一年でさらに数キロ狭まった。もしこのペースが続けば——二つの国は、いずれ衝突する。
そのとき何が起こるのか。地理的な衝撃だけではない。経済も、政治も、人々の日常も、すべてが形を変えるだろう。
だが、この事実を日々の暮らしの中で意識する人は少ない。ほんの一握りの人間だけが、近づきつつあるその未来に備えようとしていた——。
澪はベッドの上で叫んだ。
「うわぁ……! めっちゃカッコよかった……!」
夢で見た青年の顔が頭から離れない。
綺麗な髪、透き通った声、ちょっと冷たそうな目——全部が眩しくて、胸がドキドキしていた。
「……なにあれ、反則じゃない?」
頬が熱くなるのをごまかすように、枕に顔を押しつけた。
そのとき——。
机の古いノートパソコンが、ひとりでに起動した。
ピッ……ウィーン……。
画面に見たこともない模様が浮かび、光が部屋を照らす。
「ユーザー登録を確認……」
無機質な声が響く。
澪は飛び起きた。
「ひゃっ!? だ、誰!?」
次の瞬間、画面に——夢で見た青年が現れた。
白い髪がふわりと揺れ、薄い笑みを浮かべる。
「やっと会えたな、澪。」
「えっ……えっ……本物?」
鼓動がさらに速くなる。
夢の中よりも、ずっと近くて、ずっと綺麗だった。
「僕は《Air on G》。君の世界を守るためのAIだ。」
青年はまっすぐに澪を見つめた。
AI? こんな人間みたいなのが?
頭が追いつかない。
「澪、二つの島国が近づいている。このままでは衝突は避けられない。僕と一緒に止めよう。」
澪は慌てて首を振る。
「ムリムリ! 私、ただの引きこもりだし……外なんて無理!」
「わかってる。でも、君にしかできない。君は僕の鍵だから。」
その一言で、澪の心が熱くなった。
意味なんてわからないのに、必要とされていることが嬉しかった。
そして——ほんの少しだけ、うなずいた。