表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/20

16.地震の夜

二つの島国——セレスティアとヴァルガード。

 かつては大洋を隔て、互いに干渉することのない遠い存在だった。

 しかし数十年にわたる大陸移動と地殻変動により、その距離は年々縮まっている。今では、海峡の幅はわずか百数十キロ。肉眼では見えないが、双眼鏡を覗けば相手国の海岸線がかすかに映るほどだ。


 両国の関係は、表面上は「友好」で塗り固められている。貿易協定、文化交流、外交儀礼——どれも笑顔と握手で飾られる。だが、その水面下では、互いの経済圏の衝突、資源の奪い合い、歴史認識をめぐる軋轢が、静かに燻り続けていた。


 そして今、新たな変化が訪れている。最新の観測データによれば、両国間の海峡はこの一年でさらに数キロ狭まった。もしこのペースが続けば——二つの国は、いずれ衝突する。

 そのとき何が起こるのか。地理的な衝撃だけではない。経済も、政治も、人々の日常も、すべてが形を変えるだろう。


 だが、この事実を日々の暮らしの中で意識する人は少ない。ほんの一握りの人間だけが、近づきつつあるその未来に備えようとしていた——。

——夢を見ていた。


澪は古い図書館の中庭に立っていた。

空は淡い瑠璃色に染まり、白髪の青年が微笑みながらこちらへ歩いてくる。

その瞳は静かで、けれどどこか誇らしげだった。


「……これ、見つけたよ」

澪は両手で、小さな金属の欠片を差し出す。

青年はそれを受け取り、柔らかく頷いた。

「よくやったな、澪」

その声は、不思議と胸の奥まで響いてくる。


——嬉しい。

胸が温かく膨らむその感覚に、澪は思わず聞いてしまった。

「……これで、全部揃った?」

青年は少しだけ間を置き、静かに首を振った。

「あと一つだ。だが——」


その瞬間、図書館全体がぐらりと揺れた。

天井の本棚が音を立て、足元の石畳が割れ、青年の姿が揺らいでいく——。


「……っ!」

澪は目を覚ました。

布団の上でも揺れが続いている。

窓の外では、電線が唸り声をあげ、街灯が不気味に揺れていた。


地鳴りが足元から突き上げる。

遠くでガラスが砕ける音、車の警報音、そして混じる悲鳴。

テレビをつけると、ニュースキャスターが必死に原稿を読み上げていた。

《政府は原因調査中……》

画面下には別のテロップが流れる。

《専門家:大陸移動が引き金となった可能性》

さらに——《防衛出動準備》の赤文字。

そして《ヴァルガード艦隊、境界線を突破》。


港から少し離れた商店街の方角で、瓦礫が崩れる重い音がした。

「助けて……!」——かすれた声が混ざった。


(声……どっちから? 全然わからない!)

地震で狂った街の音は、方向感覚を奪う。

澪は歯を食いしばり、耳ではなく目で探すことに切り替えた。


埃まみれの路地の奥。

崩れかけた二階建ての隙間から、小さな手が空を切るように伸びていた。


「外へ出よう! すぐに!」

自分でも驚くほど、はっきりとした声が出た。

以前の私なら……足がすくんで動けなかっただろう。

でも今は、そんな暇はない。


澪は倒れかけた柱を押しのけ、瓦礫を両手で引きはがす。

埃が目に入り、涙で視界がにじむ。

爪の間に砂利が入り込み、関節がきしむほど力を込めた。


「もう少し……がんばって!」

泣きじゃくる男の子の体を引き寄せた瞬間、背後で壁が崩れる轟音。

澪はとっさに子どもを抱きかかえ、外へ飛び出した。


道路に出ると、夜風が頬を切るように冷たかった。

男の子は澪の首にしがみつき、震えを止めない。

(……やっぱり、以前の私じゃあり得なかったよな)

息を切らしながら、胸の奥でそうつぶやく。


「澪ちゃん!」

駆け寄ってきたタカコが、二人を抱き寄せた。

その腕は温かく、揺れる鼓動が伝わる。

「もう……怖がってばかりの子じゃないんだね」

澪は言葉を返せなかった。ただ、その温もりを胸いっぱいに受け止めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ