表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/20

15.海底トンネル

二つの島国——セレスティアとヴァルガード。

 かつては大洋を隔て、互いに干渉することのない遠い存在だった。

 しかし数十年にわたる大陸移動と地殻変動により、その距離は年々縮まっている。今では、海峡の幅はわずか百数十キロ。肉眼では見えないが、双眼鏡を覗けば相手国の海岸線がかすかに映るほどだ。


 両国の関係は、表面上は「友好」で塗り固められている。貿易協定、文化交流、外交儀礼——どれも笑顔と握手で飾られる。だが、その水面下では、互いの経済圏の衝突、資源の奪い合い、歴史認識をめぐる軋轢が、静かに燻り続けていた。


 そして今、新たな変化が訪れている。最新の観測データによれば、両国間の海峡はこの一年でさらに数キロ狭まった。もしこのペースが続けば——二つの国は、いずれ衝突する。

 そのとき何が起こるのか。地理的な衝撃だけではない。経済も、政治も、人々の日常も、すべてが形を変えるだろう。


 だが、この事実を日々の暮らしの中で意識する人は少ない。ほんの一握りの人間だけが、近づきつつあるその未来に備えようとしていた——。

午前10時過ぎ。

「……今度は海底トンネルかぁ」

澪はため息をつきながら、スマホの画面を見下ろした。

『Fragment Finder』のアイコンが、ゆっくりと、しかし確実に点滅している。

その下には、簡素な文字だけの通知。

《海底トンネル内部に鍵の反応》


表示されている地図は、海の底を走る長い灰色の線。

終点には「旧西側坑道」と書かれている。


海底トンネルは、この国とヴァルガードを直接結ぶ壮大な国家プロジェクトだった。

完成すれば物流も観光も飛躍的に活性化すると期待され、地元では祝賀ムードに包まれていた。


しかし数年前、大陸移動の影響で海底の地層にひび割れが走り、坑道の一部が大規模に崩落。

海水が流れ込み、作業員が負傷した事故をきっかけに工事は中止となった。

以来、入口は頑丈なフェンスと南京錠で封鎖され、関係者以外立ち入り禁止となっている――はずだった。


「そんな場所に……かけらが?」

澪は首をかしげながら、防波堤沿いの道を進む。

足元のアスファルトは潮風で白く粉を吹き、所々に貝殻が貼りついている。


やがて視界の先に、錆びついたフェンスが見えてきた。

南京錠はかろうじてぶら下がっているものの、掛け金は半分外れ、鎖が不自然に歪んでいる。

「……誰か、先に入った?」

澪は周囲を見回す。

人影はない。

しかし、海の方からカモメの鳴き声がやけに近く聞こえ、心臓の鼓動が速くなった。


意を決してフェンスを押すと、きぃ、と鈍い音を立てて開いた。

その先には、コンクリートの冷たい匂いがこもった暗い通路が口を開けている。


中に一歩踏み込むと、空気がひやりと変わった。

足音がコツコツと反響し、頭上から水滴がぽたりと落ちる。

奥の方で、金属を叩くような音が微かに響いた。


澪は息を殺して歩みを進める。

壁際の安全灯はところどころ切れており、光と影が不規則に揺れる。

やがて坑道が緩やかにカーブし、その先で人の声が混じった。


低く押し殺した声。

言葉の節々に、ヴァルガード特有の訛りがあった。


「……港湾管理権を握れば、この国は干上がる」

「本部はもう準備してる。あとはタイミングだけだ」


澪は凍りついた。

何を意味しているのか、深く考える余裕はなかったが、それが重大な話であることだけは分かった。


スマホが震える。

アプリのアイコンが、まるで鼓動を刻むように早く明滅している。

《反応強度:90%》


坑道の奥、崩落で塞がれた壁の隙間から、ぼんやりと青白い光が漏れている。

澪は膝をつき、慎重に手を伸ばした。

冷たい海水に指先が沈み、その中に硬い感触があった。


力を込めて引き上げると、滴をまとった半欠けのかけらが姿を現した。

淡い光が表面を走り、胸の奥が震える。

「……あった」

その言葉が口から漏れた瞬間――背後から足音が近づいてくる。


澪は反射的にかけらを胸元に押し込み、来た道を駆け戻った。

息が喉を焼く。

足音が追ってくるような気がして、振り返る勇気はなかった。


外に飛び出した瞬間、低く重い音が空気を震わせた。

頭上を軍用ヘリが通過し、海面すれすれを低空飛行していく。

ローターの風が髪を乱し、耳鳴りが残る。


沖合には黒い艦影。

無言のまま、こちらを見据えているようだった。


澪はポケット越しにかけらを握りしめた。

恐怖と、もう後戻りできないという確信が、胸の奥でせめぎ合う。


「……やるしかないんだよね。ここまで来たら。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ