平均以下で特別でない僕
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どうして僕はこんなにもできない奴なのだろう。
昔からそうだ。勉強も全くできないわけではないけど大体が真ん中より下、運動も好きだがそれほど上手くできるものはなく、バスケ部ではずっと補欠。身長は低めで顔も整っているとは言い難い。よく話す友だちはいるが、よく話すだけだ。休日にわざわざ待ち合わせて遊びに行ったり、悩みを打ち明けたりするような親友はいない。言うまでもないことだが恋人もいない。胸を張って「得意だ」と言えるようなこともない。
要するに平均以下の人間だ。特別な人では決してない。
それでもまだ特技があればよかった。
僕並みに目立たないと思っていたクラスメイトのひとりは、勉強も運動も僕よりできなかった。けれどピアノの腕がすごかった。音楽の先生に「先生より上手ね」と言わせたくらいだ。
もうひとり、高校にすらほとんど来ない奴もいた。そいつの場合、異常なほど昆虫に詳しかった。校舎の壁に止まっていた気味の悪い蛾の名前を叫んでいる姿を見たことがある。昆虫好きが高じてどうやら昆虫観察の様子を動画サイトに投稿し、収益を得ているらしい。
僕にはそんな人に誇れるスキルも知識もない。
特技がなくても見た目が良ければ問題なかった。
同級生のひとりでどうしようもない奴がいる。勉強も運動もいまいちなだけでなく、そいつは僕の知る限り性格がかなり悪いのだ。女子をまるでモノのように扱う。にもかかわらず、そいつの周りにはいつも女子がいる。理由は簡単、かっこいいからだ。
女性は男を見た目だけで選ばない、なんて話を聞いたことがあるが、それは全員に当てはまる話ではない。男女問わず見た目で選ぶ人間はいる。彼は選ばれる見た目をしているのだ。日々楽しそうに学校で過ごす様子を見ていると、容姿に恵まれていると人生楽だな、と思わざるを得ない。
僕は見た目に自信がない。
それでも打ち込めることがあれば満足できた。
こんなことを言うのは申し訳ないけど、明らかに僕より勉強も運動も見た目も劣る男子がいる。でもその子は僕が知らないアニメの知らないキャラを非常に好んでいて、共通の趣味を持つ友人たちといつも楽しそうに盛り上がっていた。次の日曜日に皆でグッズを買いに行く約束をしていた。いわゆる推し活というやつなんだろう。楽しそうにオタクをしている姿を羨ましく思う。
僕には打ち込めるものもない。
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「結局普通が一番幸せだよ」
よく聞く言葉だ。
しかし、僕には全く響かない。
普通って言葉の定義は置いておく。何となく普通っぽいものを普通と呼ぶことにする。
普通に働いて、普通に家族を持って、普通に生活できるということは幸せなのかもしれない。理屈としては理解できる。でも理解できるだけだ。僕には勉強が得意な子や運動が得意な子、見た目がかっこよかったり可愛かったりする子、ハマれる趣味を持っている子、一芸に秀でた子の方が幸せそうに見えてならない。彼らは特別な人生を送ることも、普通の人生を送ることもできる。
それだけではない。僕の目には普通なんかよりも、勉強や運動が出来なすぎてネタにしている子や家庭環境が複雑な子、学校すら暴れる場所のひとつとしているヤンキーたちの方が魅力的に映っているくらいだ。
僕にとっての普通はただの「虚無」である。
ならば努力すればいい。
わかっている。わかっているんだ。努力しなければならないことくらい。実際に勉強に打ち込もうとしたり、筋トレを習慣づけようとしたこともある。なのに一週間と続かない。三日坊主って言葉を生み出した人は天才だと思えるくらい続かない。意志が弱いだけってこともわかっているのに、それでも続けることができない。
僕にとって「努力すること」は平均以上の行為である。
反対にいっそ落ちるところまで落ちればいい。
勉強も運動も一切せず、タバコを吸ったり教師に盾突いたりしてひたすら道を踏み外せばいいのではないか、と考えたことだってある。ところがいざ踏み外そうと思うと、「そこまでする必要があるのかな」と思ってしまう。上に上がる努力はしない癖に、これ以上落ちることには恐怖を覚えるのだ。結果的にそれなりに授業は聞いてしまっているし、タバコも吸ってはいない。落ちることができるのは才能なのか努力なのかわからないが、僕には崖から飛び降りることはできなかった。
僕にとっては「落ちる」ことすら勇気を必要とする。
せめてハマれる趣味を見つければいい。
これがもっとも簡単であることは最初からわかっていたことだ。趣味を見つけるだけ。アニメとかゲームとか映画とかスポーツとか読書とか音楽とか。しかも好きなことでいいんだ。努力は必要としない。好きなもののためにする努力は努力とは呼ばない。それこそ「推し活」って言葉の方が適当だろう。
僕にだって好きなものはある。ゲームは毎日のようにやっているし、マンガは五種類くらい集めている。バスケも好きだし音楽もよく聴いている。
だが。
ハマっているのとは違う気がする。どれもやり込んでいるかと問われたら答えに困る程度でしかない。すべて好きなだけであり、知識も実力も誇れるレベルには達していないだろう。「推し」と呼ばれるくらいに入れ込んでいるということはない。
ハマるというのは意識してハマれるものではないはずだ。ほとんどの人が「好きだから突き詰めていたら気付いたらハマっていた」という状態だろう。そう考えると、僕はハマれるものすら見つけられていないということになる。
僕にとっては「ハマる」ことすらハードルである。
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飛び抜けたものも打ち込んでいるものもない僕。
波乱万丈でもないし、順風満帆でもない。強いて言えば何事もない。
だったら平和かといったらそうでもなく、いつもココロの中に「これでいいのか? このままでいいのか? このままだとこのままだぞ、どうする?」という靄のような悩みが漂っている。どこにいても何をしてても心中はずっとこの不安定な状態だ。
人は変われるのか?
もちろん答えがイエスであることは疑う余地もない。きっと人は変われるのだろう。
ただ、それにはきっかけが必要なのではないか。
例えば大切な人を失って人が変わったようになった、なんて話はよく聞く。
主人公の成長物語としては王道中の王道だ。とはいえ僕の周りで誰かが死ぬなんてのはさすがに嫌だ。人がいなくなってまで変わりたいとは思わない。それに仮に身近で大切な誰かが死んだとして、僕が全く変わらなかったとしたら僕は何を思うのだろうか。そんな想像をすると怖くてたまらない。人が死ぬのも、それでも変われない自分に直面するのも僕には耐えられないような気がする。
他にはどうだろう。特殊な状況に巻き込まれて変わるなんて話もたくさんある。
マスコットキャラが現れて魔法少女になったり、裏社会の人と出会って知らない世界に足を踏み入れたり。これなら面白そうではある。出会ったことのない人と関わることで特別な人生の幕が上がるというのは理想的だ。
しかしこれは中学生のころから何度も妄想してきたことだ。そして未だにそんな人物は現れていない。というより現れるはずがない。なのに何年も何年も期待し続けている。いや、ただ妄想しているだけか。ニュースを見ていれば変な生き物に出会ったり、裏社会に引き込まれたりすることなどほとんどないことはわかるはずだ。むしろ交通事故や通り魔事件に巻き込まれる確率の方が高そうである。
異世界転生も夢だ。
急に異世界へ行くことができれば変われるかもしれない。剣と魔法の世界で、借り物の力を我が物顔で使い倒し無双する。実に理想的だ。
無論そんなものがまずありえないことは承知している。むしろ行くことができないからこそ現実逃避、エンタメとして最適だと言えるだろう。もしかしたら本当に異世界へ行っている人がいるかもしれないが、そんなものをネットで調べても不気味なお囃子が聞こえてくるような駅や文字化けした看板ばかりの怖さが際立つ世界ばかり。剣と魔法の世界には辿り着けないに違いない。
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書き出してみてやはり思う。僕は僕だ。
小説やマンガならば、「僕は僕だ」というセリフは見せ場として扱われるイメージだが、僕の場合は「所詮僕は平均以下でかつ何の特徴もない僕にしかなりえない」という残念なものだ。
誇れることが何もない。
できることもほとんどない。
打ち込んでいる趣味すらない。
努力さえも続かない。
ただレベルの低い一日を消化し続けているだけの存在。
それが僕だ。
これでいいのだろうか。これでいいのかもしれない。何者にもなれない不安を抱えたまま日々を過ごして、不安でいっぱいになったら三日坊主の努力をしてガス抜きをして、また不安を少しずつ溜めながら生きていく。それが僕の人生であり、生き様なのだろう。何者かになるよりも、これが僕の人生だ、と受け入れることに労力を割くべき時が来たのだ。
ここで自分の生き様をゆっくりと受け入れれば、案外平和な人生を送れるかもしれない。
嫌だ。
こんな自分が嫌いなのに、嫌いな自分を変えようとしない自分が嫌いだ。
変わりたい。こんなにぐだぐだと無意味なことを考えて、「僕は人よりたくさん悩んでいる」なんてくだらない優越感に浸る日々は終わりにしたい。
どうすればいいのか。わかっている。ずっとわかっていたことだ。
ひたすら動き続けることだ。疲れても、飽きても、続かなかったとしても、ただ動き続けることだけが変わるための道だ。
動き続けること、それも今日、今、この瞬
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老婆は半端に書かれた手帳を読み終えると、持ち主の手に戻した。
手帳の持ち主は棺桶の中で眠っている老人だった。
彼は同期の中では決して出世した方ではない。だがいつも一生懸命動いていた。真剣だった。そんな彼に惹かれて一生を共にしてきたが、本当に幸せな家族を築けたと思う。彼は家の中でも常に一生懸命だった。家族のためにも一切手を抜かなかった。三人の子にも恵まれ、性格は違えど立派に育ってくれた。
彼は自分の目指す何者かになれたのだろうか。老婆にはわからない。
でもね、と老婆は呟く。
「私にとってあなたは誰よりも特別な人でしたよ」