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56.ルークの野望

「幻惑の渓谷」の白い闇をようやく抜け、視界が開けたところで、ルークは馬車を街道脇の平地へと止めた。

「全員、生きてるな? ……一旦休もう。あんな死線、盾も持たずに矢の雨の中を走るようなものだ」

ルークの言葉に、一行は緊張の糸を切らしたようにその場へへたり込んだ。特に、初めての魔法構築で魔力を使い果たしたアスクと、斧の「自動帰還リコール」を連発したユノーの消耗は激しい。

「ほら、これを使え。必要経費だ」

ルークが取り出したのは、美しい装飾が施された1セット6本入りの小瓶――その名も『ニギルのポーション』。稀代の発明家ニギルが開発し、冒険者ギルドでも販売しているという、この世界でも特殊な回復薬だ。

「よっ! 待ってました! 銀貨が吹き飛ぶ高級回復薬!」

ユノーはそれがどれほど貴重なものか分かっているのかいないのか、栄養ドリンクでも飲むかのような手軽さでグイッと一本を飲み干した。

「これって……HPとMPだけじゃない、APアクティブポイントまで回復できるのか!?」

アスクは手渡された小瓶を鑑定しつつ、その異常な効能に驚愕した。

アスクがこれほど動揺したのには、明確な理由がある。この世界において、HPやMPは休息や薬草で補えるが、APの回復は「時間の経過」でしか得られないのが世界の常識だからだ。

APは単なる活力ではない。いわば「経験値を獲得するためのリソース」そのものだ。APが0の状態でどれほど剣を振るい、どれほど強大な魔物を倒したとしても、魂に経験が刻まれることはない。

つまり、APが尽きるということは、この世界における「成長の停止」を意味する。

(……待てよ。時間経過でしか増えないはずの『成長の源』を、薬一つで無理やり上書きできるっていうのか? もし、これが大量にあれば……)

アスクの脳内で、冷徹な計算を弾き出す。

(APが尽きるたびに補給し続ければ、24時間、一瞬の無駄もなく経験値を稼ぎ続けられる。文字通りの『無限レベリング』が可能になるじゃないか……!)

「……アスク、怖い顔をしてるわよ。さっさと飲みなさい。次の襲撃が来たら、動けないのはあなたなんだから」

クロエに促され、アスクは戦慄を覚えながらも琥珀色の液体を喉に流し込んだ。

瞬間、脳の焦げ付くような疲労が消え、身体の芯から「経験を欲する」ような瑞々しい活力が湧き上がってくるのを感じた。


「うおぉぉっ! 生き返ったぜ! さすが高級薬だ!」

隣ではユノーが、目に見えて血色を戻して跳ね起きていた。

彼は知力が低くMPも少ないが、このポーションのおかげで、投げた武器を手元に戻す『自動帰還』のスキルを再び使えるだけの余力が戻ったようだ。

「ふふ、これでお主の空っぽな頭も少しはマシになったかのう、ゆのっち」

「へいへい、トッポのじいさんは相変わらず手厳しいな!」

一行に少しだけ笑い声が戻る。しかし、アスクの視線はポーションの空き瓶に固定されていた。

(ニギル……。この世界の『効率』を支配するようなアイテムを、一体どんな奴らが作ってるんだ?)

アスクは、この世界の裏側にある奇妙なシステムの一端に触れたような気がして、わずかな戦慄を覚えた。


ニギルのポーションでMPを全回復したユノーは、あり余る魔力と活力を持て余し、馬車の横を走りながら小斧をビュンビュンと振り回している。

「うおぉぉ! 魔力がみなぎるぜ! なぁアスク、今のオイラなら『リコール』を百連発してもお釣りがくる気がする! ちょっと本気で『スキルの修練』してきてもいいか!?」

「待て待て待て! やめろ、ゆのっち!」

アスクが止めるより早く、トッポの杖がユノーの脳天を正確に叩いた。

「この馬鹿もん! お主、以前にスキルの乱発で制御不能ゾーンに突入して魔力を暴走させ、見境なく暴れてギルドの依頼書まで粉々に切り刻んだことを忘れたか! あの後、ワシがどれほど始末書を書かされたと思っておるんじゃ!」

「い、痛ぇ……! 分かってるよトッポのじいさん、つい調子に乗っちまって……」

ユノーはタンコブを押さえながら、シュンと縮こまった。MPが満タンの時に無理な特訓をすれば、魔力の奔流に意識が飲み込まれ、ゾーンに陥る。それは知力の低いユノーにとっては、強化というより自爆に近い危険な状態だった。

「いいか、ゆのっち、お主の役目は積荷を守ることじゃ。余った魔力は、いざという時の防御のために温存しておけ!」

トッポの説教が続く中、馬車の後部ではアズインがのんびりと海に糸を垂らしていた。

「あ、アスク様。トッポ様たちが賑やかなので、昼飯のおかずでも釣っておきますね」

「おう、頼むよアズイン。……って、それ釣り竿じゃないだろ?」

アスクが見ると、アズインが手にしているのは、その辺に落ちていた枝にタコ糸を括り付けただけの代物だった。さらに針の代わりには、あのマウンテン・ゴブリンとの戦いで拾った、質の悪い「魔石」が適当に結ばれている。

「キュイッ!」

アズインの髪の中から、キューちゃんが「大船に乗ったつもりでいろ」と言わんばかりに胸を張る。

「……まぁ、魔石は魚の好物っていう説もあるけど、針もなしに長靴くらいは釣れるかな」

アスクが苦笑いした、その直後だった。

真っ青な海面が、ドォォォンッ! と爆発したかのように盛り上がった。

「わわっ! すごく重いです! キューちゃん、手伝ってください!」

「キュイイイイッ!!」

アズインが細い腕で必死に枝を支え、キューちゃんがその頭の上で激しく羽ばたく。次の瞬間、海から引き揚げられたのは、太陽の光を浴びてキラキラと輝く一匹の大きな魚だった。

「……お、おい。結構な大物じゃないか」

アスクの目が丸くなる。

そこには、この近海で稀にしか獲れないとされる、美しい銀色のウロコを持つ『白銀鮭シルバー・サーモン』が、魔石を必死に飲み込もうとしてタコ糸に絡まっていた。

市場に出れば、小洒落たレストランのメインディッシュを飾れるくらいの立派な良型だ。さらに、その魚のヒレには、昔の漁師が使い、今では珍しくなった「職人手作りの真鍮しんちゅう製の釣り針」が、おまけのように引っかかっていた。

「アスク様! すっごく立派なお魚さんが釣れました!」

「……アズイン。それは『白銀鮭』だ。身が締まっていて、この辺りじゃ一番の御馳走だよ。その真鍮の針も、今となっては骨董品としての価値がありそうだ……」

「えっ、そうなんですか? でも、お腹が空いたので、みんなで焼いて食べちゃいましょう!」

アズインが無邪気に笑う。

最強の物理アタッカーが反省文に怯え、強運な獣人娘がポイ捨て寸前の魔石ひとつで伝説の巨大魚を釣り上げる。

そんな凸凹なパーティの様子を眺めながら、アスクは「物流の安全性」よりも「仲間の規格外さ」に頭を抱え、しかし同時に「お昼は豪華な食事になりそうだ」と、少しだけ頬を緩ませるのだった。




「幻惑の渓谷」を抜け、街道沿いに流れる清流のほとりで馬車を止めると、一行は少し早めの昼食にすることにした。

アズインが釣り上げた、川の王様とも言える立派な『白銀鮭』を前に、一番に反応したのは意外にもクロエだった。

「これは……いい個体ね。身の張りも、脂の乗りも申し分ないわ」

クロエは銀色の瞳を鋭く光らせると、愛剣ではなく、料理用の細身のナイフを抜き放った。その瞬間、彼女の纏う空気が「守り手」から「熟練の職人」へと切り替わる。

「えっ、クロエ? お前、捌けるのか?」

アスクの問いに答える間もなく、クロエの腕が閃いた。

シュン、シュシュッ、という軽快な音と共に、巨大なサーモンがまたたく間に美しい朱色の切り身になっていく。余計な力みが一切ない、驚くほどの手際の良さだ。観察していたアスクですら、その無駄のないナイフ捌きには舌を巻いた。

「里では、仕留めた獲物を迅速に処理するのも修行の一つだったから。……はい、あとは焼くだけよ」

そこへ、脂の乗ったサーモンが焼ける香ばしい匂いに釣られて、トッポの説教から逃げ出してきたユノーが鼻をヒクヒクさせながら寄ってきた。

「うおぉっ、美味そうじゃねぇか! 姐さん、戦うだけじゃなくて料理もいけるのかよ! そのオレンジ色の身、たまんねぇな!」

「……褒めても、あなたの分が特大になるわけじゃないわよ、ゆのっち」

「へへっ、分かってるって!」

たき火を囲み、皮目はパリッと、身はふっくらと焼き上がったサーモンを口に運ぶ。濃厚な旨味が、疲れ切った五臓六腑に染み渡る。

「……ふぅ。いい休息だ。皆、今回の依頼には感謝しているよ」

串を置いたルークが、穏やかな表情で一行を見渡した。そして、ふと川の先を見つめながら、自身の「野望」を静かに語り始めた。

「皆、今回の依頼には感謝しているよ。おかげで確信が持てた。私はね、新しい『同盟』を立ち上げるつもりだ。……既存の『四大大同盟』に割って入れるような、少数精鋭の組織をね」

「四大大同盟に……? 冗談じゃろ、あやつらは、この世界のルールそのものじゃぞ」

トッポが思わず身を乗り出すと、ルークは不敵に笑って首を振った。

この世界を牛耳る四大組織。その支配力は国家にも匹敵する。そこに少数で挑むというのは、常識で考えれば正気の沙汰ではない。

「ああ。だからこそ、数で競う気はない。私には『鑑定・上級』の能力があってね。……人を見る目だけには自信があるんだ」

「人を見る目?」

クロエが低く問い返す。ルークは頷き、まっすぐに彼女たちの目を見た。

「そう。まだ埋もれている、あるいは開花前の『ランカー』となる才能を見出し、育成する。今回の旅で確信したよ。君たちのような規格外の原石を最高の環境で磨けば、巨大組織すら震撼させる精鋭集団が作れるとね。この『至宝の果実』はそのための軍資金であり、私の『鑑定』が正しいことを証明するための実績なんだ」

「……へぇ。つまりオイラも、その『ランカー』とかいう凄い奴の候補ってことか?」

ユノーがサーモンを飲み込み、期待に目を輝かせる。

「もちろんだ。君の爆発力は、既存の同盟の枠には収まらない」

「……」

クロエは静かに自分の掌を見つめた。里を追われ、ただ己を鍛えるだけだった自分に、そんな大役が務まるのかという戸惑い。だが同時に、自分を信じて「居場所」を作ろうとする男への、かすかな期待が胸に宿る。

アスクは空になった串を眺め、彼の計画の実現性を弾き出す。

(鑑定能力でランカー候補を育成する、か……。つまり、この『事故』だらけのメンバーを選んだのも、偶然じゃなくルークの計算だったってことか)

驚きはあった。だが、それ以上にアスクの胸を打ったのは「必要とされている」という実感だった。ただの荷運び人ではない、未来の組織の要として。

「……なるほど。なら、俺たちはその『ランカー候補』の筆頭ってわけですね」

アスクは少しだけ口角を上げ、立ち上がった。

「ますます、この果実を無傷で届けなきゃいけない。クライアントの夢を壊すのは、物流のプロとして……いえ、将来の仲間として失格ですから」

「ははは! 言ってくれるね、アスク。頼もしいよ」

ルークの野望は、単なる夢物語ではない。その熱意は、確実に一行の心に火をつけていた。

ただの運搬依頼だと思っていた旅。だが今、それは世界を揺るがす新しい勢力の誕生へと繋がり始めていた。

ep.51→ep.56

【ステータスウィンドウ】

アスク

LV:47(ステータスポイント残+8)

AP:50/200(次のLVまで残り3780)

HP:190/320→420

MP:60/280→330

SP:100/100

スキル:

- 短剣・中級、

- 水魔法・上級、

- 探知・中級、

- 潜伏・中級、

- 鑑定・中級、

-アイテムボックス・中級

-エンチャント・中級

-インキュベーター・上級

AV:筋力110→160、体力110→160、敏捷110、器用70→120、知力140→190、精神140

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