52. 西門の邂逅と、交差する視線
先週の土曜日に期日前投票へ行ってきました。20分以上待つことになり、以前はこんなに並ばなかったので、ギリギリの時はこんな感じなのかもしれませんね。帰るときには、さらに長い列ができていました(^◇^;) 次回は混雑していない時に行きたいと思います。
翌朝。朝靄がまだ薄く残る町の西側ゲートへ向かうと、そこには既に一台の堅牢な馬車と、それを取り囲む三人の影があった。
「やあ、おはよう! 時間ぴったりだね、アスク君にアズインちゃん」
ルークが快活な声を上げ、馬車の陰から姿を現した。その背後から、期待と緊張が入り混じった面々が歩み寄ってくる。
「おっ、こいつらが新入りか! オイラはユノー。見ての通りの狂戦士さ。ま、斧を振り回すより、手投げの方が得意なんだけどな! 硬苦しいのは抜きにして、『ゆのっち』って呼んでくれよな!」
快活に笑い飛ばすユノーは、一見するとただのムードメーカーだが、その腰に並ぶ投擲斧の柄は使い込まれ、滑り止めが指の形に馴染んでいる。アスクは、彼が単なる「賑やかし」ではなく、瞬時に間合いを詰める実力者であることを見抜いた。
「……おやおや、これはまた若くて可愛らしいお嬢さんだ。ワシはトッポ。これでも支援魔術の端くれを担当してましてね。よろしく、お願いしますよ」
初老の兎獣人、トッポが穏やかに目を細める。長い耳に混じる白髪は、彼が潜り抜けてきた死線の数を示しているようだった。
「――私はクロエ。魔法戦士だ」
最後に名乗った銀髪のエルフの女性が、一歩前に出た。その瞬間、アスクは背筋に冷たい刃を当てられたような感覚を覚えた。
クロエの灰色の瞳は、アスクの装備ではなく、その「指先」と「呼吸の乱れ」を、透かし見るように凝視している。
「……ルーク。腕利きを連れてくるとは聞いていたが、なるほどな。この男、ただのレンジャーではないな。魔力の練り方が……一度、深い地獄を見てきた者のそれだ」
クロエの言葉に、場が一瞬凍りついた。彼女の観察眼は、アスクが隠そうとしていた「過去の凄惨な経験値」を、一瞬の立ち居振る舞いから嗅ぎ取っていた。
(……鋭いな。エルフの直感か、それとも彼女自身が積んできた修羅場の数か)
アスクは表情を崩さず、その射抜くような視線を真っ向から受け止めた。
以前の自分なら、ここで相手を「警戒すべき対象」としてのみ処理していただろう。だが、隣で不安そうに自分を見つめるアズインに気づいた時、アスクの胸の内には、自分でも驚くほど静かな感情が芽生えていた。
(この者たちは、ルークの『戦友』だ。……ならば、オレが守るべきは荷だけではない)
自分がかつてアズインの「心」を溶かしたように、自分もまた、このパーティという新しい歯車の中に、一人の人間として噛み合おうとしている。冷徹な効率だけでなく、このプロたちの技量に敬意を払い、共に目的地を目指す。それは、アスクにとってかつてない「未知の依頼」だった。
「……アスクだ。レンジャーとしての斥候と、荷のコンディション維持を担当する。君たちの背後は、オレが責任を持って守ろう」
アスクの言葉に含まれた、微かだが確かな「熱」を感じ取ったのか、クロエはふっと視線を和らげ、剣の柄から手を離した。
「いい返答だ。期待しているよ、アスク」
「このトッポとクロエはね、私がこの荷物を初めてからの付き合いなんだ。ゆのっちは同郷でコンビを組んでいる。みんな、信頼できる仲間だよ」
ルークがそう紹介すると、ユノーが早速アズインの元へ歩み寄った。
「アズインちゃん、よろしくな! オイラが道中、退屈させないから安心しな。何かあったらオイラの斧が火を吹くぜ!」
「あ、はいっ! ゆのっちさん、よろしくお願いします!」
アズインも緊張が解けたのか、嬉しく声を弾ませる。トッポが「はっはっは、ゆのっちとは……相変わらず騒々しい。まぁ、賑やかなのは良いことだが」と、ワシら年寄りには眩しいよ、と言いたげに苦笑いした。
アスクは、賑やかに始まった自己紹介を静かに眺めていた。
だが、アスクは冷静に彼らの装備と魔力の質を分析していた。前衛の狂戦士、魔法戦士、支援魔術士。戦闘においてこれ以上の布陣はないが、この「トロピカルフルーツ」という特殊な荷を運ぶには、まだ足りない欠片がある。
(……足跡や風の動きを読むレンジャーとしての斥候能力。そして、刻一刻と変化する果実の魔力を繋ぎ止める水魔法。それが、オレに求められている『意義』か)
どれほど腕の立つ戦士がいても、荷そのものが傷めば商売は破綻する。アスクは自身の役割を改めて反芻し、静かに魔力の波長を馬車の荷台へと向けた。
「よし、挨拶は終わりだ! 行こう、輝かしいフラワーガーデンへ!」
ルークの号令とともに、西門の重い扉がゆっくりと開き始めた。
馬車が石畳を抜け、冬枯れの街道へと差し掛かると、車輪の下で霜柱が「ザリッ、ザリッ」と小気味よく潰れる音が響き始めた。
12月の風は刃物のように鋭く、窓を閉めていても隙間から入り込む冷気が、アズインの鼻先を小さく赤く染めている。
ルークは厚手の外套の襟を立て、白い息を吐きながら、車内に満ちる寒さを吹き飛ばすような熱量で語り始めた。
「さて、アスク。これから向かうフラワーガーデンで積み込むのは、ただの果物じゃない。王都の貴族が喉から手が出るほど欲しがる『能力上昇』の奇跡……名付けて『五種の至宝』だ」
ルークは手袋を脱ぎ、指を一本立てて空中に円を描いた。
「まずは、『運気アップのぷるぷるマンゴー』だ。こいつは常に周囲の幸運値を吸い込んで振動している。箱を開ければ、冬の寒さを忘れさせるような完熟した香りと共に『ぷるん、ぷるん』と、心臓の鼓動のような音が聞こえてくるはずだ。凍った指先でも、その弾力に触れれば運命すら跳ね返せる気がしてくるのさ」
「わぁ……こんなに寒いのに、マンゴーが動くなんて不思議ですね」
アズインが白い息を吐きながら笑うと、隣で毛布にくるまっていたトッポが、長い耳をパタパタと動かして応じた。
「はっはっは。お嬢さん、あれは口の中で暴れるのが醍醐味なんじゃよ。ワシのような年寄りには、あの瑞々しい躍動感は、冬の朝の焚き火より眩しく見えるわい」
「次に、『知力アップの涙のライチ』だ」
ルークは二本目の指を立て、少し声を潜めた。
「皮を剥けば、冬の月光を閉じ込めたような真珠色の実が現れる。その冷気は12月の外気よりも鋭く指先を痺れさせ、喉を通る瞬間に脳が極北の氷河のごとく研ぎ澄まされる感覚がする。……ただ、あまりの賢明さに、三時間は『人生とは何か』なんて哲学的なことしか考えられなくなるがね」
「……脳を強制冷却して演算速度を上げるのか。冬場にはいささか冷えそうだが、魔力回路の負荷対策には有効だな」
アスクが淡々と分析すると、クロエがわずかに口角を上げ、霜の降りた窓の外を見つめたまま言った。
「実用性しか考えないのだな、君は。……だが、あのライチの香りは悪くない。雪解け水で冷やした白ワインのような、清涼な芳香だ」
「そして、この季節には最高の『体力アップの発熱するグァバ』!」
ルークが熱っぽく語を強める。
「こいつは凄いぞ。箱越しでも12月の寒さを溶かすほどの熱量を感じる。食べれば全身の血管が沸騰するような活力が湧き、吹雪の中でも汗をかくほどの熱い衝撃が走るのさ」
「オイラのイチオシは、『筋力アップのクレイジーバナナ』だぜ!」
ユノーが自慢の腕をさすりながら笑った。
「皮を剥いた瞬間、魔力がバチバチと冬の静電気みたいに火花を散らすんだ! 実が『ミシッ……』と筋肉みたいに硬直する音がして、食うには岩を噛み砕くような覚悟がいる。だが、飲み込めばその瞬間、冬眠中の熊を叩き起こして投げ飛ばせる気がしてくるんだ!」
「最後は、『器用アップのパパパ・パパイヤ』だ」
ルークが締めくくった。
「濃厚な甘みが舌に乗った瞬間、かじかんだ指先の細胞一つ一つが目覚める。舞い散る粉雪の数さえ数えられるほど感覚が鋭くなるんだ。名前の由来は、あまりの感度の良さに、指が勝手に『パパパッ!』と超高速で動いてしまうからだと言われているよ」
ルークは一度言葉を切り、灰色の冬空の下で、そこだけが春のように虹色の霞を纏っている丘を指差した。
「見てごらん。あそこが『フラワーガーデン』だ。大地の魔力が噴水のように噴き出している特異点さ。12月の厳冬ですら、あの庭の熱量には勝てない。空気は甘く、重く、吸い込むだけで肺が痺れる。そんな異常な環境だからこそ、こんな『異常な果実』が育つのさ」
アスクは、窓から流れ込む風に混じる、場違いなほどの暖気を感じ取った。
枯れ木ばかりの街道の先に、突如として現れる極彩色の花々の海。
「……なるほど。土地そのものが魔力の坩堝か。12月の外気に触れた瞬間、果実たちが温度差と魔力不足で自壊を始めるというのも頷ける。オレの仕事は、あの庭の『狂った環境』を、冬の馬車の中に閉じ込め続けることだな」
「その通り! さあ、プロフェッショナルな仕事の時間だ」
ルークの快活な号令と共に、馬車は冬の寒さを切り裂き、眩い光を放つ常春の楽園へと、ゆっくりと舵を切った。
「……あれが、フラワーガーデンか」
アスクが思わず呟いた。
丘の向こう、西側を見下ろすと、そこには見渡す限りの黄金色が広がっている。吹き荒れる熱風が砂を巻き上げ、12月の冷気とぶつかって陽炎を生んでいる。不毛の「砂漠地帯」だ。
アズインは初めて見る砂漠の広大さと、目の前の花々のコントラストに、言葉を忘れて立ち尽くしていた。
「不思議な光景だろ? この丘を境に、東は冬、西は熱砂。そしてその狭間に、魔力の噴出による常春の庭がある」
ルークが御者台から目を細める。スカラーズ・レストの宿で聞いた「砂漠から流れてくる熱気が魔力と混ざり合う」という話は、この極端な対比を指していたわけだ。
ガーデンの中では、数体の作業用ゴーレムが、その鈍重な腕を驚くほど繊細に動かし、果実を一つずつ収穫していた。
「収穫と封印の儀式には丸一日かかる。出発は明日だ。今夜はここで、最も贅沢な前祝いをしようじゃないか」
その夜、ガーデンの端にある管理小屋で、ルークが「輸送に耐えられない、熟れすぎた個体」をいくつか切り分けた。
「さあ、遠慮はいらない! 好きなのを食べてみてくれ」
まず手を伸ばしたのはユノーだ。『筋力アップのクレイジーバナナ』を手に取る。
「よし、オイラはこれだ! ……うおっ、皮を剥いただけで腕の筋肉が脈打ってやがる! いただきまーす!」
バナナを噛み砕く「ゴリッ」という果物らしからぬ音が響き、直後、ユノーの全身の血管が浮き出た。「うおぉぉ! 力が、力が溢れてくるぜ!」と叫びながら、彼は近くの巨大な岩を軽々と持ち上げて見せた。
「ワシはこれにしようかのう」
トッポは『知力アップの涙のライチ』を口に運びます。一口噛んだ瞬間、彼の長い耳がピンと直立し、瞳に冷徹な知性が宿った。
「……なるほど。この世の事象はすべて等価交換の連鎖であり、我々の存在自体が宇宙の呼吸の一部に過ぎん。アスク、君の魔力構成の非効率性を数式化して説明しても良いかな?」
「トッポ、哲学が始まってるわよ」
クロエが呆れたように笑いながら、『体力アップの発熱するグァバ』を手に取った。
「私はこれね。……ん、熱い。全身の細胞が沸騰するようだわ」
一口食べると、彼女の白い肌が朱に染まり、纏う魔力が陽炎のように揺らぎ始める。12月の寒風など、彼女の周囲には届きもしない。
一方、アズインはルークから差し出された『ぷるぷるマンゴー』と格闘していた。実が「ぷるんっ」と器用に逃げ回る。
「あっ、待って! ……あむっ。……わぁ、甘い! 太陽をそのまま溶かしたみたいです!」ようやく実を捕らえて飲み込んだ瞬間、彼女の全身を一瞬だけ黄金の光が包み込んだ。
「わぁ、身体がとっても軽いです! なんだか、これから何が起きても大丈夫な気がします!」
彼女が笑った直後、窓の外を巨大な火球のような流れ星が横切った。それだけではない。小屋の古びた扉の立て付けが偶然にも直り、暖炉の火が最高の火加減で安定する。
(……単なる幸運、というレベルではないな)
彼女の持つ獣人族としての直感が、マンゴーによって「運命の最適解」を引き寄せる異能へと変質し始めている。これからの旅路、絶体絶命の局面で彼女が振るう一撃が、どれほどの奇跡を呼ぶことになるのか。アスクは末恐ろしさすら感じていた。
最後に、アスクは『器用アップのパパパ・パパイヤ』を手に取った。
濃厚な甘みが舌に乗った瞬間、指先の神経が一本ずつ独立した意志を持ったかのように目覚めた。
(……これだ。この精度なら、二つの異なる温度帯を同時に封じ込める)
アスクは実験的に指を動かしてみた。視覚で捉えるよりも早く、指先が空間に魔法文字を刻んでいく。残像が見えるほどの速度――「パパパッ!」と空を打つ指の動きに、ルークが「まさにパパイヤの面目躍如だな」と愉快そうに笑った。
12月の冷たい夜風が外で吹いていることを忘れるほど、小屋の中は果実の熱気と仲間の活気に満ちていた。
「明日はこの至宝を、王都まで守り抜く。……この力、決して賊や魔物に渡すわけにはいかないな」
パパイヤによって研ぎ澄まされた指先で、アスクは静かに魔力の波長を調整した。アズインが引き寄せる「運」と、アスクが構築する「精密な理」。
この二つが合わされば、どんな困難な搬送路だろうと、切り拓けるはずだと考えていた。
今回、フラワーガーデンの「至宝」を口にしたことで、アスクの能力値は以下のように更新されました。
• 筋力: +50
• 体力: +50
• 器用: +50
• 知力: +50
• 運 : + \ ? (※測定不能、あるいはアズインの幸運に依存)
【設定解説:世界観における果実の効能】
この世界の住人がこれらの果実を初めて食べた場合、上昇する能力値は「本人の現在の年齢分」となるのが一般的です(例:20歳なら各ステータス +20)。それ以降は、年に一度の収穫期に食べたとしても、ごく微増する程度に留まります。
しかし、アスクは「異世界人」としての特異な魂の構造を持っており、システム上のリミッターが外れています。その結果、初食にして年齢による制限を遥かに超える +50 という驚異的な上昇幅を叩き出しました。
特に、パパイヤによって底上げされた「器用:+50」は、今後の精密な魔法付与やエンチャントにおいて決定的な役割を果たすことになります。




