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48.旅路の白湯

三連休最終日となりました。少し早めの投稿です。

街道を進むにつれ、周囲の景色は広葉樹の林から、天を突くような巨木の群れへと姿を変えていった。そこは、かやの木が密生する深い森だ。


「……独特な香りがしますね。少しツンとして、でも落ち着くような」

アズインが鼻をひくつかせながら、周囲を見渡す。


冷たく澄んだ冬の空気に混じり、榧の実が放つ特有の強く鋭い香りが漂っていた。それは、この地域の人々にとっては冬の訪れを告げる、生活の香りでもあった。


「グリーン・ハースだ。木こりや猟師たちが、この榧の恵みで生計を立てている村がある。ポート・マーリスへの補給地点として選んだ」

アスクは周囲の地形を観察しながら、一定のペースで歩みを進める。


街道を覆う榧の巨木が、冬の薄い陽光を分断して格子状の影を落としている。アスクは歩調を緩めず、冷徹な瞳の奥で【探知】を展開した。


「……アズイン」

「はい、アスク様。……風、右から。榧の根の隙間、三箇所に嫌な『湿り気』があります」

アズインがアズインが濡れた鼻先を震わせ、微かな血生臭さと体温を嗅ぎ分け、獣人特有の鋭い【五感】で敵の正確な位置を特定する。彼女はアスクより一歩下がり、主人が魔法を放つのに最適な空間を空けつつ、いざという時にその身を盾にできるよう重心を低くした。

「三か。想定の範囲内だ」

アスクが右手をかざす。彼がザントとの滞在中に心血を注いだのは、攻撃手段としての【水魔法】の練磨だった。

「水よ、凍てつき、穿て」

詠唱と魔力を集束していく【氷の指弾アイス・バレット】が、発動する。空中の水分が瞬時に圧縮され、鋭利な氷の針へと姿を変えた。

カサリ、と落ち葉が跳ね、ニードル・ラットが三匹同時に飛び出した。獲物の喉元を狙うネズミの跳躍。だが、アスクの指先から放たれた氷弾は、それよりも遥かに速かった。

シュパッ、と空気を切り裂く鋭い音が三連続で響く。


修行によって弾速を高めた氷弾は、ネズミたちが針を逆立てる隙すら与えず、その眉間を正確に撃ち抜いた。獲物は空中で物言わぬ肉の塊と化し、湿った地面に転がる。

「お見事です、アスク様。魔法の起動速度、以前よりさらに鋭くなっておられます」

アズインが素早く駆け寄り、主人の戦果を確認する。

「……一撃で脳幹を破壊したか。水魔法の収束効率を上げた甲斐があったな」

アスクは無造作に手を下ろすが、アズインは主人の指先が魔法の余冷でわずかに赤くなっているのを見逃さなかった。彼はすぐさま自分の懐から温かい布を取り出し、ひざまずくようにしてアスクの手に触れる許可を待つ。

「アスク様、お指が冷えておいでです。次の獲物が出る前に、少しでも温めさせてください。差し出がましいこととは存じますが……」

「……構わん。お前の索敵のおかげで、無駄な魔力を使わずに済んだ。次を急ぐぞ」

「はい。全てはアスク様のご計画通りに」

アズインは愛おしそうに主人の手を包み込み、温もりが伝わったのを確認すると、すぐに立ち上がって周囲の警戒に戻った。


二度目の遭遇は、街道が大きく曲がり、視界が榧の密集した枝に遮られた場所だった。

「アスク様、上です」

アズインの声と同時に、アスクの【探知】に頭上からの反応が走る。

榧の枝から、三匹のニードル・ラットが弾丸のように自由落下してきた。アスクは動じず、頭上へ右手をかざす。

「水よ、硬く凍れ」

最短の詠唱。放たれた氷弾が、空中で一匹の頭部を粉砕した。

だが、残る二匹は散開して着地し、死角からアスクの足元へ肉薄する。アスクが次弾を放つよりも速く、アズインの剣が鞘を走った。

「アスク様には、触れさせません……!」

抜き放たれた白刃が、冬の淡い光を反射して弧を描く。

一匹のネズミが逆立てた針を、アズインは剣の腹で受け流すと同時に、流れるような動作でその首を撥ね飛ばした。

もう一匹がアスクの背後から跳躍する。

アスクは振り返ることさえしない。アズインが空中で身を翻し、一閃。斬撃はネズミの針の鎧を割り、一刀の下に両断した。

「仕留めろ、アズイン」

「御意……っ!」

体勢を崩した最後の一匹を、アズインの剣先が正確に突き抜く。

呼吸を合わせる必要すらない。アスクの精密な魔法と、アズインの献身的な肉弾戦。それは奴隷と主人という関係を超えた、残酷なまでに効率的な掃討劇だった。

数回の遭遇を経て、ニードル・ラットの群れを完全に排除した頃、二人は街道沿いにある、倒木を利用した小さな休憩所に辿り着いた。


アスクは探知スキルで周囲の安全を確認すると、短く息を吐いた。

グリーン・ハースへの道のりも半ばに差し掛かった頃、アスクは街道脇の苔生した切り株を見つけ、不意に足を止めた。

「アズイン、休憩だ。一度リセットする」

「あ、はい! でも私、これくらいは平気ですよ? アスク様の歩調を乱すわけにはまいりません」

アズインはふさふさの尻尾を元気に揺らして微笑んだ。主人のために道を開き、剣を振るう充足感が、彼女に疲れを忘れさせていたのだ。だが、アスクの眼差しは彼女のわずかに赤くなった鼻先と、寒さで微かに震えた指先を逃さなかった。


(……表面温度は維持されているが、呼吸が浅い。獣人の強靭な体力に甘んじて、彼女は自分の限界を後回しにする傾向がある。それは「計算」以前の問題だ。俺が管理しなければ、このバカ正直な守護者はボロボロになるまで突っ走り続けるだろう)


アスクは無機質な声音のまま、アズインの言葉を遮るように命じた。

「……却下だ。お前のパフォーマンスの低下は、行軍効率の低下に直結する。座れ」

「は、はい……! 失礼いたします、アスク様」


アスクは無言のまま、アイテムボックスから二つの金属製マグカップを取り出した。彼は自身の【水魔法】を応用し、指先にわずかな魔力を集めた。氷弾を作る時とは逆の、熱を閉じ込めるための制御。ザントとの修行で得た「分子振動」のイメージを、ただ一点、アズインの体温を優しく持ち上げるためだけに収束させた。瞬く間に、カップから適度な湯気が立ち上る。

熱すぎず、冷めにくい。彼女が一口飲んだ瞬間に、凍えた喉が一番喜ぶ温度。

「飲んでみろ。獣人とはいえ、冬の冷気を吸い込み続ければ内臓から冷える。……体内の熱効率を下げれば、不意の戦闘で反応がコンマ数秒遅れる。その一瞬の遅滞で、お前に傷一つでもつくような事態は、俺の計画には存在しない」

ぶっきらぼうに差し出されたマグカップ。アズインはそれを両手で包むように受け取った。

指先からじんわりと伝わる温かさは、冬の森を歩いて無意識に強張っていた身体だけでなく、心まで解きほぐしていく。

「……温かい。ありがとうございます、アスク様」

アズインはふーふーと息を吹きかけ、一口ずつ大切に白湯を啜った。

アスクは「計算通りだ」とでも言いたげな無表情で、自身の分を喉に流し込んでいる。だが、その視線はアズインの頬に赤みが戻るのを、まるで宝物を検品するかのような慎重さで見守っていた。


(理屈はどうでもいい。こいつが寒さに顔を顰めているのは、俺の美学に反する。……この温もりが、少しでも長くこいつの中に留まればいい)


アスクは自嘲気味にそう思う。効率主義という盾の裏側で、彼はアズインが漏らす小さな吐息一つに、誰よりも敏感に反応していた。


(アスク様はいつも、理屈で隠して私を気遣ってくれる……。本当は、私に風邪を引いてほしくないだけなんだって、わかってますよ?)


榧の香りが漂う冷たい風の中で、アズインはアスクの横顔を見つめ、マグカップ越しに幸せそうな笑みをこぼした。

アスクの不器用な献身が、より鮮明になりました。


アスクの肩に乗っていたキューちゃんはというと、羽をパタパタと小刻みに震わせていた。

「キュ、キュイッ! キュ~♪」

「キューちゃん、なんだかすごく嬉しそうですね」

アズインが微笑むと、キューちゃんはアスクの肩を蹴って、空中に舞い上がった。

榧の木は、古来より「精霊の拠り所」とされる。その実は油分と魔力を豊富に含んでおり、キューちゃんのような精霊獣にとっては最高のサプリメントのようなものだ。キューちゃんは榧の枝の間を縫うように飛び回り、時折、完熟して落ちた実を器用に嘴でキャッチしては、幸せそうに頬張っている。


休憩を終え、再び歩き出した二人の前に、ようやくグリーン・ハースの家々が見えてきた。

民家の煙突からは榧の薪を燃やす青白い煙が立ち上り、冬特有の強い香りが一段と濃くなる。

「ここがグリーン・ハースだ。今日はここで一泊し、この先の街道の状況を猟師たちから聞き出すぞ」

「はい、アスク様! 次の白湯の時は、私が榧の実を煎ってお茶にしてみますね!」

アスクはにっこりと笑い、ただ短く「……期待しておく」と答え、村の入り口へと足を踏み入れた。

榧の香る村、グリーン・ハースに到着した。



■■■情報収集と榧の森の噂■■■

榧の香りに満ちたグリーン・ハースの村に入ると、アスクは迷わず村の中央にある宿屋「榧の木亭」へと向かった。


宿の酒場には、一日の仕事を終えた猟師や木こりたちが集まっていた。アスクは大銀貨を崩した小銭でエールと榧の実の塩煎りを注文し、さりげなく隣のテーブルの猟師たちに声をかけた。

「南の街道の様子はどうだ。ポート・マーリスへ向かうつもりなんだが」

猟師の一人が、榧の香りが染み付いた髭を撫でながら顔をしかめた。

「あんた、運が悪いな。最近、東の街道には『霧の魔物』が出るっていう噂だ。それもただの霧じゃない、水神碑のあたりから溢れ出した不浄な魔力が、街道を塞いでるらしい」

アズインが不安そうにアスクを見つめる。

「水神碑……。この近くにある、水を司る精霊を祀った古い石碑ですね?」

「ああ。昔は旅人の安全を守る祈りの場だったんだが、今は近寄る者もいない。あそこの魔力のバランスが崩れてから、街道は湿った霧に包まれ、視界を奪われた旅人が魔物に襲われる事件が相次いでるんだ」

アスクは淡々とその情報を「データ」として処理した。

「……なるほど。街道を塞ぐ霧の正体、そしてその発生源。攻略の障害を排除する必要があるな」


翌朝、不浄な霧に包まれた「水神碑」へ向かった際も、キューちゃんは重要な役割を果たした。

石碑から溢れる魔力は、本来なら清浄なはずの榧の森を汚し、淀ませていた。

「キュゥ……」

キューちゃんの瞳が、ザントの時とは違う、真剣な輝きを放つ。彼はアスクの頭の上に陣取ると、小さな羽を広げ、周囲の「淀んだ魔力」を吸い込み、浄化して自身の魔力へと変換し始めた。

「……助かる、キュー」



アスクが放った水魔法『蒸気』が不浄を吹き飛ばし、洗い流した瞬間。

キューちゃんもまた、その膨大な魔力の奔流を間近で浴びたことで、小さな体に変化が起きた。

霧が晴れた後の清浄な静寂の中。

アスクの頭に戻ってきたキューちゃんは、その羽の一部が、榧の若葉のような鮮やかに輝いていた。

「キュピィ!」

「キューちゃん……なんだか、前よりもツヤツヤして、少しだけ大きくなった気がします」

アズインが驚いて指を差し出すと、キューちゃんは得意げに胸を張り、アスクの髪を優しく嘴で整えた。

「精霊獣は、主の魔力の進化に共鳴する。こいつも俺と一緒に、この森で『上級』への階段を一段登ったようだな」

アスクは、より一層知性を増した瞳で見つめてくる相棒に、わずかに口角を上げた。

榧の香りが風に乗り、浄化された森が二人(と一羽)を祝福するようにざわめく。

「よし、行くぞ。キュー、上空からの索敵を頼む」

「キュイッ!」

最強の魔法と、さらに成長した相棒。

二人は一丸となって、ポート・マーリスへの街道を突き進んでいく。

水神碑のイベントを経て、キューちゃんもパワーアップしました!


【ログ:水魔法の熟練度が最大値に達しました。スキル『水魔法:上級』へと進化しました】


ミッション達成

・魔法レベル上級を習得した(知力+20、精神+20)


ep.45→ep.48

【ステータスウィンドウ】

アスク

LV:46(ステータスポイント残+5)

AP:0/200(次のLVまで残り660)

HP:290/320

MP:200/240+40

SP:100/90+10

スキル:

- 短剣・中級、

- 水魔法・中級→上級、

- 探知・中級、

- 潜伏・中級、

- 鑑定・中級、

-アイテムボックス・中級

-エンチャント・中級

-インキュベーター・上級

AV:筋力110、体力110、敏捷110、器用70、知力120+20、精神120+20

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