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47.ザントの企み

あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。

今年もこっそり投稿で、なるべく物語を進めておきたいと思います。

実家に帰ったときにネタ帳を忘れて投稿ができず、以前の文章を改稿していました…(^◇^;)

修行用の離れを貸し与えたザントは、夜の帳が下りると同時に、元A級の隠密スキルをフル稼働させた。

「ヒッヒッヒ……やはりなまに限る……。若い二人が疲れを癒やし、情熱的に愛を語らう『夜のハッスルタイム』。ワシの枯れかけた魔力の源にさせてもらうぞ!」

ザントは音もなく窓辺ににじり寄り、鎧戸の隙間に目を凝らした。

だが、視線の先にあったのは、アスクが床に魔導書を広げ、アズインに「水魔法における熱力学の基礎」を淡々と講義している光景だった。

「……講義!? 寝る前のひと時に、なぜ勉強会が始まるんじゃ! お主、もっとこう、ムードというものを……!」

結局、二人は一時間ほどで講義を終えると、それぞれ向かい合った位置に敷いた寝袋に入り、瞬く間に健やかな寝息を立て始めた。




「今日こそは。二日目の夜は理性が緩むものじゃ!」

ザントは再び窓の外、茂みに身を潜めていた。

部屋の明かりが消え、期待に胸を膨らませるザント。しかし、アスクは眠る直前、窓の外の気配を察知したかのように、無造作に窓際へ近づいた。

「(来たか……!)」とザントが身構えた瞬間、アスクは窓の隙間に「内側から厚手の遮光布」を釘で打ち付けた。

「……布!? 覗き対策ではなく、ただ『朝日が眩しいから』という理由で打ち付けただと!? お主、ワシの視線を遮る天才か!」


三日目も同様だった。アズインが「アスク様、少しお話ししませんか?」と誘っても、アスクは「今は蒸気の圧力調整の方が重要だ」と切り捨て、魔法のイメージトレーニングに明け暮れた。そこには一欠片の色気も入り込む余地はなかった。




ついに一週間の修行が幕を閉じる夜。ザントは意を決し、窓ではなく屋根裏から覗こうと試みた。

「頼む……一度でいい。若さゆえの過ちを……ワシに活力を……!」

しかし、屋根裏への侵入経路には、いつの間にかアスクが設置した「邪心を検知すると鳴る鈴」が仕掛けられていた。

『チリン!』と涼やかな音が響くたび、アスクが寝袋の中で片目を開け、冷徹な魔力を周囲に放つ。ザントは恐怖で身を竦ませ、一歩も動けぬまま夜を明かした。

窓の向こうで、アスクはアズインの尻尾を毛繕いしてやる(アズインは非常に満足そうだったが)という、極めて健全かつ微温い交流を数分行っただけで、そのまま深い眠りについた。

「…………嘘じゃろ……」

翌朝。修行を完璧に終え、「蒸気魔法」を習得したアスクが、スッキリとした顔でザントの前に現れた。

「ザント殿、感謝する。おかげで魔法の真髄が見えた。これでお別れだ」

アズインも新調した装備を整え、清々しい笑顔で挨拶をする。

「ザント様、一週間お世話になりました! 私も、水魔法を良く理解できた気がします!」

対するザントは、目の下に深いクマを作り、頬がこけ、まるで十数年も老化を早めたような姿で立ち尽くしていた。

「……ハッスル、しなかった……。窓を覗き続けたワシの情熱は……お主らの若さは……何だったんじゃ……」


絶望に打ちひしがれていたはずのザントが、窓枠から離れ、静かに口を開いた。その声には、先ほどまでのふざけた響きは一切なかった。

「……若いの。お主が効率を重んじ、夜も無駄に動かず、己を律する理由はわかっておる。だが、一つだけ覚えておけ。冒険において、最も効率を乱すのは『予期せぬ死』じゃ」

ザントの視線は、遠く南にある港町ポート・マーリスの方角へ向けられていた。

「ワシがなぜ現役を退き、こんな場所で隠居して若い娘を追い回しておるか、不思議に思ったことはないか?」

アスクは足を止め、無言で先を促した。

「……かつてワシは、ポート・マーリスの深層ダンジョンに挑んだ。最高のパーティ、最強の仲間たちと共にな。じゃが、そこには計算も理屈も通じぬ『魔』が潜んでおった」

ザントの手が、わずかに震えた。

「ワシのミスじゃった。一瞬の判断の遅れで、仲間は次々と斃れた。……最後に残ったのは、アズインちゃんくらいの歳の、まだ未来ある魔法使いの女の子じゃった。ワシは彼女を助けられなかった。……いや、恐怖で足がすくみ、手を伸ばすことすらできなかったんじゃ」

ザントは自嘲気味に笑い、深い皺の刻まれた顔を歪めた。

「それ以来、ワシはダンジョンが、死の匂いが怖くてたまらなくなった。……今のワシの醜態は、あの日救えなかった命への戒めであり、恐怖から逃げるための仮面よ」


ザントはアズインを真っ直ぐに見つめた。

その瞳には、ふざけた好色じいさんの面影はない。かつての戦友を想うような、悲しくも温かい光が、深い皺の奥で静かに揺らめいていた。


「アズインちゃん。お主のあるじは優秀じゃが、時に理屈が勝ちすぎる。もし、あやつが道を見失いそうになったら……その時は、お主がその手を取ってやれ」

塔の庭に植えられた、枯れかけた古木が風に揺れて、カサカサと乾いた音を立てる。ザントは遠い過去の幻影を振り払うように、一度だけ力強く頷いた。

「……ワシのように、後悔だけで余生を過ごすことのないようにな」


重い沈黙が場を支配する。アズインは胸に手を当て、指先に伝わる自分の鼓動を確かめるように、真剣な表情で頷いた。

「……はい。ザント様の言葉、忘れません。私が、アスク様を支えます。何があっても」

アスクはその様子を、黙って見つめていた。

感情を排した効率主義を自称する彼にとって、元A級が語る「実体験」は、既存の攻略本には記されていない異質な重みを持っていた。それは理論上の数値ではなく、血の通った人間だけが遺せる、痛切な警告という名の遺産だった。


「……肝に銘じておく。ザント殿、世話になった」

アスクは短く告げると、一歩前に進み出た。そして、これまでの感謝と、かつての英雄への敬意を込め、一度だけ深く会釈をして塔の門をくぐった。

「ヒッヒッヒ……湿っぽくなったのう! さあ行け! さっさと行って、ポート・マーリスの大型ダンジョンに揉まれてくるがいい!」

背後から、いつもの不謹慎で騒がしい声が投げかけられる。

「次に会う時は、アズインちゃんを泣かせた報告でも持ってくるんじゃぞ! そしたらワシがたっぷり慰めてやるからのう!」

強がりの混じったその声が、わずかに震えているのを、アスクは聞き逃さなかった。振り返ることはしなかったが、アスクの背中にはその震えさえも、新たな「覚悟」として刻み込まれた。

朝日が、塔の長い影を街道へと伸ばしている。

眩い光を全身に浴びながら、二人はウェストゲートの街道を、潮の香りが微かに混じる南の方角へと、力強く歩き出した。


物語は新天地、港町ポート・マーリスへ向けて動き出す!

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