42. 最初のクエスト
水神碑を後にしたアスクとアズインは、町の喧騒の中心にある冒険者ギルドへと向かった。
ギルドの中は、若手の冒険者たちが溢れ、熱気に満ちていた。
「すごい活気ですね、アスク様」アズインは小さな声で言った。
アスクは周囲を見渡す。
(なるほど。若手の冒険者が多い。この様子だと、町の周辺は危険度が高まっているか、あるいは報酬に目が眩んだ新参者で溢れているか、どちらかだ)
アスクは、ホールの一角に設置されたクエスト掲示板の前に立った。
掲示板には、なかなか達成できていないクエストが多く、それに伴い報奨金が青文字で上書きされ、跳ね上がっているものが目立った。
(報酬は魅力的だが、リスクを天秤にかける必要がある。いきなり戦闘に持ち込むのは得策ではない。ここはオレの戦略と、アズインの特殊能力を最大限に活かせるものを選ぶ)
アスクの視線は、いくつかの動物系の探索依頼に絞られた。彼は、アズインが持つ獣人族としての動物との親和性と、ポケットの中で眠るキューちゃんの異質な精霊獣としての能力を計算に入れた。
「これだ、アズイン」
アスクが指差したのは、上書き報酬によって、もはや初級クエストとは思えない額が記された一枚の依頼書だった。
【依頼:フクロウ精霊獣の捜索と捕獲】
場所: スカラーズ・レスト北の「水辺の公園」
難易度: E(達成困難につき、現在C級相当)
内容: 特殊な能力を持つフクロウ型の精霊獣が、魔法使いの家から行方不明となってしまった。そのフクロウは体を透明化させる能力を持つため、発見が極めて困難。痕跡を頼りに捜索し、生け捕りにすること。
報酬: 大銀貨50枚(初期報酬より大幅増額)
名声:150
アズインは依頼内容を読んで息をのんだ。「透明化ですか……しかも魔法使いの飼いならした精霊獣。難しそうです」
「ああ。だが、この依頼はオレたちが持つ特殊な能力を試すには絶好の機会だ」アスクは冷静だった。
「透明化は、人間の視覚を欺く能力にすぎない。フクロウは動物だ。アズイン、お前の動物との会話のスキルを使えば、そのフクロウが残した匂いや、近くにいた他の動物たちから情報を聞き出せるはずだ」
アスクはさらに、胸ポケットのキューちゃんを軽く叩いた。
「そして、キューちゃんも、精霊獣として通常の鳥には見えない何かを見ているかもしれない。空から索敵させれば、透明化能力の隙間を突ける可能性がある」
アスクは、ゲームのセオリー通り、一見難しく見えるが手持ちのパーティスキルで突破できるクエストを選んだことに満足した。
彼は掲示板から依頼書を剥がし取り、受付カウンターへと向かった。
カウンターには、年配の女性職員が座っていた。
「この依頼を受領したい」アスクは依頼書と、エコロアで発行された冒険者身分証を差し出した。
職員は依頼書と身分証を照合し、頷いた。「エコロアでFランクとして登録されていますね。現在の名声はゼロ。確認しました」
職員は依頼書を一瞥し、顔を上げた。「これは『フクロウ精霊獣の捜索』です。難易度が上がっており、多くの冒険者が失敗しています。本当にこの二人組で挑戦されますか?」
「ああ。問題ない」アスクは即答した。
(オレの目標はSランクだ。Fランクのままでいるつもりはない。とにかく早く、この町の最高ランクの冒険者になるための足がかりを掴まなければならない)アスクは心の中で決意を新たにした。
職員は神妙な面持ちで警告した。「クエストの成功報酬は、大銀貨50枚と名声150です。高額ですが、生け捕りが条件です。失敗すれば名声は下がりませんが、二度とこの依頼は受けられませんよ」
アスクは淡々と返答した。「承知した」
手続きを終えてカウンターを離れると、アスクはアズインに小さく囁いた。「よし。これで正式に仕事が始まった。まずは資金を確保する。そして、この名声150を、次のランクへのステップにする」
二人はギルドを出て、すぐに最初の目的地である「依頼主の魔法使いの家」へ向かった。歩きながら、アスクは作戦を立てる。
「フクロウの精霊獣が逃げ込んだのは、町の北にある『水辺の公園』。元は魔法使いの飼い精霊獣だ。恐らく、透明化の能力を最大限に活かせる場所か、逃げやすい場所を選んだのだろう。人間の視覚は役に立たない」
アスクは、胸ポケットで眠るキューちゃんをそっと取り出した。
「作戦はこうだ。まず依頼主である魔法使いの家を訪ねる。精霊獣の習性や、透明化の能力の弱点を詳しく聞き出す。その情報と、キューちゃんの異質な視覚、アズインの動物会話のコンビネーションで索敵する」
アズインは緊張しながら頷いた。「はい。私とキューちゃんで、精霊獣を見つけます」
アスクはキューちゃんを手のひらに乗せ、優しく話しかけた。「キュー。お前の出番だ。お前には透明なものが見えるかもしれない。アズインの言葉をよく聞くんだ」
キューちゃんは「キュゥ」と短く鳴き、小さな翼を羽ばたかせた。
(「オレ」は、後方から周囲の警戒と、水魔法を使った間接的な支援に回る。戦闘能力はまだ低い。まずは情報戦と特殊スキルで確実にクエストをクリアする)
アスクの目には、既に成功への道筋が見えていた。
■■■スケベ魔法使いと情報戦■■■
アスクとアズインは、町の外れにある、蔦の絡まった大きな塔のような建物を見つけた。これが、フクロウ精霊獣の依頼主、魔法使いの住居のようだ。
アスクが重い木製のドアをノックすると、すぐに内側から鎖が外される音がし、小柄で白髪の老魔法使いが顔を出した。彼の名前はザント。くたびれたローブを着て、鼻の先には丸い眼鏡をかけている。
ザントは、アスクを一瞥すると、すぐにその視線をアズインに向けた。アズインのすらりとした体躯と、獣人族特有の凛とした美しさを見た瞬間、ザントの眼鏡の奥の瞳がキラリと光った。
「おお、これはこれは! ギルドから派遣された冒険者かね。若いのう、そして……美人じゃのう!」
ザントは満面の笑みを浮かべ、あからさまにアズインを上から下まで眺めた。アズインは警戒し、アスクの後ろに身を寄せた。
「依頼を受けました、アスクと言います。こちらの相棒はアズインです」アスクは冷静に、ザントの行動を無視して用件を切り出した。「精霊獣について、詳細をお聞きしたい」
「ふむ、冷静な若者じゃ。名は覚えたぞ、アズインちゃん」ザントはにやにやしながら言ったが、アスクの冷たい視線を感じ、咳払いをした。「まあ、上がれ。お茶でも飲んでいくと良い」
薄暗い居間には、古びた魔法具や書物が所狭しと並んでいた。アズインが警戒しつつも椅子に座るのを待って、アスクも向き合った。
「さっそくですが、透明フクロウについて教えてください。透明化能力には何か制限がありますか? また、彼の習性は?」
アスクの切り出し方は、魔法使いのザントに、彼がただのFランクではないことを悟らせるには十分だった。ザントは真面目な顔に戻り、顎鬚を撫でた。
「うむ。さすがはギルドの人間よ、本質を突いてくる。あのフクロウ、名を『ステルス』という。透明化は、水辺や湿気の多い場所では特に強力になる。今回の水辺の公園に逃げ込んだのもそのためじゃろう」
「弱点は?」アスクは尋ねた。
「弱点か……完璧な透明化ではないことじゃ。光を屈折させているだけで、微細な空気の歪みや、魔力を集中させれば『霊気』のような残光が見えることがある。じゃが、普通の人間には見えん。そして最大の弱点は……」
ザントはアズインをちらっと見た。「……動物特有の感覚じゃな。他の動物には、たとえ透明でも匂いや気配でわかるようじゃ。アズインちゃんのような獣人族には、何か特別な嗅覚があるのではないかね?」
「私は動物との会話が得意です」アズインは答えた。
「ほほう! それは面白い。なら、公園の他の動物から情報を聞き出せるかもしれんな」ザントは目を輝かせた。「そしてもう一つ、ステルスは『水』を非常に好む。特に、水が揺れる音や、水の精霊の気配に過敏に反応する。わしの元から逃げたのも、水への執着が強すぎたせいかもしれん」
アスクは得られた情報を頭の中で整理した。
【ステルス捜索の鍵】
* 場所:水辺の公園
* 能力:水辺で強力な透明化
* 弱点:動物の嗅覚/気配、微細な空気の歪み、水への執着
「ありがとうございます、ザント殿。非常に助かります」アスクは立ち上がった。「では、早速捜索に向かいます」
ザントは、立ち上がったアズインの腰の辺りを再びチラ見し、ニヤリとした。
「うむ、健闘を祈るぞ。アズインちゃんは無茶をせんようにな。もし万一怪我でもしたら、わしが治療してやっても良いぞ? 全身を診てやるから……」
「結構です。私たちが必ず捕まえてきます」アスクは冷静にザントとアズインの間を遮るように立ち、ザントにそれ以上言葉を続けさせなかった。
アスクはアズインと共に、ザントの家を後にした。
「失礼な人でしたね……」アズインは少し怒った様子だった。
「気にするな。情報は手に入った。これで勝てる。行くぞ、水辺の公園へ」アスクの目は、フクロウ精霊獣を追い詰めるための戦略的な光を放っていた。




