40.ウェストゲートへ
ウェストゲート編に突入しました。文章を書くのは本当に大変で、今年はこれで終わりにしたい気持ちもあったのですが、私がそのまま放置する気がするので、鞭を打って毎週投稿を強行してます(^◇^;)
アスクが目覚めてから、二人はすぐに旅路を再開した。夜明け前、山脈の麓からウェストゲート領へと続く街道を、ひたすら歩き続ける。アズインは疲労が残る身体で、小さなキューちゃんを抱え、アスクの後を追った。
アズインは、隣を歩くアスクをちらちらと見上げていた。
「アスク様...なんだか、雰囲気が変わりました」
アスクは夜明け前の暗闇の中、まっすぐ前を見据えている。その姿勢には、ラビの森で追跡者に追い詰められていた時とは違う、確固たる意志が宿っているように見えた。
「ああ、オレの昔の記憶が少し戻ったからな」アスクは即答し、「ボク」ではなく「オレ」という一人称を使った。その言葉の響きは、アズインにとって少し鋭く、知らない人のようにも聞こえた。
「その...オレ、ですか?」アズインは戸惑いを隠せない。
アスクは歩みを止めず、穏やかに言った。「ああ。迷いは消えた。オレは、この世界で何をするべきか、わかったからだ。お前を、オレの目的のために巻き込むことになるかもしれない。それでも、ついてきてくれるか、アズイン」
その問いかけは、従者としての義務を問うものではなく、対等なパートナーとしての覚悟を問うものだった。
「もちろんです、アスク様。私は、アスク様の傍を離れるつもりはありません」アズインは強く頷いた。アスクの変化は少し恐ろしいが、それでも彼が自分を見捨てないという信頼は揺るがない。
アスクは小さく笑った。
(これでいい。ゲームの達人だった「オレ」に戻る。中途半端な「迷い子」では、これからの戦い、あのリーダーにも、終末戦争にも勝てない。)
■■■ウェストゲートの関所■■■
夜が明け、二人はやがてウェストゲート領の境界を流れる大きな川へと辿り着いた。川幅は広く、対岸の領地へと渡るには、巨大な石造りの『鉄橋』を渡る必要があった。
橋の中央には、領地に入るための関所が設けられている。既に数名の旅人や商人が列を作っていた。
「ここが、ウェストゲート領の関所です。身分証の確認と、持ち物検査があります」アズインが説明した。
アスクは周囲の関所兵を見た。彼らは全身を重装鎧で固め、警戒態勢にある。
「よし。問題はない。オレたちの身分証は、形式上はまだ冒険者のものだ。変に隠すより、堂々と通る。アズイン、お前は疲労回復に専念しろ。キューちゃんを隠せば、むしろ怪しまれる」
「はい、アスク様」
アスクは冒険者ギルドで発行された身分証を懐から取り出し、列に並んだ。彼の意識は、既にこの関所を突破するための最善の行動をシミュレーションし、決定していた。
関所の兵士は、アスクを一瞥し、重い声で尋ねた。
「身分と目的を言え。通行料は一人につき銀貨一枚だ」
アスクは身分証を差し出し、すぐに銀貨二枚を兵士が示す木箱に入れた。
「冒険者のアスクだ。目的は、ウェストゲート領で冒険者として活動するためだ」
兵士は、アスクの簡潔な返答と、彼が連れている疲れ切った獣人族の少女、そして彼女が抱える変わった鳥を見て、怪訝な表情を浮かべた。
「ふむ。冒険者、か。この時期、領内では魔獣の活動が活発化している。訓練されていない無名の冒険者など厄介事の元だ。すぐにギルドへ向かい、登録を完了させろ。問題を起こすな」
兵士は、特段深く追求することなく身分証を返し、二人の通過を許可した。アスクの淀みのない態度と、偽装の必要がない「冒険者」という目的が、彼らの疑念を払ったのだ。
「ありがとうございます」
アスクとアズインは、無事に鉄橋の関所を通過し、ウェストゲート領へと足を踏み入れた。
■■■大橋の渡河■■■
アスクとアズインは、関所を通過した後、2km弱にも及ぶ巨大な石造りの鉄橋を歩き続けた。橋は領地の境界を越えるだけでなく、大きな川の氾濫を防ぐ防波堤の役割も兼ねているようだった。
長大な橋を渡りきる頃には、太陽はすっかり昇り、川面を金色に照らしていた。
ドスッ... ドスッ...
アスクの足音が、橋の硬い石畳に響く。彼は背筋を伸ばし、周囲を警戒しながら歩いていたが、その心の中には、「オレ」としての確かな使命感が満ちていた。
「すごい橋ですね、アスク様。ここまで長いと、まるで違う国へ来たみたいです」アズインは目を輝かせた。
橋の向こうに見えるウェストゲート領の景色は、彼らが逃れてきたラビの森の暗さとは対照的だった。
■■■秋の風情と再会の喜び■■■
橋を渡り切り、ウェストゲート領の土地に足を踏み入れた瞬間、アスクとアズインは、暖かく湿った秋の空気に包まれた。
街道沿いには、見事なケヤキの木々が立ち並び、葉は黄金色に染まり始めている。その合間に点在するモミジは、すでに深紅に色づき、穏やかな風に舞っていた。
「わあ……きれい」アズインは思わず息をのんだ。逃亡生活で失っていた、季節の彩りがそこにあった。
「ここが、ウェストゲート領か」アスクもまた、その風情に目を見張った。彼は、この美しい世界を終末戦争から守らなければならないという使命を改めて強く感じた。
さらに進むと、街道脇に植えられた、背の低い木に、鮮やかなオレンジ色の実がたわわに実っているのが見えた。
「みかん!」アズインが声を上げた。獣人族の彼女にとって、自然の恵みは特別だ。
アスクは周囲に誰もいないことを確認すると、クスッと笑った。
「まあ、ちょっとくらいなら、許容範囲だろ」
彼は手を伸ばし、みかんを二つもぎ取った。一つをアズインに手渡す。
「ありがとうございます!」アズインは喜び、すぐに皮をむき始めた。
二人で立ち止まり、その場でみかんを口にする。甘酸っぱい果汁が、逃亡と疲労で渇いた身体に染み渡った。
「美味しい...!」アズインは満面の笑みを浮かべた。抱いていたキューちゃんも、目を覚まして、興味深げにみかんを見つめている。
アスクもまた、束の間の平和を味わった。
「よし。元気が出たな、アズイン」アスクは皮を捨てると、真剣な表情に戻った。「ここからは、Sランク冒険者への道を進む。まずは、情報と拠点が必要だ」




