37.孵化の試練
業務多忙につき、休日出勤を断行。なんとか時間をひねり出して、筆を握ろうとする私。
とはいえ現実は厳しく、時計とにらめっこ。
とはいえ本日も月曜日投稿を敢行します。
現場は荒野、私のデスクは避難小屋。
小説はまだ眠っているけれど、序盤の一節だけはコツコツと起き出してきます。
アスクとアズインは、精霊セリスの導きにより、泉のほとりから少し離れた、魔力が最も濃く、人の侵入が最も困難な「聖域」と呼ばれる場所で潜伏生活に入った。満月までの猶予は三日間。
アズインの頭に被せられていた巣から取り出された淡い光を放つ卵は、セリスの言葉通り、伝説の導きの霊鳥を彷彿とさせるものだと推測された。
「この卵は、魔力を与えれば与えるほど、成長を早めるわ」セリスは静かに告げた。
「アズイン、あなたの獣人族としての生命力と、開花したばかりの魔力を、この卵に注ぎなさい。それが、眷属の絆を最も強くする道よ」
アズインは、恐る恐る手のひらに乗せた卵に、自身の魔力を送り始めた。セリスが教えたのは、呼吸と同調させ、感情を穏やかに保ちながら、生命の波動を流し込むという、繊細な技術だった。
「う、うう…」
魔力を注ぐたびに、卵は強く脈打ち、その淡い光は増していくが、アズイン自身の疲労も激しかった。
「無理をするな、アズイン」
アスクはすぐに気づき、アズインの背後に回り込んだ。彼は、水魔法の源である「水の理」を応用し、清流の魔力を自身の魔力で濾過した後、アズインの背中を通して、彼女の消費した生命力を補うように送り込んだ。
「セリスから教わった、魔力の循環の理だ。ボクの魔力で君をサポートする。卵に意識を集中しろ」
アスクの温かい手が背中に触れ、魔力が流れ込んでくるたびに、アズインの心は落ち着きを取り戻した。彼女の魔力は再び活力を得て、卵へと注ぎ込まれていく。
セリスもまた、泉の水を魔力で操り、特殊な栄養分を含んだ露を卵に滴らせることで、成長を補助した。精霊の恩恵、獣人族の魔力、そして異世界レンジャーの魔力支援。三者が協力し、この特殊な卵の孵化を促すという、異様な光景が繰り広げられた。
三日間の潜伏生活は、アスクが敵の動向を探り、アズインが卵の世話をするという、二人の共同作業によって進んだ。アスクの無骨ながらも的確な優しさ、真剣な眼差しが、アズインにとっては、これまでの人生で感じたことのない強い安心感と、特別な感情として心に残っていった。
(私は、道具じゃない…)
奴隷商館で物として扱われ、諜報活動の道具として狙われた彼女にとって、命懸けで自分を救い、能力の開花を助け、そして真剣に心配してくれるアスクは、いつしか守護者という立場を超え、かけがえのない存在となり始めていた。
そして迎えた三日目の夜。二つの月が天空で完璧な満月となり、ラビの森の魔力が最高潮に達した。
その瞬間、アズインの掌の中で、卵が激しく脈打ち始めた。卵の表面にひびが入り、アズインが最後に渾身の魔力を送り込んだ後、白い卵殻が弾けた。
ヒナが姿を現した。
その鳥は、一目で「精霊の理」によって生まれたことは理解できたが、あまりにも異様な色彩に、アスクとアズインは言葉を失い、セリスは目を丸くした。
ヒナの頭と背中、尾羽に至るまで、全身の外側は完璧なコバルトブルーで統一されている。だが、そのコバルトブルーの胴体の下、顔全体と、膨らんだお腹の領域だけが、不思議なほどクリーンなホワイトで塗られていた。まるで、青い球体に白いマスクとエプロンをつけたような、はっきりとした色の境界線を持つ、愛らしくも異様な鳥だった。
「これは…」セリスは水面のような瞳を瞬かせた。「私が知る導きの霊鳥とは、その色彩の配置が異なる。伝説では、コバルトブルーは全身に薄く輝くものですが…これは、まるで人の手で塗り分けられたかのような、はっきりとした色の境界線を持っている」
セリスはすぐに、この鳥がアスクの異世界の魔力と、アズインの獣人族としての特異な資質が混ざり合った、極めて新しい「霊鳥のような存在」であると理解した。
「これは、新たな導き手かもしれません。アズイン、あなたの愛着と魔力によって、この子はその独特な姿を選んだのでしょう」
ヒナは誕生と同時に、その透き通った瞳でアズインを見つめ、「キュイ!」と小さく鳴いた。その鳴き声が、アズインの心に直接響き渡った。
「大丈夫…わたしは、あなたの目になる」
アズインは涙を滲ませながら、小さな霊鳥を優しく撫でた。
「この子があなたの眷属です。ですが、まだ飛べません」セリスは静かに告げた。
「通路は、天体の運行に従ってのみ開かれる。この世界に存在する二つの月が満ちる、今この瞬間に。アスク、扉が出現する正確な場所は、この泉から少し離れた、古い巨木のある場所よ。急ぎなさい」
セリスは水面を揺らめかせ、森の境界線を映し出した。
「追跡者が来ます」セリスの声には、静かな怒りが含まれていた。「今、無数の「赤い粒状の光」がこちらに向かっています。濃い紅色の光を放つ、リーダーもすぐそこまで来ています」
アスクは剣を抜いたが、すぐに悟った。今の自分では、あの濃い紅色の光を放つリーダーの時間稼ぎなどできはしない。彼らが生き残る道は、通路が出現する前にそこへ到達し、突破することしかない。
「わかりました、セリス!」アスクは即座に決断した。「アズイン、ヒナを抱えろ!通路の場所へ、全速力で向かうぞ!」
アスクはアズインの手を掴み、巨木へ向かって走り出した。
セリスは、二人に向かって、泉の水を一気に噴出させた。水は瞬時に霧状になり、森の空気を覆い始めた。
「私はここで、森の精霊の障壁を強化します。この霧が、奴らの視界と探知を数分間だけ鈍らせるでしょう。走れ、アスク!アズインの新しい『目』を信じなさい!」
アスクはセリスの支援を受け、アズインとヒナを連れて、森の最も危険な場所へと足を踏み入れた。通路が出現するまで、もはや一刻の猶予もなかった。彼らの背後からは、追跡組織の集団が、霧を切り裂いて迫りつつあった。




