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36.新スキル

アスクとアズインは、「ラビの森」へと続く獣道を七時間かけて走り抜けた。森の入り口を示す鳥居のような巨木をくぐった瞬間、アスクの探知スキルを覆い尽くすように、濃密な生命の波動が一斉に押し寄せた。

「ここが、ラビの森…」

アズインが息を呑む。この森の空気は外界とはまるで異なり、魔力と生命力が混ざり合い、視界を歪ませるほどの神秘性を帯びていた。この環境こそが、追跡組織が侵入を躊躇する理由だろう。


アスクが導いた先は、樹木の根元から澄んだ水が湧き出す泉だった。

アスクは周囲の魔力の流れに意識を集中した。彼は、水魔法の修業のために何度もこの森を行き来し、精霊セリスの隠れ処へ続く水の流れを体で覚えていた。 彼の魔力の核に宿る**「水のことわり」**が、周囲の湿気や地下水脈の微かな動きに同調し、記憶を呼び覚ます。彼はその理を頼りに、微かにセリスの波動が揺蕩たゆたう、正確な地点を探り当てた。

泉のほとりに立つと、水面から青白い光が立ち上り、一人の女性の姿を形作った。彼女の髪は水のように揺らめき、その瞳は深く、無数の星の光を宿しているようだった。

「久しぶりだね、アスク。ずいぶんと慌ただしい客を連れてきたようね」

精霊セリス。アスクに氷魔法の基礎となる水魔法を教えた、かつての恩師だった。


「セリス、助けてほしい」アスクは頭を下げた。

「追跡者が、アズインを狙っている。奴らは、ボクたちの予想を遥かに超える組織力で、山脈のルートをすべて封鎖した」

セリスは、アスクの隣に立つアズインの、獣人族としての深い素質を見抜いた。

「この娘が狙いね。それは厄介だわ。この森も長くは安全ではない」セリスは静かに言った。

「でも、あなたたちには希望がある。この娘の身体には、獣人族としての眠った才能と、精霊の理を受け入れる素質があるわ」


セリスが指先をアズインの額に触れさせると、アズインの体から微かな緑色の光が立ち上った。アズインは、まるで森全体が一斉に目覚めたかのような、新しい感覚が流れ込むのを感じた。


「あなたに、獣心同化スキルの理を呼び起こすわ」セリスは告げた。

「あなたは、ただ動物と話すだけでなく、意識を完全に同調させる力を得る。その名は『獣のビースト・アイ』」

「これは、あなたが心を許した『眷属けんぞく』となる一体の動物にのみ有効になるわ。その眷属が見たもの、聞いたもの、感じたものを、あなたはまるで自分の体験のように共有できる。これは、追跡組織の広大な包囲網を突破するための、最高の『偵察の目』となるはずよ」

アズインは、頭の中に鳥の羽ばたきや夜行動物の視界が流れ込むような感覚に驚き、自分の新しい力を理解した。




セリスは再び泉に視線を戻し、水面を揺らめかせた。

「そして、私はあなたたちを、この世界から一時的に切り離す方法を教えるわ。私の森には、一つの隠された通路が存在する。追跡組織の予測の遥か外へ出るための最終手段よ」

「その通路は、天の理に従ってのみ開かれる。この世界に存在する二つの月が、完全に満ちた満月の、最も魔力が凝縮する夜にしか、その扉は現れない。そのタイミングを逃せば、次のチャンスは遠い」

アスクには理解できない天体の運行図を、アズインは必死に頭に焼き付けた。そして、開花したばかりの獣の目に意識を集中した。まだ眷属となる動物はいないが、森の波動と彼女の意識が繋がり、正確な月の満ち欠けの周期を読み取った。

「アスク様…!次の満月は三日後よ。今夜は無理だわ。通路がどこにあるかは、この獣の目で眷属となる動物を探せばわかるはず!」

アスクはアズインの言葉に頷いた。

「わかった。三日後だ。セリス、ボクたちの命運は、君の新しい『目』にかかっている。三日間で、必ず眷属を見つけ、使い方をマスターするぞ」

ラビの森での三日間の潜伏と、アズインのスキル特訓が、彼らの運命を分ける時間となった。




アスクとアズインは、セリスから告げられた三日後の満月を待つこと、そしてアズインの新しいスキル習得が必須であることを確認した。

アスクが「眷属を見つけなければ」と口にしたその時、セリスは静かにアズインの頭を指差した。

「眷属を探す必要はないわ、アズイン」

「え?」

アズインは慌てて自分の頭に触れた。そこには、逃走中に透明化に使用した不思議なの巣が、まだ被せられたままだった。

「その巣には、魔力の宿った卵が一つ残されているはずよ。その巣の持ち主である鳥は、特殊な魔力を帯びた枝を用いて巣作りをする。その卵は、あなたという獣人族の素質と、この森の精霊の波動を浴びたことで、今、覚醒の時を迎えているわ」

セリスは水面のような瞳でアズインを見つめた。

「その卵のヒナを、あなた自身の最初の眷属として育てなさい。その鳥は自由な視界を持ち、森の境界を越えることができるでしょう。それは、『獣の目』を使う上での、あなたにとって最高のパートナーになるわ」

アズインは恐る恐る、頭に被っていた巣を外した。巣の内側には、確かに淡い光を放つ、手のひらサイズの白い卵が一つ残されていた。卵は、セリスの言葉通り、微かな魔力の脈動を伝えていた。

アスクは驚きを隠せなかった。

「あの透明化のアイテムの中に、まさか…」


「すべては偶然ではありません、アスク」セリスは微笑んだ。

「あなたがその卵の巣を彼女に被せ、この森に連れてきたこと、それ自体が運命の導きです」

アズインは、そっと卵を両手に包み込んだ。彼女の獣人族の温もりが、卵に触れた瞬間、卵の脈動がさらに強くなったように感じられた。

三日後の満月までに、アズインはこの卵の孵化を促し、「獣の目」のスキルを完成させるという、新たな課題を負うことになった。ラビの森での三日間の潜伏と、ヒナの誕生が、彼らの運命を分ける時間となった。

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