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禁断の果実

 「なぁ……?」

 「ん? ゆうたっち、ほうしたほ?」


 カツ丼の最後のひとカケラを頬張って、モゴモゴしながらうどんのつゆで流し込みつつ、鈴原さんは受け答えをしようとする。


 余談だが、鈴原さんは好きなものは先に食べるタイプのようだ。

 メインたるカツがなくなった丼には、タレの染み込んだご飯だけが残っている。


 「……とりあえず鈴原さんは、口の中の物を飲みこもっか」

 「ほーけ。ひょっとまっへへ」


 まだ口の中に残っているだろうに、次はうどんに手を伸ばしている。

 あれ?

 そこは食事は中断してくれるんじゃないの……?と内心思いつつ、鈴原さんが満足いくまで食事を堪能するのを待つことにした。


 「ーーうん。ごちそうさま。で、ゆうたっちどうしたの?」


 「うん。待ったよ……。それで、本題なんだけど……って、宮本さん?」

 「ふへぇ?」


 先に食べ終わっていた宮本さんは、どうやら眠たいらしくウトウトしていた。

 

 「あやのん大丈夫? ごめんね待たせちゃって」

 「ううん。だいじょうぶ……」


 「宮本さんは……まぁ、聞ける範囲でいいよ、もう」


 若干、話すのをめんどくさいなと感じつつも、そろそろ聞いておかないといけない。


 「なんで、みんなは俺と仲良くしてくれるんだ?」

 

 「「は?」」


 三者一様の反応。

 そんなに当たり前のことを聞いてしまったのか?


 「いやいやいや!? ゆうたっちどうしたの!? いじめられてるの!?」

 「お、おっ、おちつけすずはらっ! これは水無瀬なりのジョークだ! たぶん!」


 「いや……結構真剣なんだけど……」


 ちらりと視界の端に映ったが……宮本さん笑ってやがるな。

 小刻みに肩が震えていたのだ。


 「あの、それで、なんでなんだ?」

 「なぁ水無瀬?」

 

 ひとしきり笑い終わった柳が、目尻を指で拭きながら真剣に話そうとしている。


 「仲良くするのに理由なんて無い! 以上だ」

 「いや。でもさ、正直このメンツって俺だけ浮いてるだろ?」


 宮本さんは言わずもがな、学年一の美少女だ。なんなら、学校一と一部で囁かれてるくらいに容姿は優れていると思う。

 正直、俺だって可愛いと思っている。


 鈴原さんだって、小柄な体格に女の子らしい仕草、どちらかと言えば間違いなくモテる部類だろう。


 柳だって顔は悪くない。

 身長だって170は越えているだろうし、運動部じゃないのが不似合いなくらいに引き締まった身体をしている。


 「みんなに比べて俺って、地味だし、根暗だし、たまに挙動不審だしーーって、あいてっ」

 「自虐ネタやめい!」


 全てをいい切る前に柳からのチョップが炸裂した。


 「水無瀬のそういう、自己肯定感が低い所がよくないぞ」

 「そうだよ! ゆうたっちはたまに小難しいこと言っちゃうけど、良い子だよ。たぶん」

 

 「わかった……。ありがとうな」

 

 今すぐにこの劣等感が消えることはないだろう。

 それでも、そんな俺を友達と呼んでくれる人達がいる。今はそれで、それだけでいいじゃないか。



 ◇◇◆◇◇



 珍しく、今晩の宮本さんはご機嫌だ。

 子供みたいにブランコで立ち漕ぎをしつつ、


 「水無瀬くん、今日のお昼休みのあに質問はなんだったの?」

 

 と楽しそうな微笑みを向ける。


 「いや、あれはもういいんだ」


 「なんでよーーっ、ほいっ着地っ」


 綺麗な弧を描いてからの、体操選手ばりの華麗な着地。

 容姿端麗、秀才、運動神経抜群。


 どうやら天は二物も三物も与えることがあるらしい。

 その代償は俺みたいな凡人から搾取しているのだろうか。


 「そんなに真剣に見つめられても困るんだけど?」

 「あっ、いや、ごめん」


 「いいよ。水無瀬くんだし」

 「あのさ、宮本さんにも聞きたいことがあったんだ」


 「なぁに〜? まぁ、見当はつくけどね」


 そう言うと、慣れた手付きでタバコを一本取り出して火をつける。タバコの先が宮本さんの呼吸に合わせて強く赤くなった。


 「ふぅーっ……。水無瀬くんの聞きたいこと、当ててあげよっか?」


 彼女の少し尖らした口から煙が吐き出され、そして霧散する。

 俺はいつも、彼女のその姿から片時も目が離せなくなるのだ。


 「なんで私が毎日公園に来るのかーーでしょ?」

 「うん」


 「水無瀬くんはさ、友達ってどこからが友達だと思う?」


 突然の問いかけ。

 しかし、その内容は以前に宮本さんが姉貴に出逢った時のものと同じだ。


 しばしの間、俺なりの答えを考えてみるものの


 「うーん……正直、俺にもわからないな」


 そう答えるので精一杯だった。


 「私ってさ、昔から可愛かったの」

 「それはまた、自己肯定感の高いことで」


 「ふふっ、可愛いって思ってるのに周囲に合わせて『そんなことないよ〜』って言う女の子が好みなの?」

「いや、むしろ苦手な部類だね……」


 「よかった。話を戻すね」


 「あぁ、頼む」


 「ある日ね、友達だって思ってた子が私のこと陰で悪く言ってるのを聞いちゃったんだ。でもね、不思議と悲しくなかったの。なんでだと思う?」


 あぁ、なるほど。

 彼女になぜこんなにも惹かれてしまうのか。その答えが見えてきそうな気がする。


 

 「友達じゃなくなったから」


 にっこりと満面の笑みを浮かべる宮本さんが、端正な顔立ちに反してひどく人間らしく感じられた。

 

 「きっとね、本当に友達になれた人って私にはいないんだと思うの。ううん、きっとこれからもかな? なぁ〜んて思ってたらね、君に出会ったんだよ」


 指の腹でそっとタバコを叩き灰が落ちる。

 しなやかな指先の一挙に視線が吸い寄せられて、彼女の話をどこか他人事のように錯覚させる。


 彼女が毎晩公園でタバコを吸う理由。


 アダムとイヴが禁断の果実に手を出してしまったように、きっと彼女もまた、何かの魅力に囚われてしまっているのだろうか。

 

 まどろむようにぼんやりとした思考で紡がれた、俺の口からこぼれ出た言葉は、


 「おとぎ話の主人公になりたいんだ」


 ぎょっとした。

 俺も宮本さんも、お互いの顔を見ているのに、それでもどこか別の場所を見ているような。


 長い長い沈黙が続き、いつのまにかタバコの火はフィルターを焦がし、宮本さんの指に迫っていた。


 「あっ!! 宮本さん!! 火っ! 火が!」


 「あぁ、ごめんごめん。いやぁ〜水無瀬くんが突拍子もないこと言うから、びっくりして固まっちゃったよ」


 でも、


 「それでも嬉しかったよ。やっぱり、君と私は似てるね」


 その言葉の裏には、きっと沢山の思いや意図があるのだろう。

 


 わがままだろうか? 強欲すぎるだろうか?


 それでも、その全てを知りたいと願ってしまった。

 


 「そろそろお開きにしよっか。水無瀬くんはたしか……一人暮らしなんだっけ」


 「うん。宮本さんこそ、そろそろ時間だね」


 「うん……じゃあ、また」


 「うん。また」


 去っていく宮本さんの後ろ姿が見えなくなるまで待ってから、ポケットの中のスマホを取り出す。


 《 五月三日(火) 23:59 》


 明日からゴールデンウィークが始まる。 

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