食堂には友人が集う
「さぁ〜て、私はそろそろ家に帰ろうかな。水無瀬くんはどうする?」
宮本さんの声で我に帰る。
「大丈夫?」
「おぉ……大丈夫。俺もそろそろ帰るよ」
「そっか。気をつけてね」
「宮本さんこそ。夜道を女の子が一人で帰るなんて……まぁ、気をつけてな」
「えぇ〜……。そこはさぁ〜『俺が家まで送っていくよ』って言うところじゃないの?」
上目遣いで首を傾げて、宮本さんはそう言った。
まるで、小悪魔のようにだ。
「えっと……」
「嘘うそ。私の家、すぐそこだから大丈夫だよ」
「あぁ……」
「なに〜? 心配してくれるの?」
「いや、まぁ……そりゃあ……」
そう言うと、宮本さんは目を丸くした。そしてすぐにいつもの笑顔に戻った。
「ふふっ。ありがとうね。でも、本当に大丈夫だよ?」
「わかった。じゃあ……その、おやすみ」
「うん! おやすみ。またね、水無瀬くん」
そうして筒型の灰皿から、まだ薄っすらと煙が立ち昇る中、今日はお開きとなった。
それにしても……。
ちょっと無防備過ぎるだろ……
襟からチラリと見えた鎖骨が、何度もフラッシュバックする。
「……ごちそうさまでした」
◇◇◆◇◇
次の日ーーその日は、シトシトと冷たい雨が一日中降り続いた。
「ーーそれじゃあ……この問題を、水無瀬くん」
「はい」
午前の授業一発目は、竹内先生の古典の授業だった。
「うん。正解ね」
黒板に簡単な問題の答えを書いて、席に戻る。
後ろで竹内先生が教科書の続きを読み始めていた。
「……なぁ?」
席に戻ると、柳が小声で話しかけてきた。
「……なんだよ?」
「昨日、帰ってからなんかあったのか?」
「……いや、特には。どうした?」
「なんかまた難しい顔してるぞ、お前」
「なんもないぞ」
そう言いながら、昨晩の出来事を思い出す。
あの後、俺はなかなか家に帰る気にならなくて、一二時間くらい近辺をウロウロしていた。
それに昨日は、人生で初めてのカラオケにはしゃぎ過ぎた。
おそらく、その疲れが抜けきっていないんだろう。
「そうだ……ほれっ」
机の上に投げられたのは、折り畳まれた小さな紙だった。
「なんだこれ……。電話番号?」
「俺のだよ。昨日聞くの忘れてさ」
「なるほど。姉貴に渡せばいいのか?」
「ちげぇよ!?」
ガタッと大きな音を立てながら柳は立ち上がった。
「ちょっと〜? どうしたのかな柳くん。私、なにか間違ってるかなぁ〜?」
当然、柳には竹内先生の鋭い視線が突き刺さっている。
「すんませんしたっ!」
教室中からドッと笑いが起きた。
「どんまい」
「お前のせいだからな!?」
またしても大きな声を出すもんだから。
「こらっ! 柳くんうるさいですよ!」
竹内先生に、追加で怒られた。
「で、これは何のつもりだ?」
「もういい……後で話すわ。もう緑ちゃんに怒られたくない……」
柳は授業が終わるまで、終始大人しかった。
「ーーで、この電話番号の意味はなんだ?」
授業終わりのほんのちょっとの合間時間、俺の方から柳に声をかけた。
「あ、あぁ。それなんだけどさ。俺たち、友達になった訳じゃん?」
「そうなのか?」
「そうなんだよ!だから、水無瀬の電話番号を教えてくれってこと!」
「なんだ、そんなことか」
霞ヶ丘高校は校則が緩めだ。
生徒の自主性をなんたらかんたらって事で、校内での携帯電話の使用が許可されている。
もちろん、授業中以外のみだ。
「すまんな、俺、アナログ派だから」
「嘘つけよ!昨日、カラオケで普通に弄ってただろ!?」
「チッ……」
「おい、今なんか聞こえたぞ」
「いや、柳の気のせいだろ。ほらよ、俺の番号な」
そう言って、紙に書いた携帯の電話番号を手渡した。
「サンキュー。後で鈴原たちにも教えてやろ〜っと」
「おい待て」
「なんだ?鈴原たちも友達だろ?」
まったく。コイツは、なんて真っ直ぐな目をしてやがるんだ……。
「俺から今度また、直接教えるから」
女子との連絡先交換なんて、考えただけてめんどくさい。
なにより、鈴原さん"たち"ってのが更に面倒くささを増幅させている。
「そう言って、どうせ教えてやんないんだろ?」
仕方ない。
こういうタイプには1度、しっかりと言い聞かせないと分からないようだ。
「あのなーー」
「やっほー!柳くんと、ゆうたっちいるー?」
勢いよく開けられた教室の扉。
元気な鈴原さんの登場によって、俺の発言はかき消された。
「おぉ、こっちだ。ーーそういや、水無瀬、何か言いかけてたか?」
「いや……俺も後にするわ」
「なになに?2人してなんの話ししてたの?」
「いや、それがさ〜ーーって、おい!水無瀬どこ行くんだよ?」
「ちょっとトイレ」
「どうしたんだアイツ……。腹でも痛いのか?」
「うーん。そんな感じじゃないと思うよ?柳くん、また余計なお世話働いたんでしょ」
「えっ!?俺のせいかよ!?」
扉が閉まるまでに、そんな会話が聞こえた。
トイレを終えて、教室に戻ると鈴原さんの姿は無かった。
「遅かったじゃん。腹の調子はどうだ?」
「腹の調子に問題はない」
少し冷たく言うと、その雰囲気を察してか、
「すまん。俺……なにか余計なことしたか……?」
素直に頭を下げる柳に、ひどく驚いた。
「お前……素直に人に謝罪できるタイプなんだな」
少しの沈黙の後、柳が重々しく口を開く。
「俺さ、昔っからそうなんだよ。近づきすぎるというか、人の嫌な部分にまで、悪気はないんだけど踏み込んじまって……」
こいつはこいつで、人間関係に悩むことがあるんだな……。
「昼飯……カツカレーに卵トッピングな」
「は? え?」
「それで許してやるよ」
「みなせぇ〜」
「やめろ、気持ち悪い」
なんだかんだ、柳とは馬が合う気がする。
最近は一人で寝たふりをする時間も減ったし、初めてのカラオケだって楽しめた。
きっと、こういう関係を友達と呼ぶんだろう。
だからここで、一方的に柳を責めることはしない。
「俺も悪かった」
「なんで水無瀬が謝るんだよ」
「俺も、もっとはっきりと嫌なことを伝えておけばよかった」
「わかった……。じゃあ、俺にはハンバーグ定食な。もちろん味噌汁もつけてくれ」
◇◇◆◇◇
「混んでやがるな」
「そうだな……仕方ない。俺が受け取ってくるから、水無瀬は先に座っててくれ」
「頼むわ。水は持って行ってやるよ」
「りょうかいっ」
食堂内を見回して、空いている席が無いか探してみるが……。
「まぁ、一番混む時間だしな。最悪、外で食うか」
「ゆうたっち〜!」
諦めて外に向かおうとしたところ、食堂の端の方から鈴原さんが呼んでいるのが見えた。
その隣では宮本さんがぺこりとお辞儀をしている。
「ゆうたっち、一緒に食べよ」
手招きしながら満面の笑みをしている。
(あの小さな体のどこに入っていくんだ・・・?)
鈴原さんの前には、かつ丼定食にミニじゃないサイズのうどん。食後のデザートにするのだろうか、パフェが置かれている。
「やあ、鈴原さんさっきぶり」
「ゆうたっち、大丈夫?」
「大丈夫だよ。さっきは話の途中に抜けちゃってごめんね」
「ううん。どうせまた、柳くんが余計なことしたんだろうなって思ってたから」
「本当にごめん」
「いいよいいよ! それより、席探してたんでしょ? 一緒に食べようよ」
鈴原さんは、『ここ空いてるよ』と言いながら隣の空席をポンポンと叩く。
「ありがとう。後で柳も来るけど大丈夫そう?」
ダメと言われることは無いだろうが一応聞いておいた。
『親しき中にも礼儀あり』
これが俺のモットーだ。
「もちろんだよ! あやのんもいいよね?」
黙々とかけうどんを啜っていた宮本さんの手が止まり、
「え? あっ、ごめん。食べるのに夢中で聞いてなかった」
「もう! ゆうたっちと柳くんと一緒にお昼食べよって話だよ!」
「もちろん私は大丈夫だよ」
「ありがとう、宮本さん」
しばらくすると、柳が俺たちに気づいて近づいてきた。
両手にはそれぞれお盆が持たれていて、時たま『おっとっと……セーフ』という声が聞こえて来る。
「零すなよ〜」
「じゃあ水無瀬も手伝ってくれよ〜」
「いや、それは断る」
「なんでだよ!?」
読んでいただき、誠にありがとうございます♪
引き続き、キュンキュンとするような物語にしていこうと思います!
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