『A=B』かつ『B=C』なら、『A=C』らしい。
放課後、担任の竹内先生に呼び出され、職員室を訪れた。
「水無瀬くん、どう? 学校にはもう慣れた?」
担任の竹内先生は、小柄でショートカットのメガネがよく似合う女性だ。
なによりも気さくで、明るく、面倒見もいいらしく、既に『緑ちゃん』の愛称でクラスメイトからも人気だ。
「はい。順調ですね」
俺の当たり障りのない返事に、竹内先生はクスリと笑った。
今年27歳とのことだが、笑った顔は今でも高校生として十分に通用しそうなほど幼げだ。
「なにが順調なのよ」
「いや、別に」
「そっか〜。友達はできた?」
友達という言葉で真っ先に思い浮かんだのは柳の顔だった。
しかし、彼を友達と呼ぶにはまだお互いのことを知らなさすぎると感じて、素直に「はい。柳くんが友達です」とは答えにくかった。
「いえ……べつに」
「う〜ん。先生ね、水無瀬くんは少しばかり人間関係に慎重すぎると思ってるの」
「……そう思うのはどうしてですか?」
「なんかね。人を避けているというか……。そうね、なんか上手いこと言えないんだけど……」
竹内先生が、困ったような表情で眉間にしわを寄せながら重たく口を開く。
「人と近付きすぎるのが怖いのかな?って思っちゃって」
ーーチクッ。
胸の奥で、何かがつっかえるような、そんな小さな痛みを感じた。
「そうですか……。大丈夫です。そんなことないですから」
「そう?それならいいのだけれど……。なにか悩んでることがあったら相談してね?」
「もちろんです。わざわざありがとうございました。失礼します」
「はい。気をつけね」
職員室を出て、昇降口へと向かう。
その道中で、柳に出会った。
「お〜す! 水無瀬も今帰り?」
「あぁ。ちょっと竹内先生に呼び出されてな」
「緑ちゃんに? この幸せ者め!」
柳は相変わらずのテンションで話しかけてくれる。
「そんなんじゃないって……ただ」
「ただ?」
つい、俺って人嫌いに見えるか?なんて聞きそうになってしまった。
「いや、やっぱりなんでもないわ」
「なんだよ〜。気になるだろ」
「いや、本当になんでもないんだよ。それより、柳はこんな時間までなにしてたんだ?」
時刻は午6時を回っている。
校内にはほとんど生徒の姿はなく、校庭で運動部が部活動に励む声が時たま聞こえるくらいだった。
「いや〜、鈴原たちと話してたらこんな時間になっちまってさ〜」
「すずはら……?」
「今日の昼休みに会っただろ? ほら、宮本さんと一緒にいたポニーテールの」
「あぁ〜……女子生徒Aのことか……」
「なんだよその呼び名」
「名前知らなかったんだからしょうがないだろ」
俺には昔から、知らない人にわかりやすい呼称をつける癖があった。
「じゃあ、これで鈴原とも友達だな」
そんな俺を他所に、柳のよくわからない友達論が始まった。
「いや、苗字知っただけだろ。友達になんてそんな簡単になれるわけないだろ」
「? あぁ、下の名前な! 夏菜。『鈴原夏菜』って言うんだよ」
「いやいや、そういうわけじゃないだろ……って、もういいや」
全力のツッコミに、全然ボケていないよって顔されたらこれ以上は何も言えないだろ。
「それでさ、俺に何か用か?」
「用がなきゃ声掛けちゃいけないのか?」
「つまり、暇なんだな」
「おいおい。それは心外だな」
「つまり、何かはあるのか?」
「ある!」
自信満々にフンと鼻を鳴らしながら柳は言う。
「これから鈴原と宮本さんと一緒に駅前で遊ぶ予定なんだよ。良かったら、水無瀬も一緒にどうだ?」
「……いや、遠慮しとくよ」
「なんでだよ〜。ぜってぇ〜楽しいって」
「楽しい、楽しくないとかの話じゃなくて……」
「なんだよ。唐揚げ1個食べちまったこと、まだ気にしてるのか?」
「あー……それはもうどうでもいい」
「じゃあなんなんだよ。焦れったいな〜。男ならハッキリとしろよ」
俺はこういう体育会系のノリって奴が嫌いだ。
人の言いたくない事まで、根掘り葉掘り言わされる感じ、人間関係の面倒くささを感じてしまう。
「疲れたから、もう帰って寝たいんだよ」
「うーん。そうか……」
在り来りな理由をだったが、柳は納得はいかないながらも無理強いをすることをやめた。
そうして、校門で柳と別れようとした瞬間。
「……あれ? 水無瀬くん?」
なんともタイミングが悪い。
そして後ろで、柳がしてやったりという顔をしている。
なるほど。
まんまと柳の時間稼ぎに引っ掛かったらしいな……。
「やぁ、二人も今帰り?」
仕方ないので、冷静を装うことにしよう。
「うん。柳くんと夏菜ちゃんと一緒に駅前で遊ぼうと思って」
「宮本さん、よかったら水無瀬も一緒でもいいかな?」
「私はいいけど……」
宮本さんは、鈴原さんの方を一瞥する。
「え? わたし? 私も全然平気だよ〜。むしろ、水無瀬くんと話したかったし」
「だそうだ。なぁ、水無瀬? この後予定とかないよな?」
これは断れない雰囲気だな……。
「はぁ……俺の負けだよ。わかった。一緒に行くよ」
「よっしゃあぁぁ!!」
嬉しそうな柳に反して、女子二人は頭の上に?マークを浮かべている。
無理もない。先ほどの俺と柳の攻防を知らないのだから……。
まったく……。これだから体育会系って奴は……。
◇◇◆◇◇
人生で初めてカラオケというものにやってきた。
地元にはこんな派手な建物なんて無かったし、あったとしても一人で通っていたかどうか……。
「次! あやのんの番ね!」
「あっ、うん。ありがとう、夏菜ちゃん」
そんな二人のやりとりを微笑ましく眺めていると、隣に座っていた柳が肩を突いて来た。
「なんだよ」
「なあ、水無瀬は歌わないのか?」
「最近の流行の曲なんて知らないからな」
「てかさ、水無瀬は休みの日何してるの?」
「あっ! それ私も聞きたい!」
俺と柳の会話に、自分の順番が歌う終わって、満足げな鈴原さんが割り込んできた。
「いや、特に何も。普通にネットしたり、本読んだり」
「な〜んか、ゆうたっちぽいね」
「ん……? ゆうたっち……?」
「え? だって本名、『水無瀬悠太』くんでしょ?」
「そうだけど……」
突然のあだ名呼びに戸惑ってしまった。しかも相手が、今日名前を知ったばかりの同学年の女子生徒なのだ。
「だって私たち、友達でしょ?」
「そうだぞ。俺と水無瀬は友達で、俺と鈴原も友達なんだから。つまり、水無瀬と鈴原も友達だ」
「つまり、三段論法ってことだな……」
さすがは進学校。
数学を人間関係に取り入れる奴もいるんだな……と内心感心した。
「ふっふふふ……」
いつの間にか歌い終わっていた宮本さんが、『友人の定義』を聞いて楽しそうに笑っている。
「そっか〜……じゃあ、私と水無瀬くんも友達だね」
嬉しそうな彼女の笑顔が眩しくて、俺は話題を逸らすことに精一杯だった。
「ーーっ!? ちょっ、おれっ、ちょっと飲み物とってくるから」
慌ただしく空になったグラスを手に取り、部屋の出口に向かう。
出口に行くには仕方ないが、宮本さんの側を通るしかなかった。
そして、やっぱり彼女は俺に聞こえるギリギリの声の大きさでつぶやくのだ。
「にげたぁ〜……」
パタンッというドアが閉まる音が後ろでした。
でもそれ以上に鼓動がうるさかった。
火でも出るのかってくらい顔が熱かった。
「ふぅ〜っ……」
少し長めの溜息で心を落ち着かせる。
ドリンクバーに着いて、ウーロン茶をグラスに注いだ。
「戻るか……」
脳裏に浮かぶのは、さっきの宮本さんの小悪魔みたいな、悪戯っ子みたいな、そんな表情だった。
ガチャッーー
ドアを開けるとともに漏れ出す音。
どうやら今は、柳の順番らしい。
「あっ、ゆうたっちおかえり〜」
俺に気づいて、鈴原さんが話しかけてきた。
「次はゆうたっちの番ね。ーーはい、マイクね。何歌う?」
「あっ、いや……。あんまり最近の歌って知らなくて」
「いいよ、いいよ! 好きな曲、歌いな?」
「でも……」
手渡されたマイクを見つめ、対応に困っていると宮本さんが助け舟を出してくれた。
「じゃあ……これっ」
選曲されたのは少し昔のデュエット曲。
青春をテーマにしたような甘酸っぱい歌詞だった。
「ほら、早く。一緒に歌お?」
「えっ!? いや、でも……」
しどろもろどになる俺の隣に宮本さんが移動してくる。
「は〜やく」
宮本さんに急かされ、男性パートを歌った。
歌い終わると、はじめに感じていたような恥ずかしさはなく、むすろ清々しい気持ちになっていた。
「なんか……めっちゃスッキリしたわ……」
「でしょ? 大きな声出すと気持ちいいよね』
「よっしゃ、水無瀬。次は俺と一緒に歌おうぜ〜」
「しょうがねぇな」
それからは延長を告げる店員からの電話がかかってくるまで、時間いっぱいに歌い尽くした。
読んでいただき、誠にありがとうございます♪
引き続き、キュンキュンとするような物語にしていこうと思います!
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