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4月28日晴れ。シンデレラに出会った。

 中学の卒業と同時に引っ越してきたこの街は、もともと住んでいた地方の街なんかと比べ物にならないくらい、(きら)びやかで騒がしい。

 

 そんな賑わいの中、なぜか自分だけが世界に取り残されたかのように物寂しく感じる。

 足早にすれ違って遠ざかっていく他人(ひと)が、自分に一目もくれないことが原因だろうか。



 時刻は21時を回り、春真っ盛りとはいえ周囲は十分に暗く、頬をかすめる夜風が微かに冬の名残を感じさせる。 

 大通りを抜け、交差点を二三こ進めば、さっきまでの喧騒はどこかに消えてポツポツと街灯が立ち並ぶ路地に出た。


 この道を歩くことが最近の日課になりつつあった。

 

 目的地は、この先にある公園。

 

 当然だが、公園めぐりが趣味なわけでもないし、夜の公園で一人寂しくブランコを漕ぐわけでもない。

 ただただ、あの公園が居心地がいいと感じるのだ。

 

 街灯の光が途絶え、ひっそりと薄暗い景色の中、公園の端に目を奪われた。

 

 「今日も来たんだねーーー」


 柔らかな声とともに、さっきまで雲の陰に隠れていた月が顔を出す。



 ◇◇◆◇◇



 中学校卒業の名残惜しさを感じる間もなく、バタバタと引っ越しの準備に追われて、あれよあれよと言う間に高校の入学式の日を迎えてしまった。


 『私立・霞ヶ丘(かすみがおか)高校』

 県内有数の進学校と名高く、その偏差値は60を越える。

 部活動も盛んで、校訓の『文武両道』に相応しく多くのスポーツ選手を輩出している。

 文化祭は盛大に行われ、地域でも一大イベントとして愛されている”らしい”。


 というのも、今年入学したばかりだし、ましてやこの街に来てちょっとしか経っていないため、ネットで調べた程度の知識しかないのだ。

 

 そんな浅はかな知識量では、当然ながら地元出身のクラスメイトを中心に形成された輪に馴染めるわけもなく、入学から2週間も経つ頃には物の見事に”ぼっち”の仲間入りを果たしたのである。


 「はぁ……」


 そんな苦い高校デビューの記憶を思い返すとため息の一つや二つ、自然と漏れてしまうのだ。

 窓から見える外の景色が、まるで自分は陰キャなのだと優しく囁いているようにすら感じられる。

 

 「ーーーくん」

 

 ぼんやりと外の景色を眺めていると遠くから声が聞こえた気がしてきた。


 ついにぼっちが極まって、幻聴でも聞こえ始めたのだろうか?

 空想上のお友達を求めてしまうほどに、自分は孤独だったのか……。


 「ーーーくん。もうっ!! 水無瀬(みなせ)悠太(ゆうた)くんっ!!」


 担任の国語教師ーー竹内(たけうち)(みどり)先生の叫びとも捉えられるような大きな声で、今が午後の授業中であることを思い出した。


 「ーーーっ!! はいっ!! すみません!!」


 反射的に立ち上がって謝罪をしてしまった。クラスの端々でクスクスと笑い声が起こる。


 よかった。俺のおかげでみんなを笑顔にできたーーなどというポジティブシンキングで、とりあえず自分の自尊心を保つことができた。

 

 「はぁ。もういいですよ……。続きからはちゃんと聞いてくださいね」

 「すみません……」


 竹内先生に叱られて、シュンとした態度で席に座りなおす。クスクスという周囲の笑い声が続いていることから察するにーーたぶん俺、耳まで真っ赤なんだろうな……。

 

 「緑ちゃんに叱られるなんて、一種のご褒美だな」


 ニヤニヤしながら話しかけてくる同級生ーー(やなぎ)浩太(こうた)は、数少ない俺に話しかけてくれる同級生だ。

 柳の席が俺のひとつ前だということもあり、挨拶や軽い会話くらいは交わす仲だ。


 「なにがご褒美だよ……」

 「水無瀬は暗いな〜。もっと楽しんでいこうぜ」

 「俺は目立ちたくないんだよ。ほら、今度はお前が竹内先生に怒られるぞ。早く前向け」

 「ちぇ〜っ」


 少し冷たく言うと、つまらないといった感じな態度で前に向き直った。


 背中から見る柳浩太という男は、細身ながら確かに男だということを感じさせる引き締まった容姿をしている。

 担任を”緑ちゃん”と呼ぶくらいにおチャラけた性格の持ち主だが、実は気配りのできるいい奴なのを知っている。

 実際、さっきも穴があったら入りたいような気分だったが、柳が茶化してくれたおかげで貴重な青春の1ページに感じられた。

 もちろんすぐに忘れるようにしようと思う。だって恥ずかしいじゃないか。


 本日最後の授業を終えて足早に昇降口に向かった。

 

 「つかれた……って、もう降り出したのかよ」


 外はあいにくにも、つい先程から雨が降り始めた。そして、さらに残念ながら傘は家に置いてきた。

 

 「さすがに濡れて帰るのはなぁ……。 仕方ない、少し待つかぁ」


 四月とはいえ、全身びしょ濡れになるにはまだまだ肌寒さを感じる。

 外で立ちすくんでいても仕方ないので、一度校舎の中に引き返すことにした。


 雨の音だけが響き渡る廊下を進み、静かなところを求めて図書室に辿り着いた。

 

 ドアに手をかけようとした瞬間ーー


 「ーーっ!? きゃっ!?」

 「うぉっ……!?」

 

 ガラガラっと開いた扉から出てきた娘とぶつかってしまった。

 青春の1ページ。こんな運命的な出会いがきっかけで恋が始まる。

 

 ーーなんて出来事(イベント)に発展するはずもなく、なんともみっともない声が出てしまった。  


 「あっ……その……っ、すいません!!」


 そして気恥ずかしさとばつの悪さが相まって、早口で謝罪を完了させた。

 

 見事に隠キャムーブをかまし、恥の上塗りである。


 ここはかっこよく、『大丈夫?』とか『驚かせちゃったね』とか言えれば……うん、そんなことができるならそもそも”ぼっち”になんてなっていないな。

 

 「……いえっ……こちらこそ……。すみません」


 こちらの反応以上におずおずと謝罪を口にする彼女。

 

 あれ……? どこかで見たことがあるような……。

 

 「えっと……」

 「あっ……えっと……」


 あぁ、彼女は確かーー


 「2組の宮本(みやもと)綾乃(あやの)さん……だよね? ごめんね、驚かせちゃって」


 入学初日から上級生数名から告白されたという逸話を持つ、学年一の美少女。それが、宮本綾乃だ。

 栗色の腰まで伸びた艶やかな長髪。つい数週間前まで中学生だったとは思えないほど大人びて、まさにヒロインと呼ぶに相応しい容姿だ。


 「いえ……その、水無瀬くん……だよね……?」

 「え……?」

 「あっ……!? その、違ってた?」


 俺が驚くのも無理はない。

 なんせ、彼女とは会話どころか、挨拶すら交わしたことがないのだ。そんな彼女が、別のクラスの、ましてや”隠キャ”で”ぼっち”で特に目立つような特徴のない、どこにでもありふれた中肉中背の男子高校生の名前など知っているはずがないーーそう勝手に思い込んでいたのだ。


 「いや!! 名前は合ってる……!! ただ……名前、覚えてくれてるなんて思ってなくて……」

 「ふふっ……あっ、ごめんね。同級生なのに、名前覚えているだけでそんなに驚くなんておかしくて」


 そういって微笑む彼女は、まぁ、低めに言って天使だ。


 「あっ、図書室に用事があるんだよね? 邪魔しちゃってごめんね。じゃあ、ばいばい水無瀬くん」

 「あぁ……」


 遠ざかっていく彼女の後ろ姿から目が離せない。


 どれくらい眺めていたのだろうか。ふと我に帰ると、雨はすでに止んでいた。



 ◇◇◆◇◇



 「コンビニ……行くか」


 時刻は21時前。明日提出の宿題に手間取り、こんな時間になってしまった。

 霞ヶ丘高校は、進学校に相応しく宿題の量も難易度(レベル)もそれなりに高い。


 「やっぱり、頭使うと腹減るなぁ」

 

 キラキラとした夜の街の中を、スマホで目的地に設定した最寄りのコンビニまで歩いて目指す。

 

 母親の実家のあるこの街に来てから始めた一人暮らし。

 母方の祖母の認知症が進み、両親はその介護のために母の実家で暮らしている。


 そんな環境では勉強に集中できないだろうということで、生まれて初めて自立した生活とやらを始めたのだ。

 とはいえ、高校生になったばかりの一文無しが、親の助け無くして生きていけるはずもなく、毎月仕送りをしてもらうことになっている。


 今日は、その初めての仕送り日。

 コンビニのATMでしばらく生活に必要そうな金額だけを引き出した。

 

 「無駄遣いは……できないな……」


 両親が自分のことを思って与えてくれたお金。

 それの使い道には慎重にならざるを得ない。


 コンビニで軽く糖分を……と思って、シュークリーム1つと暖かいココアを買った。


 コンビニを後にして、少し近くを探検してみようという気になった。

 公園なんかあれば最高だ。


 都会の喧騒と道行く人々の歩みの早さに、自分がここにいてはいけないのではないかと錯覚さえする。


 そんな周囲の雰囲気に飲み込まれないように、下を向いてただただ歩く。


 大通りから少し外れた路地の先。

 街灯によってライトアップされた桜並木のその先に、公園を見つけた。


 公園内は薄暗く、ポツンと端に立つ街灯の足元にある、古びたベンチだけがくっきりと照らされていた。

 

 「ふぅ……。あったけぇ」


 ベンチに腰掛けて、つい先ほどコンビニで買ったココアで一息つく。


 「あれぇ? もしかして、水無瀬くん?」


 シュークリームを頬張ろうとして、突然名前を呼ばれた。


 「はぁっ!? 宮本さん……!?」


 そこには夕方に図書室で恋愛物語(ラブストーリー)が始まりかけた、天使様がいた。

 

 でもーー


 「えっと……。本当に、宮本さん……だよね?」


 普段の彼女は、大和撫子を体現したような清楚で、可憐で、道行く人全てが振り返るーーそんな彼女が、黒いパーカーにデニムの短パン姿で立っているのだ。そして彼女の指の間には、なんとも似つかわしくない物が持たれていた。


 「ふっふふ……。やっぱり、水無瀬くんって変わってるね」


 笑った表情は間違いなく、”あの”宮本綾乃そのものだった。

 それでも尚、目の前にいる彼女が本物なのか疑わずにはいられない。


 「宮本さんって、双子だったりする……?」


 「なにそれぇ。私だよ、わたし。今日も図書室で会ったでしょ?」


 何を尋ねても、やっぱりみんなの憧れ、『宮本綾乃』本人で間違いないらしい。


 「あっ……そっか。そういうことかぁ」


 俺の視線に気づいて、ようやく納得したというように宮本の表情が変わった。


 そして、ふわりと香るーーお風呂上がりなのだろうか?

 なんともいえぬ甘く、優しい匂いが顔の近くでした。それと同時に、初めて感じた同級生の女の子の香りの中に、少しばかりの大人の匂いがした。


 でも、ドキドキするより先に、甘ったるいささやきが脳に直接響く。


 「内緒にしてね……。私ね、学校以外だとこんな感じなんだよ?」



 ーー4月28日晴れ。

 

 今日俺は夜の公園で、煙草の匂いがするシンデレラに出会ったのだ。

読んでいただき、誠にありがとうございます♪

引き続き、キュンキュンとするような物語にしていこうと思います!


できる限り毎日一話以上は投稿しようと頑張りますので、応援宜しくお願いします!

面白かった、続きがきになる、って方は是非是非、ブックマークと評価、リアクションをよろしくお願いします!

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