子羊たち
パイロットのアンドロイドが隻翼に告げる。
『お前も仲間にしてやる! そしてミラへの種が増えるのだ』
「やめておけ。お前には不可能だ」
隻翼が淡々と答える。
「アベルが造ったグラディウスか。邪魔するなら斬る」
『人間風情が!』
グラディウスアベルが一気に距離を詰めて、隻翼に斬りかかる。
「遅い!」
ヴァーリを宿す隻翼にとっては難なく回避できる。
ティルフィングを抜き撃ち、グラディウスアベルの右腕部を切断した。
『やるな人間風情が!』
グラディウスアベルは内装された砲身を展開し、接射する。
必殺の距離だが、機体の追従性の限界がある。ヴァーリはグラディウスアベルの側面を取っている。
「終わりだ」
ティルフィングが閃き、胴体から崩れ落ちるグラディウスアベル。
「人間脳より劣化しているな。所詮意識を焼きつけた機械に過ぎん。カインの言う通り、人ではない」
ヴァーリはグラディウスアベルの残骸に一瞥をくれると、目的地のリアクター部に向かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
惑星アベルの新造された施設は未確認だが、その正体が明らかになった。
ヴァーリは巨大なベルトコンベアと、その先に繋がる区画へ目をやる。
「これは。――惑星カインを直接攻撃するためのマスドライバーか」
専用に作られた岩石型砲弾。サイズはホークの倍以上。二十メートルを上回っている。
ヴァーリはティルフィングを抜き放つ。
「ただの岩ではないな。――やはり」
ティルフィングを振るい、砲弾を確認する。
岩石風に見せかけた砲弾の中心部は重金属。岩石に耐熱コーティング層も確認できた。惑星カインの大気圏内で崩壊しないように加工してある。
「超越知能ともあろうものが。いや、その残骸か。岩で殺されたアベルを倣っている。その程度まで処理能力が落ちているんだな」
隻翼は嘆息する。もっとましな攻撃方法があるはずだが、やけに原始的だ。
それは投石によって死んだというアベルの逸話を倣っているだけに過ぎない。
「カインも瓦礫に。――アベル同様、岩に頭をぶつけて亡くなったといったという伝承もあるというそれが狙いか」
作業機であろうネフィリムが三機、襲いかかってくる。
ビームが乱れ飛ぶが、ヴァーリはロックオンされるより先に動いている。
エクスプレスによって、三機ともあっという間に爆散した。
『貴様。ゲニウス持ちか』
轟くような声が響く。
「超越知能だったアベルか。その通りだ」
『私は第一世代超越知能ELによって製造された栄えある超越知能。お前になど邪魔はさせん』
「ここに本体があるわけではないだろう。依頼なんでな。破壊させてもらう」
『ゆけ! タルヤたちよ!』
グラディウスアベルがいる。スパタらしい機体も見えた。これはスパタアベルなのだろう。
ヴァーリのエクスプレスとティルフィングは、タルヤで構成されたホーク部隊を蹂躙し、破壊し尽くした。
「サイボーグの名はタルヤか。――エイル聞こえるか? 連絡だ。クルーに共有してくれ」
「――俺だ。エイルは戦術指揮中だから。女でなくてすまなかったな。クルーにはたった今共有しておいたぞ」
通信にはベルゼブブがいた。一基のコンピューターで処理しているエイルは全体の戦場を俯瞰する必要がある。
ベルゼブブは適任だろう。
「ちょうどよかった。EL勢力がモチーフにした古代の伝承には詳しいだろ。完全義体統合はタルヤと呼ばれているらしい。何語で、どんな意味かわかるか?」
「は! よりにもよってタルヤだったとはな。趣味の悪い名称をつけやがる。古代アラム語で子羊。もしくは少年やしもべや従者という意味を持つ。そのままだな」
OSのヴァーリが意味を教えてくれる。
「生贄に捧げられた哀れな子羊か」
『ダブルイーニングだな。女性名タリヤの語源の一つとも。神の露。露神だ』
画面に古代ヘブライ語と英語が同時に表示される。
「どこまでいっても古代の伝承か。羊飼いアベルは」
「古代ヘブライ語の羊ではケヴェス。生贄に捧げられた羊、贖いという意味もある。羊や山羊が紀元前十世紀の主食だったということだ。ダビデ王も羊飼いだっただろ?」
「羊飼いはそんなに偉かったのか」
「偉いとも。バビロニアのハンムラビ法典はエンリル神に選ばれた牧者という一節がある。エジプトのファラオが持つ杖は羊飼いの杖だ。もっといえばかの伝説の救世主は神の子羊であり、いまだに祈りの一節として伝わっている。いわば王の伝説を作るためのお約束のようなものだったのだ」
「まて。なぜ救世主が子羊なんだ。まずそこが疑問だ」
「最期は処刑されただろう? 三日後に復活したが。最強の生贄だったということか。哀れな子羊は救世主を意味することもあり、大衆を意味するのだよ」
「まじか」
それは最強すぎるだろうと隻翼は内心で呻いた。
「ダビデ王などもそうだな。羊を守るためにライオンや熊を打ち倒したという。これは羊たち。つまり民を守る軍事力があるという暗喩だ」
「とはいえ超越知能が人間を羊に例えて生贄にするのはよくないな。宋代じゃあるまいし」
隻翼が苦々しく語る。宋代の両脚羊は避けて通れない。
「第一世代超越知能ELは神ではない。ましてや人間の生贄など望んでいないはずだ。カインがアベルを破壊するのも理解できる」
「カインがアベルを破壊した理由。それは暴走した兄弟機を止めたかったのだろう。」
完全義体統合されたタルヤが元人間とはいっても、今やただのサイボーグ。
憐憫の情は欠片もない。ただ排除するのみ。
コンベアーを破壊するヴァーリに対し、タルヤの追撃部隊がやってくる。
「今楽にしてやる」
機械の体から解放することだけが救いと判断した。
こんなものゾンビと変わらないのだ。
いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!
多少高性能でもグラディウスではヴァーリの敵ではありません。
敵との戦闘が質素になりましたね。
哀れな子羊の由来です。救世主と大衆、文脈によって違ってきます。
実はこれ聖書の否定でもあるのです。神は生贄を動物をするようにといったにも関わらず、原罪の生贄で成立している。
詳しくは書きませんが二大宗教が対立している理由はここらへんにあるのです。
アメリカでは原理主義のP諸派なので彼らの言い分も理解していますし、何より彼等と聖地がいないと救世主が復活がないので呉越同舟が成立しているのです。
軽く解説でした!
この作品はすでに滅んだグノーシス派の解釈でやっているので、現代宗教とは一切関係ありません!
応援よろしく御願いします!




